第7話「鎧の中が温泉になった」
朝、アルトがヒルダの鎧に押し込まれた。いつも通りだった。
鎧の中は狭い。暗い。体を動かすと金属がきしむ。だが乾いている。それだけが、唯一の救いだった。
——三十分後、足元に液体が溜まり始めた。
「……ヒルダさん」
「何だ?」
「鎧の中、なんか濡れてるんですが。足首まで浸かってます」
「気のせいだろう」
「気のせいで足首まで浸かりませんよ!」
ヒルダが立ち止まった。鎧の継ぎ目から、うっすらと白い湯気が漏れていた。いい匂いがした。それが逆に不気味だった。
「……貴様ら」
振り返った先で、セレスティアとフラムが揃って目を逸らした。
「聖水です。神の恩恵を体の外側から浸透させる、新しい試みです」
「栄養剤です。経口投与より皮膚吸収の方が効率が良いと判断しました」
「混ぜたのか!?」
「相乗効果が見込めたので!」
「おい、勝手に私の鎧を改造するな」
リプレが少し離れたところで手を挙げた。
「一応言っておくと、あたしはやめとけって言ったっすよ」
「め、珍しく良識があるな?」
「内部が錆びるっす。この鎧、継ぎ目の素材がデリケートなんで。設計的に」
「そっちの理由かーーーい!!」
ヒルダが鎧のラッチに手をかけた。セレスティアがその腕を押さえた。
「開けては駄目です。浸透が完了していません」
「浸透が完了したとして、その後どうなる?」
「う~ん、アルト様の全身の細胞が活性化します」
「アルト本人はどう思っているんだ?」
「そんなことはもちろん聞いていません」
鎧の中からくぐもった声がした。
「聞いてください! 今すぐ聞いてください!!」
「もう少しで効果が出ます、アルト様。それでわかるはずですわ」
「どんな効果ですか!? というか、今膝まで浸かってるんですが!!」
「全身の細胞が活性化して、疲労回復と基礎ステータスの底上げが同時に見込めます!!」
「それ普通に人体実験じゃないですか!?」
フラムが手帳を取り出してさらさらと書き込んだ。
「安心してください。事前にゴードンで試しました。概ね問題ありませんでした」
「そのゴードンさん今どこにいるんですか!?」
「……酒場のカウンターで溶けています」
「と、溶けてる!?」
ヒルダが力ずくでラッチを外した。鎧が開いた瞬間、白い液体がどぷりと溢れ出した。中からアルトがずぶ濡れで転がり出た。全身の皮膚がふやけ、指先には深い皺が刻まれていた。ステータス画面には「細胞活性化(継続中/残り六時間)」と表示されていた。
「六時間って何ですか? 六時間って!?」
「効果が切れるまでの時間ですわね」
「切れるまで続くんですか!?」
「良い兆候ですよ。そうですね、副作用でお肌が綺麗になります」
「綺麗になりたくてやってないんですよ!」
ヒルダが黙って鎧を逆さにした。残った液体をすべて地面に捨てた。それから低く、静かに言った。
「次は継ぎ目を溶接するか……」
「それはそれで出られなくなるので困ります」
「そもそも出す気はない!」
「……その発言の方が怖いです」
◇◆◇◆◇
「浸透圧による吸収効率、経口投与の二倍。フラム様の計算通りですね」
ミラベルが手帳に書き込んだ。その横に、フラムがいつか書いたのと同じ数式が、すでに印刷されていた。
「フラム様は気づいていないようですが——この実験、私が設計しました」




