《第33話 正面から堂々と》
スラムはいつも暗い。夜は街灯があまりないので、そこかしこが暗闇に包まれるのは仕方ないとしても、朝も薄暗いのだ。
理由は簡単。建てられた家に問題がある。家はたくさんの人間が住めるように細く高く作られている。
幅は人一人分で高さは三階建てや四階建てがほとんど。
そんな細い家が路地に並ぶ光景は、そこに住む人と同じように病に侵され痩せ細っているように見えた。
「朝か……」
箱を大事そうに抱えて眠りについていたシルトは力が回復したのを感じて目を覚ます。
たとえ太陽の光を浴びなくても空に登ればそれだけで彼の力は回復するのだ。
それは床で寝ているであろう、もう一人も同じことが言えた。
「おはようございます母様」
シルトは朝の挨拶をしてから、箱を首から下げると、マントを羽織り部屋の外に出る。
「よう」
廊下では右冴姫が立ってこちらを見ていた。
「力は戻ったのか?」
「おお。完全回復だ。今からでも殴り込みに行けるぜ」
「ならば、行くとしよう。さっさと終わらせて――」
シルトはそこで言葉を区切り、首から下げた箱を優しく撫でる。
「楽園に連れてってやらんとのう」
「ジジイとは意見が合わねえが、その事だけは大いに賛成だ。さっさと済ませようぜ」
「意見が合わんと思ってるのは儂も同じじゃよ」
「あっ、二人とも、おはようございます」
リビングに向かうと先に起きていたスナタサが朝食の用意をしていた。
見るからに硬そうなパンと、申し訳程度に野菜の切れ端が入ったスープが二人分テーブルに置かれている。
「もう行くんですか? 朝食だけでも食べていきませんか?」
「いんや。必要ねえよ」
右冴姫はさっさと玄関に向かう。
「ごめんなさい。やっぱりお口に合いませんよね」
しゅんとするスナタサにシルトは彼女の手を取る。
「すまんスナタサ。あいつはいつも一言足らんのじゃ。口に合う合わないではない。儂らは食べなくても大丈夫な身体なのじゃ」
「それってどういう事なんですか?」
「すまんがそれを詳しくは教えることはできん。とにかく儂らの事は気にするな」
「ジジイ! 外にあるお前のオモチャ邪魔なんだよ!」
遠くから右冴姫の罵声が二人の耳に届いた。
「全く朝から五月蝿いのう。スナタサ。儂のいう事をよく聞いておくれ」
スナタサが頷いたのを確認してから、シルトはこれからの事を話し始める。
「儂らは今からお主の弟を救出しにいく」
「領主様のところにたった二人で行くんですか?」
「うむ。儂ら二人でも多すぎるくらいじゃ」
「えっ、そうなんですか」
スナタサはとても信じられないといった顔でシルトを見つめている。
シルト達の力を知らなければ、誰だってたった二人に勝ち目があるとは思えないだろう。
「まあ、信じられないじゃろうが、信じてくれとしか言えん」
「……分かりました」
スナタサは無理矢理自分を納得させたそうだ。
「それでボアティが戻ってくるまではこの家から一歩も出てきてはいかんぞ。
昨日も言ったが、壊滅した商会の残党がここにくるかもしれんからな」
「でも、昨日はここに誰も来ませんでしたよ」
「それはこいつのおかげじゃ」
シルトはスナタサを玄関まで案内して扉を開ける。
そこには通る隙間がないほど、大きな泥人形が立っていた。
水分を含んで湿った泥の体は大きく膨れ上がり、同じく膨らんだ手足が二本ずつあるが、人形に必ずしもあると言っても過言ではない頭に相当する部分は見当たらない。
手に当たる部分が微かに赤黒いのがスナタサには少し気にかかるところだった。
「これはなんですか? 泥の人形」
「左様。儂が作った泥人形じゃ。こいつがお主に害を与えようとする者から守ってくれるじゃろう」
シルトは振り返ってスナタサの方を向く。そして手に持っていた金貨を彼女に見せた。
「昨日の金貨とこれがあればどこか遠くに逃げれるじゃろう。持っていなさい」
「でも……」
スナタサが何か言う前に半ば無理矢理押し付ける。
「ではさらばじゃ。一泊させてくれてありがとう……ここは頼んだぞ」
シルトは最後に泥人形に命令を与えてからスナタサの元を離れた。
スナタサが住む三階建ての建物の一階入口から外に出ると、そこの地面が微かに赤く濡れていた。
それを踏まないように避けて、少し先に待っていた右冴姫と合流する。
「待たせたのう」
二人は並んで歩き出す。歩幅の大きい右冴姫はシルトと歩調を合わせていた。
「で、オレより頭の回転が早いジジイ様。作戦はあるのか?」
「作戦? 正面から堂々と侵入して、ボアティを見つけて体内の冥王の残滓を回収するだけじゃ」
「分かりやすくてオレ好みの作戦だ。それともう一つ聞いていいか」
「なんじゃ。お喋りしながら歩くのは好きではない。さっさと済ませ」
「ボアティから冥王の残滓を回収したらその衝撃に耐えられなくて死んじまうんじゃねえのか?」
「確実にそうなるじゃろうな」
「じゃあなんで姉に金貨なんか渡したんだ? どこから手に入れたかは知らねえけどよ」
「その答えは簡単じゃよ。弟を亡き者にする。せめてもの罪滅ぼしみたいなもんじゃ。
それに死んだ後は儂の死の精霊の力で生き返らせることが可能かもしれんぞ」
「そうかい。それならいいんだよ。オレは姉弟を引き裂くことに罪悪感を感じてるんじゃないかと、そう思っただけだよ」
「バカモンが。儂にとって大切な人は一人だけ。他の人間のことなぞどうでもいい事じゃ」
シルトはそれで話は終わりとばかりに歩みを早める。
右冴姫もそれ以上何も言わずに少年の後を歩いて行くのだった。




