表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/49

《第39話 冥王の本気》

 冥王は首の骨が折れて曲がったまま、二人を緑の瞳でじっと見つめ、大きく口が三日月に裂けた。


「この世界の生物にしてはなかなかの強さ。だが、肉の身体に傷はつけられても余は痛くも痒くも無い」


「首が折れ曲がったまま、カッコつけるな」


  右冴姫の挑発に対して、冥王は本当に口が裂けたのでは無いかというほどに口を大きく開ける。


「それもそうだな」


  冥王は自分の頭に手を添え押し込む。ゴキボキと、聞いてる方が痛くなるような音を響かせて、首の角度が元に戻った。


「元の角度に戻した方が確かに喋りやすいな。礼を言おう」


「礼を言われる筋合いはねえ。さっさと神様に封じられてくれねえか? そろそろお前と話してるのもめんどくせえんだ」


  右冴姫は何とか飽喰児鬼を杖にして立っている。しかし依然として腹に開いた穴からは血が止めどなく流れていた。


「そんな満身創痍で余にまだ楯突くとは、その姿勢に敬意を評し、余も本気を出すとしよう」


  冥王の影から多数の触手が現れる。


  それは右冴姫とシルトに襲い掛かることはなく、冥王の身体にまとわりついていた。


「だいぶ腹ごなしも済んだ事だ。少し力を解放するとしよう」


  二人の前で、冥王は自身の影から這い出てきた触手を鎧のように纏う。


  白粉のような肌を覆うのは、黒く触れたものすべてを傷つけるような棘だらけの全身鎧。


  同じように棘が生えた兜が頭を覆った。


  「守りはこれで良し。後は余に楯突く奴を叩き潰す得物がいるな」


  棘だらけの籠手に包まれた右手を伸ばすと、その掌に触手が集まり、とても大きな槌が出現した。


  円錐形の槌頭はとても大きく、 一度振るえば複数人を叩き潰せそうなほどの威圧感を誇っている。

 

  そんな超巨大な得物を冥王は両手で軽々と持ちながら二人にゆっくりと近づいてきた。


「右冴姫。動けるか?」


「何当たり前のこと聞いてんだよ」


  右冴姫は笑おうとするが、シルトには苦しんでいるようにしか見えない。


「ジジイに心配される筋合いなんてねえ。オレはあいつを斬る」


  右冴姫には引く理由が見当たらない。青年の身体の中にある残滓を回収できれば左茅(いもうと)は楽園に行けるのだ。


  その為なら自分の身体の事などどうでもよかった。


  しかし右冴姫は不安に思う事が一つある。


  飽喰児鬼を抜けば時を止める力が発動する。しかしそれは一秒しかもたない。


  普段の身体の状態なら何の問題もない。


  しかし、左腕が折れ、腹に二つも穴が開いたままでは、どうしても動きが鈍くなるのは避けられなかった。


  もし、一秒を超えてしまえば、飽喰児鬼に宿る刀鍛冶は遠慮なく左茅の魂を喰らい尽くすだろう。


  それだけは何としても避けなければならない。


「……ギ、おい右冴姫!」


  その声で、闇に沈もうとした意識が浮かび上がってきた。


  考え事をしているつもりが意識を失う寸前だったらしい。


「聞いてるよ。デケエ声出すな」


「奴が近づいてくる。儂らも行動するぞ」


  「ああ」


  右冴姫の青ざめた笑顔を見て、シルトは不安を拭えそうにない。


  自分の両手を見ると、精霊魔法を使用した代償で光る輪郭を残して消滅していた。


  この状態でも感覚はあり、手として問題なく機能する。


  だが、このまま脳まで消滅すれば、最愛の母との記憶が消滅してしまう。


  そうならないように今までも細心の注意を払っていた。


  (ここでヘマをするわけにはいかないからのう)

 

「いけるんじゃな?」


  右冴姫は何も言わずに首を縦に降る。もう喋るのも辛そうだ。


「儂が奴の気をそらす。お前は隙を見て――」


「奴を斬る」


  口に刀を加えた右冴姫の自信に満ちた返答を聞いてシルトは精霊達を使役する為に唱えながら前に出る。


「どうした? お前の方が肉体的に脆いだろうに。それとも余の前に跪こうとでも?」


「安心せい。お主に膝を折るつもりは毛頭ないわい!」

(炎の精霊フロムよ。我が手に熱き炎を集めよ)


  シルトは頭の中で精霊に指示を出し、右手に持った炎球を冥王の鎧に叩きつける。


  鋼鉄の鎧も一瞬で溶かすほどの業火が冥王の鎧を包み込んだ。

 

  太陽のような明るさが暗い部屋を照らし、シルトは目を細めて冥王の末路を見届ける。


「やったか――風の精霊わが身を守る盾を作れ!」


  シルトは身の危険を感じて、すぐさま竜巻の盾を作り出す。


  だが、炎の中から現れた巨大な槌が直撃し、竜巻は無残に四散し羽織っていたマントがバラバラに切り裂かれる。


  その衝撃でシルトの小さい身体がすっ飛ぶ。


「うわっ!」


「おっと」


  壁に叩きつけられる寸前、シルトの背中を何かが掴むような感触がした。


「右冴姫か」


「よくやったじゃねえかジジイ。後はオレに任せな」


  右手一本で飛んできたシルトを受け止めた右冴姫は彼を放り投げると、一目散に駆ける。


  シルトを吹き飛ばした後も、冥王は何度もメイスを振り続けている。


  どうやら全身が炎に包まれている為、視界も一時的に失っているようだった。


(この隙は逃さねえ!)


  刀を咥えた右冴姫は自分の間合いに冥王を入れたと同時に、飽喰児鬼の鯉口を切る。


 そして時が止まる。


  周囲はセピア色に染まり、人はおろか空気さえ動くものは何もない世界にたった一人ぼっちで右冴姫は走る。


  引き抜かれた飽喰児鬼に刃は見えない。正確には半透明で今にも消えそうなほど薄い刀身だ。


  それがはっきりと見えるようになる方法は一つ犠牲者の血を浴びる時だけだ。


  鞘から完全に引き抜くまでにコンマ二秒。


  やはりいつもより遅い。身体の傷が邪魔をしているからだろう。


  それでも右冴姫はこの気を逃す手はない。


  狙う相手、冥王は全身を炎によって焼かれ、視界を塞がれて、辺り構わずメイスを振った姿で止まっている。


  自分の身体がボロボロでもこの好機を逃す馬鹿はいない。


  右冴姫行おうとした動作はたったの三つ。


  まず刀を抜き、次に冥王の首を刎ね、返す刀で胴を断ち切る。

 

  これで冥王は終わりだ。


  そう確信した右冴姫は刀を想像した通りに振るう。


  頭の中で考え行動に起こした時にはコンマ五秒立っている。


(後半分しかねえんだ。早く動けオレの身体!)


  飽喰児鬼の刃が迷いなく冥王の首を切断する……はずだった。


  冥王が首を後ろに下げていなければ。


「はっ?」


  思わず間抜けな声が出てしまう。


  時は止まっているはずなのに、冥王に避けられた。その衝撃は一度死んだ復活してから初めての体験だった。


  ここまでコンマ六秒経った。右冴姫は慌てて時を止めら能力を自分から解除する為に飽喰児鬼を鞘にしまう。


  解除した途端。世界に色が戻り、空気が動き出す。


  風圧を感じて慌てて後ろに跳躍する。


  右冴姫の身体があった場所に一瞬遅れてメイスが通り過ぎていった。


「あの体勢で避けたか」


  冥王の全身を舐めるように焼いていた炎はいつの間にか消え失せ、鎧が焼けただれた後はどこにも見当たらない。


「手前。なんで動けるんだよ」


  右冴姫はつい尋ねてしまった。


「この力は神さえ動けななくなるはずなんだ! なのに何故、冥王、手前は動けるんだよ!」


  絶対の自信を持っていたこの力が破られた事で右冴姫は子供のように地団駄を踏んで質問を繰り返す。


「答えろよ! 何で動けた?」


「簡単な事。その力以上の魔力をぶつければいいだけ」


「つまりお前の力で、オレの力は打ち負けたと?」


  冥王は頷いた。


「クソ! 何が神も斬れる力だ。ぬか喜びじゃねえかよ」


  右冴姫は崩れ落ちそうになる自分の身体を、飽喰児鬼と片膝で何とか支える。


  「もう抵抗は終わりか? 弱い生物の割に手こずらせてくれたな」

 

  項垂れる右冴姫に冥王が足音をわざと大きく響かせて歩み寄ってくる。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ