《第32話 報告そして報告》
「……と、言う事だ」
自分が手に入れた情報を、家の主人のスナタサとシルトに報告し終えたので、右冴姫は雨が冷えた身体を、貰った白湯を飲んで温める。
「「…………」」
二人はずっと無言で彼女の話を聞き入っていた。
右冴姫は何杯目かの白湯を飲み干してから二人に目を向ける。
「何黙ってるんだよ。なんか言ってくれよ。それともあれか? 知りたかった情報が手に入って感動で何も言えないとか?」
「この、バカモンが!」
突然シルトが吠えたので、右冴姫はとっさに耳を抑えた。
「お主は何をしておるのじゃ!」
「いや、だから行方不明になったボアティの事を聞いてきただけだけど……」
「聞きに行っただけで、何人殺しておるんじゃお主は!」
「しゃあねえだろ! 仕掛けてきたのはあいつらの方だぜ」
「そりゃお主がズカズカ入り込むからじゃ。全く人を探しに行って、犯罪組織を一つ潰したなんて聞いた事ないぞ」
「犯罪組織を潰したわけじゃねえよ。邪魔した奴らを斬っただけだ」
「その行動が最終的にこの街の闇を敵に回しておるんじゃろうが」
シルトは顔を手で抑える。
「すまんのうスナタサ。せっかく弟さんの情報を掴んだが、結局お前さんに迷惑がかかることになるかもしれん」
今まで黙って聞いていたスナタサは慌てて首を横に降る。
「いえ! そんなご迷惑とか思っていません。むしろ弟の行方がわかっただけでもとても嬉しいです」
スナタサは不満も言わず、二人に感謝し無垢な笑顔を向ける。
「ほらジジイ。彼女が不満に思ってないんだ。オレが怒られる筋合いは無いんじゃないか?」
「……スナタサがいいのなら儂は構わん。だがすぐに行動するとしよう。ここの居場所はバレておるだろうからな」
「賛成。と言いたいところだが、ちょっと問題がある」
右冴姫が異を唱えるように手を挙げる。
「何じゃ、改まって」
「すまん。領主のところに行くのは明日の朝一にしてくれ。力使っちまったんだ」
「そうか。力を使ってしまったのか。ならしょうがないのう」
シルトは素直に引き下がる。
自分と同じで右冴姫も秘められた力を使った場合、回復するのは次の日の朝にならないと回復しないのは知っていたからだ。
「スナタサ。すまんが、部屋の空いてるところをどこでも構わんから貸してくれんかの。お代は払うのでな」
「お代なんていいですよ。じゃあこちらにどうぞ」
シルトはボアティが使っていた部屋に案内される。
因みに右冴姫はその辺の床に横になって、飽喰児鬼を小脇に抱えたまま、女性にあるまじき大きないびきをかいている。
そんな背景音楽に包まれながら、シルトは部屋に案内してくれたスナタサを呼び止める。
「ちょっと待ってくれんか」
「はい。何でしょう」
シルトはスナタサの手に一枚の金貨を渡す。これ一枚で一ヶ月は暮らせる程だ。
「これは?」
「今日の宿代じゃ」
「そんな受け取れません」
「そう言わずに受け取っておくれ。儂らはこの短時間でかなり迷惑をかけてしまったからのう」
「でも……」
「それに二人で生活して行くには金がいるじゃろう。ここでは生活できなくなるかもしれんしな」
「はい。じゃあお言葉に甘えてありがとうございます」
「うむ。年寄りの好意は素直に受けておくもんじゃ」
「ふふっ。シルトって見た目と違っておじいちゃんみたいですね」
「儂はそんなに老けてないわい」
言葉遣いと違い子供っぽい怒り方をするシルトを見てスナタサはコロコロと鈴を鳴らすように笑うのだった。
☆☆☆☆
「……頼んだぞ。さてと儂も休むとするかの」
自分の仕事を終えたシルトはマントを脱いでベッドに腰掛けると、肌身離さずいつも首からぶら下げている箱を手に取る。
それは銀色の鎖がついた黒い箱で、シルトにしか開けられないようになっている。
指で触れて解錠し蓋をあけると、中にはミニチュアの家具が設置されていた。
上から見て右には化粧台、中央には丸テーブルと椅子、その奥にはベッドがあり、ひとつの部屋が再現されていた。
中央の椅子に人形が座っている。その人形は大きさを除けば人間と見間違えるほど精巧だ。
肩まで伸ばした黒髪はウェーブがかかっており、フワフワしてとても触り心地が良さそうだ。
しっとりとした見た者すべてを癒す癒す笑顔の表情で、固定された人形を、シルトはそっと抱き上げ、自分の顔の前まで持ってくる。
「聞いてください母様。今日、右冴姫がとんでも無い事をしたんですよ……」
母の魂が込められた人形に、シルトは文字通り子供のように晴れやかな表情で今日一日の出来事を話す。
「……じゃあ母様。今日はこの辺にしておきますね。いつも僕の愚痴聞かせてごめんなさい」
シルトは母の魂のこもった人形を脆い飴細工を扱うかのように、丁寧にベッドに寝かしつける。
「おやすみなさい母様」
シルトは右冴姫にも見せたことのない子供っぽい晴れやかな笑顔のまま、名残惜しそうにゆっくりと時間をかけて蓋を閉めるのだった。




