《第41話 少女の願い》
二人の耳にひとつの足音が聞こえてくる。
そちらを見ると一人の少女がこの部屋に入ってきた。
「スナタサか?」
シルトの問いかけに少女スナタサは頷きながら部屋に入ってくる。
「はい」
「何でお前がここに来るんだ」
右冴姫はチラリと彼女の弟が倒れていた場所に目を向ける。
「ここに入るな。見て気持ちのいいものなんか何もねえぞ」
「でも、弟はここにいますよね。右冴姫さん」
右冴姫の足元を見るスナタサの質問は確信に満ちていた。
「何故それが分かるのじゃ?」
「分かりますよ。だって双子の弟ですもの」
スナタサは歩き出し、ボアティが力尽きたところまで来るとそこにしゃがみ、手で触れる。
「ボアティは死んでしまったのですね」
「すまないスナタサ。お主の弟は邪悪な存在に取り憑かれてあった。儂らはそいつを倒すためにボアティを探していたのじゃ。だが、助けられることができなかった。すまん」
シルトの謝罪に、スナタサはゆっくりと首を横に降る。
「謝らないでください。弟はもうこうするしか救えなかったんですから」
「スナタサ。何処まで知っておるのじゃ?」
弟の跡に触れたスナタサは、その存在を逃さまいとするようにギュッと握り締める。
「何処まで、そうですね。私の双子の弟には冥王。シルトさんが言う邪悪な存在が住みついているというところまでですかね」
「お前……」
右冴姫は飽喰児鬼を構えて臨戦態勢をとる。
「止せ。右冴姫」
「ジジイ止めるんじゃねえ」
「まずは話を聞こう。聞かせてくれるなスナタサ」
「はい。お話しします。私の弟、ボアティには冥王が住み着いていることは知っていました。生まれた時から」
「生まれた時から? 何故知ることができたのじゃ?」
「冥王が私達双子に語りかけて来たからです。『その体を余に貸せ。さすれば何不自由ない生活を送らせよう』って何度も何度も。
けれど私達はその誘惑に負けることなく、何年も何年も暮らして来ました。
その間様々な不幸が襲いかかって来ました。両親が相次いで死に、身に覚えのない借金……そこが限界でした。弟は冥王の誘惑に負けてしまったのです」
「つまり、お主の身体には……」
「はい。別れた冥王の半分がこの身体に寄生しています」
右冴姫はいつでも飽喰児鬼を抜けるように構えながらスナタサに近づく。
「で、お前は何しにここに来たんだ? まさか弟の復讐? いやもう冥王に支配されてるとしたら、力の片割れを回収しに来たのか?」
スナタサは首を横に降る。
「違います。私は、私がここに来たのは弟がいるところに連れて行って欲しいからです」
「それはつまり……」
「殺してくれということじゃな?」
「はい」
「ひとついいか? お前の中の冥王はどうしてるんだ。何故お前の弟と違って、冥王に支配されていないんだよ?」
右冴姫の質問に、スナタサは答えるのは当然と行った顔で頷く。
「冥王の誘惑は今も続いています。けれど小さい頃からずっと抑えて来たからかもしれません。
ですけど、いつ正気を失ってもおかしくありません。
そうなる前にお願いです! 私がまともな内に、弟の元へ送ってください! お願い、お願いします……」
「分かった」
シルトは自分の目の前で、跪き取り縋る彼女に、そう短く返事した。
「おい。いいのか?」
右冴姫がシルトに耳打ちして来た。
「冥王の残滓回収のためとはいえ、はっきり言ってただの人間を殺そうとしてるんだ。オレが変わりにやってやろうか?」
「大丈夫じゃ。儂に任せろ。お主は先に外に出ていろ。危険じゃからな」
「そうかい。ジジイがそれでいいなら。オレは外で待ってる」
右冴姫はスナタサに目を向けることなくその場を後にした。
「では、スナタサそろそろ始めるぞ」
「はい。お願いします。弟を救ってくれただけでなく、私のワガママに付き合ってくださってありがとうございました」
「火の精霊フロムよ我が命に従え……」
スナタサの額に、透けた人差し指を当てて呪文を唱える。
呪文を唱えている間もスナタサはずっと笑顔だった。
☆☆☆☆
「終わったのか?」
「うむ。終わったぞ」
領主の館の外でキセルを嗜んでいた右冴姫が出て来たシルトに声を掛ける。
二人はしばらく無言で歩く。その後ろでは館全体が激しい炎に包まれていた。
「なあジジイ」
「なんじゃ?」
「あの姉弟は再開できるのか?」
「知らん。それは女神が決める事だろうて」
「そうか」
それで話は終わりとばかりにあたりに沈黙が訪れる。聞こえてくるのは背後で炎が館を燃やしていく音だけだ。
二人の目の前に突然階段が現れた。
それは半透明で手摺がなく、空に向かって伸びている。
上空にある光る入口のようなものと繋がっていた。
「オレ達にもお迎えが来たようだな」
「うむ。儂らが頼まれた仕事は終わった。登るとしよう」
二人は階段を登っていく。
これで最愛の人を楽園に送ることが出来る。そう思うと表情には出さなくても胸の高まりは抑えられそうになかった。




