《第36話 館の主》
右冴姫とシルトの前にいるのは女神とスナタサが言っていた青年と特徴が一致する。
金色の髪に緑色の瞳。よく見れば妹のスナタサと顔立ちが似ている。どうやら二人は双子だったようだ。
「お主がボアティなんじゃろ?」
シルトはもう一度呼びかけるが、ボアティと呼ばれた青年は二人に視線を送ったまま、手に持っている肉にかじりつき、引きちぎって咀嚼する。
「ジジイ。あいつとまともな会話は無理そうだぜ。見ろよアレ」
二人が会話している間も、青年は手に持った紐のように長い肉片を口に運んでいる。その肉片はさっきから椅子に座って天井を見つめている男の腹のあたりから伸びているようだ。
二人には分からないが、椅子に座っているのはこの街の領主……いや領主だった。
彼は男女問わず自分の気に入った人間を奴隷として買い集め様々な行為に耽る屑であった。
領主は一番新しく買った奴隷に腹を食い破られ内臓を貪られなから、自分の腹を食い散らかされる苦痛と恐怖でショック死した。
「いつから好きなのかは知らねえが、人間の肉が大好物の奴と会話なんてできねえよ」
「それもそうじゃな。ゴーレム」
シルトは自分の後ろで彫像のように直立していたゴーレムを呼び寄せる。
「あいつを殺せ。せめてもの慈悲じゃ苦痛を与えるなよ」
ゴーレムは主人の指示を受けると、テーブルに飛び上がった。
上に並べられた肉片の乗った食器を、文字通り蹴散らしながら距離を詰めると、青年の顔めがけて、左の拳で殴りかかる。
しかし青年の顔面に到達する前にレンガのゴーレムが動きを止めた。
まるで見えない鎖に絡め取られたようだ。
ゴーレムは主人の命令を忠実に守るために動こうとするが、見えない鎖はとても強くて頑丈で、ゴーレムの体を徐々に締め上げていく。
無表情でもがくゴーレムの全身に蛇が這いずるように全身に周り、次の瞬間バラバラに吹き飛んだ。
青年は目の前で砕け、自分の方に飛んできたゴーレムの首を片手でキャッチする。
青年とゴーレム。お互い感情のこもっていない顔で見つめ合う。
先に行動を起こしたのは青年の方だった。
ゴーレムの頭を自分の方まで近づけると、大きく口を開けて勢いよく歯を立てた。
右冴姫とシルトの見ている前で、乳白色の肌の青年は、一心不乱にレンガで出来た生首を貪り喰らう。
とても人間の口では噛み切ることもできないであろうそれを、青年は苦もなく口を何度も動かして飲み込んでいく。
「……不味い」
ゴーレムの首を完食した青年が二人の前で初めて口を開く。
「不味いな。硬いし味もしないし溢れる肉汁も新鮮な血の味も何もしない。何だこれは?」
青年は口に手を突っ込み、歯の間に挟まっていたカケラを取り出すと、目の前に持ってしげしげと眺める。
「そりゃ煉瓦だよ」
その声を聞いて青年が右冴姫の方を見た。
「レンガ……それは生物なのか? だとしたらとても不味い肉だな」
「ボアティ。レンガは生物ではない。粘土に砂を混ぜて焼いたものじゃよ」
「粘土? 砂? 肉ではない……」
青年は抑揚の無い口調で淡々と喋り続ける。
「このレンガとやらも不味かったが、この生物の肉も同じように不味かった。歯ごたえも甘みもないブヨブヨの肉は臭みだらけであった」
その言葉が言い終わった途端、椅子に座っていた領主の身体が見えない手で握りつぶされた。
潰れたトマトのような領主の死体から目を離し二人を見据える。
「他の生物も似たり寄ったりだ。痩せ細って肉のないものや、太り過ぎた脂身の塊。不味くてかなわん」
「そう言う割には、結構な数を食べてあったようじゃのう。ボアティよ。いつからお前は人肉を食すようになったのじゃ?」
「ボアティ? それは余のことを言っているのか?」
「ゲテモノ食いばっかりしているせいで、自分の名前もわからなくなっちまったのか?」
青年は血で真っ赤に染まった顎に手を当てて考え込む。
「ボアティ……ボアティ。ああ、思い出した。余が使っている体の事か。左様この体はボアティと呼ばれていたな」
潰れて肉塊になった領主に視線を向ける。
「この不味い生物に肉体と精神を散々嬲られた挙句、ボアティの魂は壊れた。そして余がこの魂の抜けた体を譲り受けたのだよ」
「お主は何者じゃ……」
シルトは頭の中にある名前が浮かび上がっていた。いたが、確認の為に青年に尋ねる。
「余に名など無い。余はこの世界を支配する王。冥王である。弱き生物どもよひれ伏すが良い」
青年、冥王が両手を高々と掲げて名乗る。それと同時に外では一つの異変が起ころうとしていた。




