第6話「僕より不幸な男が現れた」
街道沿いの酒場に、血まみれの男が転がり込んできた。
無精髭。傷だらけの筋肉。ボロボロの鎖かたびら。体のどこかから出血していたが、本人はさほど気にしていない様子で、カウンターに肘をついた。
「……。酒をくれ」
豪快な声だった。全身傷だらけのくせに、妙に堂々としていた。
「……ゴードンさん、ですか?」
「……おう。お前、勇者か。噂は聞いてるぞ」
アルトの隣に、どっかりと座った。
「大変らしいな。俺も似たような境遇でな」
「似たような?」
「パーティにヒールしてもらえん」
間があった。
それ、逆だよね。
「……ヒーラーがいないんですか?」
「いる。俺のことが嫌いなだけだ」
「……な、なんで?」
「俺にもわからん」
ゴードンが酒を一口あおった。肩の傷から血が滲んでいた。
「薬草一枚もらえん。もう慣れた」
「慣れないでください……(;'∀')」
アルトは初めて、心から同情した。方向性は違うが、この男は間違いなく仲間だ、と思った。
その瞬間、背後の空気が変わった。
「……傷があります」
「新鮮なデータっす」
「練習に、ちょうどいいかもしれない」
四人の視線が、ゴードンに集中した。
「おい、何だお前ら!?」
「治しますわ!」
「は?」
「治します!!」
「だから——」
「治すっす!!」
ゴードンがアルトを見た。アルトは首を横に振った。
「逃げてください、今すぐ」
「はあ? 傷の一つや二つ——」
「今すぐ!」
遅かった。
セレスティアの聖光がゴードンを包んだ。
「ちょっと待て、俺は別に——」
「傷が深いですわ!」
「この程度は慣れてる」
「慣れてはいけません!!」
「いや俺は——」
「フラム様、投与を!」
「待ってくれ!」
「はい、口、開けて!」
フラムがフラスコの蓋を開けた。ゴードンが本能的に後退した。遅かった。
「飲んでください!」
「何だこれ?」
「……いわゆる栄養剤です」
「い、色が三色あるんだが!?」
「混ぜました!!」
「え、混ぜていいのか!?」
「良い結果が出そうだったので!」
「良い結果って何だ!?」
「先週アルトで試しました」
「こいつで試したのか!」
アルトが申し訳なさそうに頷いた。
「ゴードンさん、飲まない方が——」
「手遅れっす」
リプレがすでに別の方向からアーティファクトを装着していた。ヒルダが「練習台に箱は過剰か」と呟きながら腕を組んだ。四人の視線がゴードンに集中した。
ゴードンは傭兵として二十年生きてきた。死線を何度もくぐり抜けてきた。だが今この瞬間、人生で初めて、本物の恐怖を理解した。
「……逃げていいか?」
「駄目っす!」
酒場に轟音が響いた。
五分後、ゴードンは全回復していた。傷が一つも残っていなかった。鎧も、服も、無事だった。なぜか。全部脱がされていたからだ。
ゴードンは虚ろな目で天井を見上げていた。
「……お前」
「はい」
「毎日これか?」
「……はい」
ゴードンがアルトの肩を掴んだ。傷だらけの大きな手だった。目が、少し潤んでいた。
「辛かったな」
「辛かったです」
二人は無言で酒を飲んだ。これ以上語る言葉は、何もなかった。
◇◆◇◆◇
「ゴードン様、予定より二日早い登場ですね」
ミラベルは手帳を開いた。ゴードンのページがあった。傭兵歴、戦闘スタイル、ヒール耐性——全て書いてあった。
「練習台としては、申し分ありません。次をどうぞ」




