甘い花
「あっ!シスター・アサ、こんにちは」
「はい、カイ様、こんにちは」
カイの少し上ずった挨拶に、優しく返す女性が、にこやかに微笑みながらこちらに歩いてくる。
その優しげな目が、チラリと催促をするように俺を見つめた気がした。
「…こんにちは、シスター・アサ」
「はい、ヤマト様も、こんにちは」
蕩けるような甘い声で、俺の挨拶に嬉しそうに返す、目の前の女性。
彼女は「シスター・アサ」と呼ばれる女性であり、
俺達が暮らす「教室」という施設の管理者の1人であり、
40名しか在籍していない「学校」の教師の1人であり、
その全員が15歳の男児の「家族」の母の1人である。
並べていて、自分でも意味が分からなくなりそうだ。
身長は170cmくらいだろうか、肌は透き通るような白、髪はピンクにも見えるストロベリーブロンド、目の色は薄いブルーだ。
修道服と呼ばれている肌の露出が少ない衣服を、いつも身にまとっているが、それをして尚、盛り上がり、目のやり場に困る、お胸とお尻を持つ、とても綺麗な女性だ。
齢は、正直、綺麗過ぎてよく分からない。大人にしか見えない時もあれば、実は少女ではないのかと思ってしまう時もある。
俺が彼女について知っている事は「シスター・アサ」が本名ではない事と、
彼女は紛れもなく俺達、全40名の男子達の教師で、母親で、管理者である、全13名のシスター達の中の1人であるという事だけだろう。
そんなシスター・アサが甘く囁くように俺達に問いかけてくる。
「御二人は、ゲームを終えた後でしょう、ここで何をしていらっしゃっていたのですか?」
「え、えーと…」
言いよどむカイ、まぁ、友人がバチクソにボコられてましたとは言えんわな。よし、任せろ!ここは俺が嘘八百をブチかますところだろう!
と思っていたら…
「て、天気がよかったので、二人で散歩してました!」
とカイが若干引き攣った笑顔で答えてくれた。
「あらあら、いいですねぇ、確かに今日は小春日和で、散歩には最高の日和ですものねぇ」
「はい、あはは…」
優しげに微笑みながら返すシスター・アサに、嘘をついてしまったカイは、やっぱり苦しそうだ。カイは人が良いからなぁ。
「私は、てっきり…」
そんなカイを見つめていた、シスター・アサの目が、ついっと流れるように俺に焦点を合わせる。
それだけで俺は背中に氷が入ったのではないかと思う程に、背筋がゾッとするのを感じた。
「先程のゲームで散々だった、ヤマト様を、お優しいカイ様が慰めていたとばかり…」
「………!?シスター!!」
「申し訳ありませんでしたわ」
最初は何を言われたのか、理解できなかったのか、少し間が空いた後に、カイが珍しく非難を含んだ声をあげる。
しかし、シスター・アサはそれを待っていたかの様に、俺に対して丁寧に頭を下げた。
「っ!」
「カイ、俺は気にしてないから」
「でもっ!」
「ありがとな、俺のために」
「う、うん」
感情のやり場を失ったかの様な顔をしているカイに、感謝を伝えると、少し顔を赤くして引いてくれた。
ただ、なぜにまた、うるうるお目々で俺を見つめるの?やめてよ、俺をそっちに連れてこうとしないでよ…
「それで、シスターは俺達に何か御用でも?まさか、先程の棘を刺すのが用件では無いですよね?」
この人だったら、それも普通にあり得るな…と心の中で思いながら、俺はシスター・アサに問いかける。
まぁ、本当の用件は大体予想できているのだが。
俺の問いかけに、まるで花が咲くかの様に満面の笑みを浮かべながら、彼女は口を開く。
「僭越ながら、ヤマト様にゲームの補習を行っていただこうと思いまして」
うん、まぁ、はい、予想通りです。
しかし、可愛らしく綺麗な笑顔の筈なのに、どうして牙を剥いた大蛇が真っ先にイメージされるのだろう。謎だ。
「え!?でも、もうお昼ご飯の時間ですよ?」
カイが驚いたように問う、確かにもう昼飯の時間だ。言われてみれば腹が減っている自分に気付く。ボコられていたから、時間の感覚が飛んでいたわ。
「復習はできるだけ早く行なわなければ、学びにはなりません」
と、もっともらしく、しれっと返すシスター・アサ。
ちなみに、
俺達の「教室」のカリキュラムは、基本的に午前中に全員揃っての義務授業をこなし、シスター達が用意してくれた昼飯を食べたら、夕食までの予定は各自の自由となっている。フリーダムな校風だろう。
とはいえ、この狭い世界において、やれる事などそんなに多くはない。遊ぶ場所も遊ぶ物も少ないしな。
ほとんどの男子は友達とつるんで、お喋りするばかりだ。
時々、学友をボコるナガレのようなロックンローラーが爆誕するが…あれ、アイツらがキレたナイフなのって、フリーダムなカリキュラムせいか?暇すぎてアタマのネジがユルユルになってしまうのか?
まぁ、そんな感じで暇が多い生活を送っている俺達だが、それでも、シスターと一緒に補習をやりたい奴などいない事は明言しておこう。ぶっちゃけ罰ゲームだね。
「そもそも、ヤマトくんのゲーム成績は、シスターが言うほど酷くありません!それなのに、どうしてヤマトくんだけ…」
「ですが良いとは決して言えません。重ねて言えば、問題点さえ解決できれば、ヤマト様はもっと素晴らしい成績を修める事が必ずできます」
「それは…」
「なればこそ、私はヤマト様に補習を提案させていただいているのですよ」
「…」
カイは俺のために頑張って反論してくれたが、どうやら、勝負ありになったようだ。
まぁ、この人に勝てる男子など、俺は自分も含めて1人も思い浮かばんのだが…
俺はちょっと沈んでしまっているカイに笑いかけながら、肩を軽く叩き、感謝を籠めて、なるべく陽気に声をかける。
「庇ってくれてありがとう、カイ、でも、シスターがここまで言ってくれているんだ、補習を受けるよ」
「ヤマトくん…」
「いつまでかかるかも、ちょっと分からんから、ごめんだけど、カイは先に帰っておいてくれや」
「わかったよ、ヤマトくん、頑張ってね!応援してる!」
「お、おう、頑張るよ」
俺の言葉に頷いたカイは、うるうるお目々+上目遣いという新しい業を、俺にブチかました後、小走りに去って行った。
エ?ナニ?イマノ?オレハナニヲサレタノ?
「…くすくす」
しばらくスタンをくらっていた俺の傍から、少し毒を感じる忍び笑いが聞こえてくる。
俺はカイが完全に見えなくなったのを確認してから、ため息をつきつつ、忍び笑いの主に非難の声をあげる。
「…そんなに可笑しいっすか?シスター・アサ」
「ええ、ええ、まるで子豚が親豚を庇おうと必死に威嚇しているかのようで、あんまりに、醜くて、愚かで、可哀想で、嘲笑うのを我慢するのが、大変よぅ、くすくす」
そこには、腐り落ちるのではないかと思ってしまうほど、甘く、蕩け、滴り、溢れんばかりの毒を含んだ笑顔を浮かべている
シスター・アサの姿があった
我慢出来ずに書いてしまいました。どうしよう…とりあえず、ぼちぼちやってみます




