《第40話 反撃の糸口》
「まずい、まずいのう」
戦意喪失の右冴姫と迫る冥王に交互に視線を送りながら、必死に反撃の糸口をつかもうと思考を巡らせる。
しかし何も浮かばない。自分の魔法はおろか、右冴姫の力さえ破られた。
そんな相手に勝つ方法を頭の中に百浮かんで、その全てを却下した。
「駄目じゃ何も思い浮かばん……いや待て一人だけ頼れる人物がいるとすれば、彼女しかおらんか」
シルトは顔を上げ、割れたシャンデリアが吊るされた天井を見ると一人の名前を口に出す。
「女神ケオテナよ。もし儂の声を聞いておるのなら応えてほしい」
しかし何処からも返答はない。その間にも、冥王はメイスを振り上げ、右冴姫を頭から叩き潰そうとしていた。
「ケオテナよ頼む。聞こえているなら応えてくれ。このままでは冥王の残滓を回収できなくなるのじゃぞ!」
冥王がメイスを振り下ろし、右冴姫の身体がその槌頭に潰されて姿を消す。と同時に時が止まった。
「止まった。これは時が止まっておるのか?」
「は〜い。その通りです〜」
館の屋根をすり抜けて、空色のツインテールの少女が、ふわりと降り立つ。
「ケオテナ。人間界に来ちゃいました〜ブイッ!」
女神のVサインをシルトは無視する。
「女神よ少し遅すぎるぞ。いや今はそんな事よりも人間界には来れないんではなかったのか?」
「そうですよ〜。ケオテナの本体が来たらこの世界は崩壊します〜なので」
ケオテナは自分の身体を指差す。
「この身体は分身みたいなもの。その為にあまり長くはここに入られません。それでお爺さん。ケオテナを呼んだみたいですけど、どうされました〜?」
ケオテナのペースに翻弄されていたシルトは自分が何故女神を呼んだのか思い出した。
「そうじゃ。あれを見てくれ」
「んん? 何ですか。あの禍々しい闇の力は〜」
「あれが冥王じゃ。儂らは復活した奴と戦っているのじゃが、このままでは負けそうなのじゃ。力を貸してくれないか」
「ん〜。力を貸したいのは山々なんですけど、ケオテナは力を貸すことができません。ごめんなさい〜」
「何故じゃ」
「まずひとつは、ケオテナが力を貸したらこの世界が致命的なダメージを受けちゃいます。それともう一つあれは冥王ではありません〜」
「どういうことじゃ?」
「アレは、あるところから力を得ているだけですよ〜冥王の残滓なのは間違いないですけどね〜」
「何から力を得ているのじゃ。頼むそれを教えてくれ」
シルトは縋るようにケオテナに質問を浴びせる。
「人間の魂です〜」
「人間の……魂とな」
「はい。正しくは人間以外にもエルフにドワーフ動物や虫もいますけど、その魂を喰らいそこから力を絞り出しているようです」
「ならば、魂を冥王の残滓から解放すれば力を失うという事じゃな」
「何か思いつきましたか〜」
「うむ。この方法を認めてほしいのじゃ女神よ……」
シルトはケオテナに耳打ちする。
「くすぐったいです〜」
そんなことを言いながらも、ケオテナはちゃんと聞いていたようだ。
「うーん。分かりました。その方法を認めます。けれど後にも先にも一回しか使えないですよ。恐らく精霊は力に耐えられなくて消滅します〜」
「分かった。その方法で何とかしてみせるとしよう」
「じゃあケオテナはこの辺で帰ります〜。これ以上いることは難しいので〜」
「女神ケオテナ。手掛かりを与えてくれて感謝するぞ」
「いえいえ。それじゃ冥王の残滓の回収お願いします〜」
.ケオテナは明るい笑顔で手を振りながら、天井をすり抜けて戻っていく。
それと同時に時が動き出した。
右冴姫を叩き潰した冥王が血で汚れたメイスを持ち上げてこちらに迫ってきていた。
「余に歯向かうのはあと一人お前だけ。さあ如何する。尻尾を巻いて逃げるか? それとも命乞いでもするのかな?」
「どちらもしない。儂は戦うまでよ」
「ならば余の一撃で、その脆弱な肉体をすり潰してくれよう」
冥王が振り下ろしたメイスをシルトは避ける事なく一人の精霊を呼び寄せる。
「光の精霊ゾイよ。我が命に従え」
その言葉によってシルトの背後に白い肌の精霊ゾイが現れる。
ゾイは死の精霊タナトスによく似ていた。それもそのはず彼女たちは双子の精霊なのだ。
突然現れた光を放つ精霊に目が眩んだのか、冥王の動きが止まる。
「ゾイよ。その優しき口付けで、この世界から失われた命を元の器に戻せ」
命令を受け命の精霊は数え切れないほどの数に一瞬に分裂し、街中に散らばる。
そして街中でうろついていた影の魔物にするりと潜り込むとそこに閉じ込められた魂に優しく労わるように口づけする。
すると影の魔物たちが解けるように消え失せ、誰もおらずゴーストタウンと化していたズューフェンに全裸の男女が倒れていた。
彼らは全て影の魔物に食われた人々だ。
「う、う〜ん? 私寝てた? って何やだこの格好! 何で私服着てないの! はっ。馬鹿見るなー!」
その中には目が覚め、自分が服を着ていないことに気づいて、町中に聞こえるような大きな叫び声をあげるアムットもいた。
多数に分かれたゾイの一体が潰れて原形をとどめていない右冴姫の頭があったであろう場所に口づけする。
すると、時間が巻き戻るように、右冴姫の肉体が元どおりに戻っていく。
「クッソ。胸糞悪い!」
蘇ってからの濁った第一声はそんな罵声だった。
何度か咳込み、喉に引っかかっていた血を吐き出す。
「よくもオレを殺してくれたな。冥王」
心臓の弱いものなら死んでしまいそうなほどの怒りのこもった視線で冥王とシルトを睨む。
「それとジジイ。死ぬ前に助けてくれねえかな。分かるか? 自分の潰れた身体が元に戻る感覚がどんなものか分かるか?」
「生き返った途端に煩い奴じゃ。生き返らせてやったのだから文句を言うんじゃない!」
二人は間で膝をつく冥王を無視して喧しい口喧嘩を始めてしまう。
「それとも何か死んだままの方が良かったのか? 」
「そうは言ってねえ。けど助けるならもう少し早く助けやがれ!」
二人は言いたいことを言って少し落ち着いたのか、肩で荒い息をつく。
「それで、冥王は如何なったんだ?」
「冥王はこの街の全ての魂を喰らいそこから力を得ておった。だからその魂を全て命の精霊ゾイに命じて、復活させたのじゃ」
「何だかとんでもねえ事起きてたんだな。街の人間全員が食われてたって事か」
「うむ。儂らが戦っておる間にな」
「全く余裕たっぷりじゃねえか。オレたちと切り結んでいる間につまみ食いとはな」
二人は未だ蹲る冥王を見下ろす。
「黙れ。この世界の生物どもが、余を、余を見下すな!」
この時初めて冥王の感情が火山の噴火のように爆発した。
冥王は立ち上がると同時に持っていたメイスを振り回す。
二人には当たらずに空振りしてバランスを崩し、再びその場に膝をつく。
二人の目から見ても、かなりの力が失われているのは確実だ。
だからといって慈悲を与えるつもりは右冴姫とシルトにはさらさらなかった。
「そろそろ終わりにしようぜ。冥王。安心しな楽に逝かせてやるよ」
二人に挟まれた冥王の身体を纏っていた鎧が、ヘドロのようにドロドロと溶けていく。
それでも冥王の兜から覗く目の光は失われていなかった。
分かっているからこそ、二人は持てる最大限の力をぶつける。
右冴姫は復活した時に治癒した左腕で、飽喰児鬼の柄を持ち、右手で柄を握り締め、腰を落とす。
両足に溜めた力を解放する。
ドンと大きな爆発のような音が響き、まるで爆風によって背中を押されたように、右冴姫は一瞬にして冥王を間合いに収め、飽喰児鬼を抜き放つ。
時が止まる。
力を失った冥王はもちろん動くことができずこちらを睨みつけるだけ。
しかし、この能力のタイムリミットは近い。先ほど使ったぶんはたとえ復活しても回復はしていない。
残り0.4秒。
間に合わないと思ったのか、鞘から笑い声が聞こえてくる。
刀鍛冶は右冴姫が失敗し一秒超えると確信し、笑っていた。
その笑い声は『お前の妹の魂を喰らい尽くしてやる』と語っていた。
「黙れ! お前らには永遠に左茅に触れる権利はねえ! 黙ってそこで見てろ!」
残り0.2秒。
逆袈裟に刃を振り抜き、右冴姫は飽喰児鬼を鞘に収める。
十本指の鍔が、鞘に食らいついた時には、残り0.1秒を切っていた。
斬られた冥王は首を動かし、無防備に膝をつく右冴姫の背中を睨みつける。
「何だ。ただ通り過ぎただけか。お前の牙は世には届かなかったようだなっ……!」
冥王の言葉尻が驚愕で一段階高くなる。 自分の胸の辺りを見ると、そこに腹から肩にかけて一直線に線がはいっていた。
だが鎧は斬れていても、肝心の身体には薄皮一枚も斬れてはいない。
「これがお前の限界か」
右冴姫は冥王に背中を向けたまま立ち上がる。
「ああ。オレの力じゃここまでだ。オレの力じゃな」
右冴姫は振り向く。その目は冥王ではなくその背後にいたシルトを捉えていた。
「雷の精霊トネルよ。我が命に従え」
呪文を唱えるシルトの背後に、絶え間無くスパークを起こす、金の髪を持つ精霊トネルが寄り添い、彼の左腕を両手で包み込む。
光る輪郭を残し、肘まで消滅した左手に雷が、神にも等しいと言われる雷が、人差し指一点に集まっていく。
「その光は……?」
シルトの方を振り向いた冥王の瞳が雷光に灼かれる。
「闇を焼き尽くす神の雷 。耐えられるかな?」
人差し指を伸ばしたまま指を鳴らす。指先に集まっていた雷は光の速さで飛び、冥王の鎧の裂け目に直撃し、体内で炸裂。
「グオオオオオオオオオ……」
鎧の隙間から、青白い炎が噴き上がる。雷は全身を容赦なく焼き尽くしていく。
「ガアアアア。馬鹿な……余が敗北する? この世界の、弱くて脆い生物に余が負ける? ありえない。ありえないイィィィ……」
冥王は焼け爛れた舌で、怨みの篭った言葉を吐き続けながら、地面に倒れこむ。
そこには人間界、果ては神界を征服しようとした王の威厳はなかった。
「身体だ。この身体がいけないのだ。この脆い身体でなければ余は余は!」
冥王が纏いし鎧が、卵の殻のように剥がれ落ちていく。
中から現れたのは青白い炎に全身を舐められ続けていた。
「手前にはお似合いの最後だ。そのまま燃え尽きるんだな」
二人の見下ろす中、冥王、いやボアティの肉体は燃え尽き跡形も無くなっていた。
その場に残ったのは、黒い靄。
空間を割いて突然細い手が現れたかと思うと、残った靄、冥王の残滓を手づかみで掴み、空間の裂け目に戻っていった。
二人の頭に声が響く。
『二人共ありがとうです〜』
「女神さんか。全く美味しいとこだけ持って行きやがるぜ」
「そうじゃな。だがこれで儂らが頼まれた冥王の残滓は全て……」
『全てじゃないです〜〜!』
「うわっ!」
「むうっ!」
二人は耳を抑える。頭の中でケオテナの鼓膜を破るほどの大きな声が響いたからだ。
「何だ女神。うるせえぞ!」
「どうしたんじゃ。女神ケオテナ。何があったのじゃ」
ケオテナの言葉は二人を閉口させるに充分だった。
『回収した冥王の残滓。半分しかないです〜! もう半分がまだ何処かにいますよ〜! 二人とも聞いてるのですか?』
「聞いてるよ。それでどこにいるか分からねえのか!」
『うーん。あっ! すぐ近くにいます〜』
「近く? 近くとはこの近くの事か?」




