《第34話 領主の館》
この大陸には王は存在しない。
正確には百年前まで中央王国を中心とした五つの王国があった。
全ての王族は中央王国の初代国王の血を引いている。つまり王族達は、人によれば吐き気を催すほど、長い長い間近親相姦を繰り返していた。
しかし、中央王国を除く四つの王国は滅びた。
一人の魔法使いが反旗を翻した所為だと伝えられている。
その魔法使いは四つの王国を消滅させた後、魔力が枯渇したところを追い詰められ追跡してきた多くの兵を巻き込んで自殺した。
しかしそれで事件は終わりではなかった。
死んだはずの魔法使いが中央王国に現れ、そこにいた王族も民も関係なく鏖殺し、王族の血筋は途絶えた。
事件の犯人である魔法使いも王国の消滅と同時に歴史から忽然と姿を消した。
その魔法使いが男か女なのかも分かってはいない。
事件から百年が経ち、それぞれの国は領主が統治するようになった。
領主達は皆王族の血筋であると主張するが、証拠など何処にもなく、その街の民でさえ信じているものなど一人もいなかった。
この大陸には我こそは王族の血統だと主張する輩は百を下らない。
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「ここか?」
「ふむ。ここじゃな」
スナタサの家を後にした右冴姫とシルトは一つの建物の前にいた。
正しくは建物を囲む柵の前だ。
石のレンガでできた柵に囲まれた館は街で一番の大きさだ。
二階建てと高さはそれほどでもないが、幅はかなり広く、二人の目にも一階と二階に合わせて二十以上の窓が見える。つまりそれと同じかそれ以上の部屋が存在するということだ。
「何かおかしいのう」
シルトは顎をさすりながら呟く。不審に思ったのは彼だけではないようだ。
「……この匂いは……」
右冴姫は鼻をヒクヒクと兎のように動かして何かを嗅ぎとる。
「何か感じたか?」
「ああ。血の匂いだな。かなり大量の血が流れたらしい。分かんねえか?」
シルトも同じように鼻を動かすが、スラムの悪臭で鼻が麻痺したのか何も感じ取れなかった。
「分からんな」
「じゃあ、あれは見えるか?」
右冴姫が指差したのは地面の一点だった。それはシルトの目にもはっきりと映る。
「あれか。間違っていなければあれは血痕じゃな」
二人が目に止めたのは、地面にくっきりと残された血の跡だ。まるで誰かが赤い絵の具を使って線を引いたかのようだ。
しかもその線は一つではない。塀の中だけでなく右冴姫とシルトが立っている通りにも赤い線が描かれている。
血で描かれた全ての線が、ある一つの場所に集中している。
それは全部領主の館につながっていた。
目を凝らして見ると、領主の館の正面玄関が小さく開かれている。その隙間に向かって多数の赤い線が伸びていた。
「右冴姫よ。何が起きていると思う?」
「この地面についた赤いのは人の血だろ。それが領主の館の玄関まで続いているってことはだ。中から何かに引きずられたんじゃねえか?」
「じゃあ、中には何がいると思う?」
「まあ、人間じゃねえだろうな。見ろよ血の跡は十はくだらねえ。おそらくここを警備していた奴はもちろん。偶然通りかかった奴も見境なく引きずり込んだんだろうぜ」
右冴姫は飽喰児鬼を握り締める。その他は緊張のためにジットリと汗をかいていた。
「儂らも入るとするかの」
「あんたら。ちょっと待て!」
領主の館に入ろうとした二人を引き止める声がした。振り向くと、五十代くらいの汚らしい格好の男がいた。
「そこに入るのはやめておけ」
「何故じゃ」
「俺は見たんだ。領主の館から何かが出てきて、片っ端から人間を食べていったんだよ!」
「人間を食べた? 一体何が出てきたんだよ?」
男は右冴姫の剣幕にたじろぎつつ自分が見たものを話していく。
「何かは俺にも分からねえ。待ってくれ! 本当に何かわからないんだ。姿は全く見えない奴が、館の周りにいた人間を襲って、中に引きずり込んだんだよ!」
「嘘じゃねえだろうな」
「嘘じゃない。神に誓って本当のことなんだ。信じて――ぅわっ!」
突然二人の前で男が仰向けに倒れた。
「おいどうした?」
「分からねえ。突然足が何かに掴まれたんだ!」
右冴姫が男の足を見るも何も見えない。見えたのは男の汚いズボンを履いた足と長い影だけだった。
「助けてくれ。足が痛い! 何かに掴まれた。助けてくれ!」
「どっちの足を掴まれてんだ。見えないぞ!」
「左足だ! 左の足首を掴まれてるんだ! 何とかしてくれ!」
男は痛みで我を失ったように喚くが、二人には正体が掴めない。
その時だった。男が掴まれているという足首に無数の穴が空いた。
「身体の中に何か、何か入ってきてる! 助けて、おい助け……ゴブァッ」
男は口からのみならず、全身から血を吹き出しその場に倒れる。
「死んだのか?」
「死んだようじゃな」
二人の目の前で男の死体が動き出す。まるで何かに引きずられるように血塗れの男は、地面に背中を擦り付けながら二人の元を離れる。
向かう先は領主の館で、いつの間にか小さく開いていたはずの扉は大口を開けるように全開に開き、たまたまその場に居合わせただけの男は館の中に飲み込まれていった。
「儂らもいくぞ」
シルトは死の精霊に命令して、塀のレンガに魂を入れてレンガで出来たゴーレムを作り出す。
「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか、まあどっちが出ても斬り捨てるだけだけどな」
二人と一体は領主の館の敷地に足を踏み入れる。




