《第35話 踏み込む》
館の敷地に足を踏み入れると血の匂いが一層濃くなり、麻痺していたシルトの鼻でも感じ取れるようになった。
館の玄関までは花壇や庭があるのだが、それが所々赤く染まっている。
ふと見ると、花に何かが絡み付いていた。それは人間の内臓の一部であった。
館に近づけば近づくほど、身体が嫌がるほどのきつい匂いが漂う。発生源は館の正面玄関からだ。
両開きの扉は今はしっかりと閉じられているが、匂いがその隙間から漏れている。
「扉を開けろ」
シルトは傍にいたゴーレムに命じる。
レンガで作られたゴーレムは、身長は二メートル程で女性のようなスラリとしたシルエットをしている。館の中でも活動しやすくするためだ。
主人の命令を聞いたゴーレムは、前に進んで扉の前に立つと、右手に持つ同じくレンガで出来たレイピアを丸を描くように振るう。
扉は丸く切り取られ、三人が余裕で通れるほどの大きな穴が開いた。
開くと同時に、目に見えるのではと錯覚するほどの異臭が鼻に付く。
それは血と臓物の匂いだった。
太陽に照らされた館の中は一面、悪趣味なほど真っ赤に染まっている。
そんな異常な空間を前にしても、二人は涼しい顔のまま中に足を踏み入れた。
一歩足を踏み入れると、ニチャッと粘っこい水音が足元から聞こえてきた。
館の壁も床も全てが血に濡れ、太陽の光を反射して不気味に輝く。
右冴姫とシルトはゴーレムに先導させて領主の館を突き進む。
二階へ続く吹き抜けの階段は滝のように血が流れ落ちている。
ゴーレムが階段を上ろうとした時、小石がこすれるような音が上から聞こえてきた。
見上げると二階に続く階段から白い塊が勢いよく降りてきて踊り場で急停止する。
出てきたのは無数の骨達だ。頭蓋骨に腰骨に肋骨に指の骨。それがまるで意思を持つかのように右冴姫とシルトの行く手を遮り、踊り場に溜まって行く。
「また骨かよ。オレ達は骨に縁があるみたいだな」
「それを言えば儂らが行く所には常に死が付きまとっておるじゃろうが。ゴーレムさっさと退かせ」
二人の先を進んでいた女性型ゴーレムが一歩踏み出すと、それに骨達が反応した。
踊り場を埋め尽くしていたそれらが動き出し一つになっていく。
骨は白くて大きな魂となって、階段を転げ落ちてくる。その巨体で二人と一体を押しつぶすためだ。
巨大な骨球が迫っているのに二人は慌てる風もない。
「ゴーレム。斬れ。儂の方にカケラを飛ばすなよ」
ゴーレムは前に出ると、細いレイピアを真っ直ぐ伸ばす。
迫る骨の塊に比べて、ゴーレムの持つレイピアは細くとても頼りない。
それでもシルトはゴーレムが負けるなどとは思っていない。自分の生み出した人形に絶対の自信を持っているからだ。
勢いよく転がる骨球に対し、ゴーレムは腕を引いて素早く突き入れる。
狙うは塊の中央。そこにある肉眼では捉えることは難しい繋ぎ目があった。
レイピアはレンガで出来ているとは思えない鋭さで、深く突き刺さり、骨球が回転するに従って斬れ味の良い刃が食い込み、回転するたびに自分自身を斬り裂いていく。
ゴーレムに到達する前に骨球は縦に二つに割れ階段の手摺を破壊しながら、右冴姫とシルトの横を通り過ぎ、階下の床に激突して砕け散った。
「オレならもっと上手く出来たな」
両手を後ろに組んで骨の残骸を見ながら右冴姫が小さく呟く。
「阿保。お前の力は乱発できんじゃろうが。この上で待ってる奴のためにとっておけ」
「へいへい」
二人を邪魔するものはいなくなったので、二階の階段を登る。
その後を続いてゴーレムがついてくる。右腕は骨球を斬った時の衝撃でレイピアごと肘から下が無くなっていた。
二階に到達した一行は、一番血の匂いが濃い正面の大きな扉をゴーレムに開けさせる。
そこは晩餐会場だった。中央に長いテーブルが置かれその左右には多数の椅子が置かれている。
晩餐会が行われれば、目を楽しませる華やかな料理が並ばれたであろうそのテーブルの上に乗るのは、血の色をした大小様々な肉片が散らばっている。
それが天井のシャンデリアの照明を反射してヌラヌラと輝いていた。
部屋の奥にある火が灯されていない大きな暖炉の前には、この館の主人が座る上座がある。
そこには二人の人間がいた。
一人は椅子に座ったまま、頭を上げて天井をじっと見つめている中年の男だ。首が九十度近く上を向いているので、どんな顔をしているのかは見えない。
もう一人は、白粉を塗ったかのような肌の若い男性が、その男に寄り添うように腹のあたりに顔を埋めているではないか。
微かに聞こえて来るのは、たっぷりと水分を含んだ何かを噛みちぎりすり潰しているような音だ。
右冴姫はこちらに気づかない相手に対して、飽喰児鬼でテーブルを何度か叩いてノックする。
その音で男性がビクリと小さく震える。
「食事中に失礼するぜ」
子供のように口の周りを真っ赤に染めた男性は自分の作業を中断して顔を上げると、緑色の瞳で右冴姫とシルトの姿を捉えた。
「お主がボアティじゃな」
ボアティと呼ばれた男性は何も答えずに立ち上がる。その手には蛇のように長く伸びた赤黒い肉片を持っていた。




