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第11話「逃げ場が、なかった」

 アルトが逃走を決意したのは、夜中の二時だった。


 理由は単純だ。このまま続けば、自分は人間でなくなる。防御力九千を超えた時点で、すでに怪しかった。


 計画は三日かけて立てた。


 深夜に抜け出す。街道を外れて森を突っ切る。隣町のギルドで別のパーティに合流する。それだけだ。シンプルだった。完璧だと思った。


 宿屋の窓を静かに開けた。外は暗い。風もない。完璧なタイミングだった。


 窓枠に手をかけた瞬間、部屋の隅から声がした。


「どちらへ」


 ノワールだった。暗闇の中で、無表情のまま立っていた。いつからいたのか、わからなかった。


「……散歩です」

「夜中の二時に?」

「よ、夜風が好きで」

「荷物を持って?」

「……旅が好きで」


 ノワールが無言で窓を閉めた。鍵をかけた。鍵をポケットにしまった。


 翌朝、ブランがスケジュール表を持ってきた。


「アルト様の行動範囲を、本日より調整します」

「調整って何ですか!?」

「宿屋から半径五十メートル以内を推奨行動域とします!」

「す、推奨って言葉を使ってますが、それ強制ですよね。いや、監禁だ!!」

「ご理解が早くて助かります」


 昼過ぎ、アルトは食堂の裏口から抜け出した。今度は荷物を持たなかった。身一つで走った。


 路地を二本曲がったところで、セレスティアと正面から鉢合わせした。


「あら、アルト様。お散歩ですか?」

「そうです散歩です通してください」

「どうぞ。ただ——」


 セレスティアが静かに手をかざした。白い光が、路地の出口を塞いだ。


「この先は不浄な空気が漂っています。健康のため、お戻りを推奨します」

「不浄な空気なんてないですよ!」

「霊的に感知しました! たぶんそういう感じですわ!」

「平然と嘘をつかないでください!」


 別の路地を走った。フラムがフラスコを磨きながら立っていた。


「あ、ちょうどよかった。今日の投与、まだっすよ」

「リプレさんまでいるんですか!?」

「ブランに頼まれたっす。この路地、塞いどいてって」

「……。俺の行動、全部筒抜けじゃないですか!」


 広場に飛び出した。ヒルダが腕を組んで待っていた。


「逃げるな!」

「通してください!」

「嫌だ!」

「お願いします!」

「嫌だ!!」


 その場で四人に囲まれた。ブランが手帳を持って現れた。ノワールが背後を無言で塞いだ。


「概念的絶対安全結界、起動します」

「何ですかそれは?」

「セレスティア様の聖域展開、フラム様の気化性鎮静剤散布、リプレ様の行動抑制アーティファクト起動、ヒルダ様の物理包囲。四属性による複合封印です」

「概念的って言葉でごまかしてますが物理じゃないですか!?」


 四人が同時に動いた。


 聖域の光が周囲を包んだ。甘い香りが漂い始めた。足首に何かが巻きついた。前後左右を壁と盾と人体で塞がれた。


 アルトは動けなくなった。体は軽い。ステータスは全快だ。逃げ場が、なかった。


 広場の隅で、ゴードンが一部始終を見ていた。


「……逃げようとしたのか?」

「ええ、三日かけて計画しました」

「無駄だったな」

「……。はい、無駄でした」


 ゴードンが立ち上がった。


「俺も一緒に逃げてやろうか?」

「本当ですか!?」

「ただし俺、足が速くないぞ」

「……じゃあ囮になってください!!」

「お前、友達に囮を頼むのか!?」

「……。すみません」

「まあいい。次、考えてやる」


 ゴードンが何かを考え始めた顔をした。頼もしかった。たぶん、何も思いつかないだろうと、アルトは思った。


◇◆◇◆◇


「逃走ルート、事前に十二通り全て把握していましたわ」


 ミラベルが手帳をぱらぱらとめくった。地図が描いてあった。アルトの想定したルートに、全て赤い線が引かれていた。日付は、三日前だった。


「ゴードン様の囮案も、ページ十七に記載済みです。お二人とも、可愛いですね」



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