月の下
「ナガレ様は〜、今回初の1位〜、皆のゲームクリアタイムが〜、1時間くらいの所を〜、なんと18分でクリア〜!すご〜い!」
俺は全力で表情を、作った、自身にできる、最速で、あらん限りの根性で、
完璧に「いつも通りのヤマト」の顔を
作れたはずなのに…
「ヤマトくん、ナガレくんと、あの後、何かあった…?」
どうして、いつも、彼には、わかってしまうのだろう。
「…ん?ああ、補習が終わった後、外をブラついてた時に、たまたま会ってな。いつも通り、お互いに煽りあって、ケンカしたんだわ」
…わかってる、恐らく、この嘘をついていないだけの言葉も、
「ヤマトくん」
カイ・リュートには、つうじない
「「ぼくのめをみて」」
過去のカイと、今のカイが、重なる。
「………」
「………」
昔と何も変わらない、晴れ渡った青空の様な瞳がそこにはあった。
「……カイ?…それ、反則だって言ったよな?……」
「うん…ごめんね」
「はぁー…、元々、俺がカイに敵う訳ねぇのに、いつも、許してくれないんだよな…」
「…ヤマトくんのこと、だから…ね?」
はい!もう降参です!無理だ無理!
気分は、白旗どころか、青天で腹出した、ワンちゃんの服従ポーズだ。
「わかったよ、全部話すよ、…だけど、まずは飯をしっかり食おう?その後、ちゃんと話すから」
「うん、わかった」
カイは落ち着いた声で頷いて、夕食をまた食べ始める。俺もそれに倣い、目の前の飯に集中することにした。
「…ヤマトくん?」
「ん?」
「ご飯、おいしいね?」
「…ああ、おいしいな」
俺達は少しだけ笑い合う事ができた。
「それじゃあ〜、愛しくて、キャワイくて、食べちゃいたい皆々様〜、来月の放送まで〜、いい子で待っててね〜、モエと〜、会えなくて〜寂しくなっても〜、我慢するんだぞっ!バイバイ〜、チュっ♡」
アナタ、ちょっと、黙っててくれないっすかねぇぇ!!!
3歳の時に壊れた俺は、カイ・リュートと出会い、
救われた。
「こんにちは、ぼくね、カイっていうの、きみは?」
はじめて、彼を認識したのは一般の保健室でだった、
当時、カイは転んでしまって、膝に小さな擦り傷をつくり、その治療ため訪れた。
そして、当時の俺は、保健室の常連であり、
正真正銘の気狂いだ。
恐怖に支配されきった人間というのは、もう、人間の形を保てなくなる、本当にただの獣になってしまう。
カイを怖がらせ、泣かした事だけは、よく覚えている。
なのに何故か、翌日、彼はまた俺に会いにきたのだ、その翌日も、その次も、その次も、
「こんにちは」
「いたいの?」
「だいじょうぶ?こわいの?」
「なかないで」
「て、つなご?そしたら、こわくないよ」
「あったかいね」
「あ!わらった!」
「まだ、こわい?」
「じゃあ」
「ぼくのめをみて」
「ぼくのめね?おそらみたいに、きれいで、げんきがでるねって、しすたーにいわれたの!」
「だから、やまとくんも、ぼくのめをみたら、きっと、げんきになるよ!」
特別な何かをしてもらった訳ではない。
ただ、目を見て、手をつないで、話をしただけ。
それを、何度も、何度も、何度も、繰り返しただけだ。
だけど、
そうして、俺は彼の存在を、感情でも、理屈でもなく、ただの、「体の感覚をともなった経験」として感じる事ができた。
彼の、幼く舌っ足らずな愛らしい声を聴覚で感じ、
彼の、体から香る、かすかな爽やかな石鹸の香りを嗅覚で感じ、
彼の、手から感じる、人肌特有のしっとりした温かさを触覚で感じ、
彼の、晴れ渡った青い空のように、吸い込まれそうな美しい瞳を視覚で感じ、
彼の、純粋な優しさに、体が震え、勝手に溢れた自分の涙の味を味覚で感じた。
そうして、いつしか自然と、俺はカイ・リュートの存在を、信じることが出来るようになり、
彼を通して、彼が属する世界の存在を信じられるようになっていき、
苦労は当然しながら、この世界に、少しづつ適応していく事ができた。
その後、何故、何度も見舞いに来てくれたのか?とカイに尋ねたところ、
「あ〜…、当時、読んでた絵本に、怪我をした茶色のネコを助けたら、恩返しをしてくれたっていう、絵本がありまして…」
と言われ、俺は涙が出るほど大爆笑した。
「…そっか、ナガレくんが、そんな事を…」
「…ああ」
夕食を終え、今いるのは、昼に座っていた庭園にあるベンチだ。
昼とは違い、風はなく、空には満月が静かに輝いている。
そんな、夜の世界で、俺達は昔のように手を繋ぎながら、話し合っていた。
夕方に、ナガレが血を吐くように叫んだ言葉、それをカイに伝えるのは苦しかった。
ナガレの心の傷を、俺が勝手に外に出してしまう事が、良いことのようには思えなかったし、
カイだって、かつての友達が、藻掻き苦しんでいる様を突きつけられても、心が痛むだけだろう。
現に、カイが握っていてくれる手は、固く力が入り、あの時のナガレの手と同じ様に震えていた。
「俺は、…いや、俺達は一体ナガレをどうしてやれば良かったんだろうな…」
「…ヤマトくん」
俺は静かに浮かぶ月を見ながら、右手にカイの温もりから、勇気を貰って、俺の温もりも同じだけ、カイに勇気をあげられていますようにと祈りながら、
思い出したくもない、2年前の忌まわしい過去を口に出す。
「シロトがあんな事になったのは事故だ。あんな事になるだなんて、誰にも分かる訳がない」
「……うん」
「分かるはず…ないんだよ!」
「……うん」
「本当に男同士で共鳴しちまうなんて…この世界の誰にも!誰にだって!分かる訳がねぇだろ!!」
男同士による星力の使用には意味がない、何故なら絶対に共鳴現象が起きないからだ。
100%起きない。事故の後、全員で実際に試したのだ!アイツの目の前で、何度も!何度も!何度も!
お前は何も悪くないんだと伝えたくて!
かすかな、もしもの恐怖を隠して、実際にやってみせたんだ!
そして、やっぱり男同士の共鳴なんて、欠片も起きなかった!
全員だ!全員!塵のような反応すら起きなかった!
ただ、ただ、シロト・リュートが、
ただ一つの例外中の例外だっただけで…
「ナガレは…何も!悪く…無いんだよ!」
「……うん!…」
どうしてやればよかったのか、分からなすぎて、あまりの理不尽に涙が出てきて、満月をグニャグニャと不気味な形に歪める。
2年前、本当に些細な思いつきは地獄を生んだ。その動かしようのない現実だけが、何も変わらずここにある。
その現実に二人で打ちのめされ、ただ、ただ、一緒に涙を流しながら、俺とカイは、俺達の友達のナガレに思いを馳せる
「ナガレくんは、あの後から変わったよね…」
「…ああ」
「シロト兄さんの口調で話すようになったり…」
「…全然ヘッタクソな…真似だけどな…地頭が俺と同レベルのバカなんだよ…アイツは」
「シスター達の評価に凄くこだわる…ん…怖がるようになった」
「自分の事を…とんでもない罪人としか思えてないんだろう…いつ上から罰がくだされるのか…不安で…おかしくなりそうなんだろうな」
「僕と、ヤマトくんを、見るだけで、凄く怒るようになった…必死に自分を守るみたいに」
「俺とカイの事も…もう…自分を責め立てる…化け物にしか見えてないんだろうな」
「でも、そんなナガレくんを…僕は、見ないふりをする事しかしなかった」
「俺はもっと酷い…ただ怒らせて、無抵抗で殴られて、アイツのモノマネを、少しの間、止めさせるだけで勝手に満足して…ナガレを追いつめた」
「…ああ、ちゃんと謝らなきゃ…」
「…そうだな、きちんと謝らないといけないな…」
二人で手をつないで、そう、決意する。
1人じゃ、きっと、いつまでも同じ所をグルグルするばかりで、
どっちが前だと思えるのか、考えることも出来なかっただろう
だから、カイの手を握りながら、俺は、もう一つの、忌まわしい現実を口に出す。
「カイ」
「何?」
「シロトはもうダメみたいなんだ」
先人達の偉大さを痛感する日々です。どうしよう…とりあえず、ぼちぼちやってみます




