《第31話 毒針》
整列したのは若く美しい男女だ。年は十代後半から二十代前半だろうか。
全員が磨き抜かれた宝石のように輝きを放っていた。
それが六人。右冴姫とボスを真ん中にして左右に並ぶ。
「こいつらは何だ?」
「わたくしからのお土産よ。気に入ってもらえるかしら?」
右冴姫は改めて左右にいる少年少女達を観察する。
皆半裸のような格好で揃いの金の腕輪をしていてる。
作り物めいた揃いの笑顔で、こちらをジッと見つめていた。
右冴姫は左右に目をやった後、めんどくさそうに頭を掻き毟る。
「すまんな。オレには誰一人として魅力的には見えんよ」
「えっ?」
「オレは妹一筋なんだ。だからここにいる奴らは、誰一人としていらねえ。それに……」
「それに……何よ」
「それに、こいつらの目、殺気で漲ってはち切れそうだぞ」
その一言で交渉決裂だった。
「あっそっ」
ボスが指を鳴らすと、左右の壁にいた男女達が一斉に跳んで右冴姫との距離を詰めて腕を伸ばす。
その腕輪からは細くて鋭い毒針が飛び出していた。
塗られている毒はとてもとても強力で、掠っただけで死を免れない。
十二本が一斉に右冴姫の顔に迫る。
ボスはその光景を見て勝ちを確信していた。けれどある表情を見て疑問に思う。
右冴姫は顔に無数の毒針が迫る中で笑っていたからだ。
「お前ら、暗殺者ならもう少し早く動け」
右冴姫は相手が動くまで待ったが、結局欠伸が出るほど遅くて落胆していた。
「やっぱりもうこの世界にオレより強いやついねえんだな」
飽喰児鬼の鯉口を切る。自分以外の全ての人、物、時が止まる。
☆☆☆☆
キンと澄んだ金属音が聞こえて、ボスは我に帰る。
気づいたら右冴姫は毒針の包囲網を抜け自分の目の前でテーブルに腰掛けているではないか。
「よう」
「あなた。どうやって……」
「どうやって、と言われてもな。あいつらより早く動いただけだよ」
右冴姫が親指で指し示した方を見ると、自分が差し向けた暗殺者達が毒針を何もない空間に突きつけたまま棒立ちになっている。
まるでそこだけ時が止まっているようだ。
「か、彼らに何をしたの?」
ボスの声は隠しようがないほど震えていた。
「おっ知りたい?」
知りたくはないが、何が起きたか知らないと先に進めそうはなかった。なので首を何度も縦に振った。
「じゃあ見せてやるよ」
トンと、右冴姫は飽喰児鬼で床を叩く。その衝撃か音か、それとも両方が伝わったのか、暗殺者達に動きがあった。
突然首の真ん中あたりから血が吹き出し、身体を置いて頭だけが宙を舞う。
まるで悪い夢でも見ているかのように宙を舞った。
生首のひとつがテーブルに湿った音を立てて着地する。
「ひいっ!」
ボスは思わずその顔と目があって声を上げてしまう。
浮かんだ顔はとても綺麗で、自分が死んだことに気づいてはいないような顔をしている。
とても不気味だった。
「……わたくしも」
「うん?」
「わたくしも殺すの、ですか?」
「オレの質問に答えてくれ。嘘をつかずに正直にちゃんと話せ。いいな?」
「本当ですか? 正直に話せば本当に殺さないでくれるんですね!」
ボスは恥も外聞も捨てて何度も首を縦に振り続ける。
「落ち着け。首を動かすのをやめろ。見てるこっちが疲れる」
「はい! 答えます。何でも答えますから聞いてください」
ボスの素直すぎる受け答えに若干引きつつも、右冴姫は質問する。
「さっきも聞いたが、もう一度聞くぞ。スナタサの兄弟がここに来たんだな?」
「はい。来ました」
「そいつは金髪に緑の瞳か?」
「その通りです。名前はボアティといいます」
「ボアティね。そいつはここに来たのは分かった。それで今ここにいるのか?」
右冴姫がテーブルを指差して、この建物にいるのかと問う。
ボスは首を横に降る。
「いねえのか」
「は、はい! ボアティはその、ここにはいません……」
「何で黙るんだ。どこ行ったんだよ」
「言います。言いますが、お願いです。殺さないでください。わたくしまだ死にたくない!」
「言わなければ確実に殺す。言えば考えてやる。どっちがいいんだ?」
右冴姫が刀を抜こうとした仕草を見て、ボスは口を開いて洪水のような勢いで言葉を紡ぐ。
「ボアティはここに来てすぐに売り飛ばしました。
容姿も良く、ここのお得意様がたいそう気に入られたので、抵抗されないように薬で眠らせて意識がない内に運んだんです!」
「売った相手は誰だ?」
「そ、それは……」
右冴姫が右手で柄を握る。
「ひっ! 領主です。この街の領主。ズューフェン・フォン・ドベリクです!」
ボスの口から出て来た名前は右冴姫にとってまるで呪文のように難解なものに聞こえた。
「ズューフェン……フォン……何だって?」
「ズューフェン・フォン・ドベリク。この街の領主を務めている男です。ボアティ含め男女数人を彼に売りました」
「ふーん。ボアティを買ったのはこの街の領主か、オレも人の性癖ことは言えねえが、そいつも中々の趣味の持ち主のようだな」
ボスは伏し目がちで押し黙る。領主が買った奴隷でどう楽しむか知っているからだ。
「それでそいつとボアティの居場所は知ってるんだろう?」
「はい。ドベリクは領主の館にいます。その地下に買い集めた奴隷を飼っている秘密な部屋が存在します」
「この街のこと何でも知ってそうだな」
「わたくしにとって、情報というものはとても重要な武器ですから」
今まで隠していた情報を全て教えてしまい意気消沈するボスの目の前で、右冴姫はテーブルから降りると、そのまま背中を向けた。
「ど、どちらへ行くのですか?」
「ここでの用事は済んだ。探している奴の居所も分かったし、そろそろお暇するわ。邪魔したな」
「そ、そうですか」
右冴姫が帰る。そう聞いてついつい命拾いしたと安堵のため息が漏れそうになるが、それを必死に抑え込む。
(まだ、安心できない。あいつがせめて建物から外に出るまでは……!)
ふと目をあげると、扉を開けたままの体制でこちらを見つめる金色の瞳と目があった。
「ま、まだ何か……?」
「一つ言い忘れてたわ。死にたくなかったら、そこから一歩も動かない方がいいぜ」
右冴姫はイタズラを仕掛けた子供のような笑顔で、扉を閉めてその場を後にした。
「ちょっと待って! どういう意味――」
右冴姫を追いかけようと立ち上がった時、ぐるんと視界が縦に回転したのを最後にボスの意識が途切れた。
ついさっきまでいた部屋から何かが倒れた音が扉越しに右冴姫の耳に届く。
「あ〜あ。動くなって教えてやったのに」
右冴姫は元来た道を戻る。ボスの部屋や廊下で起きた惨劇にまだ気づいているものはいないらしく、室内からは様々な欲望を解放した満足感の溢れる叫び声が轟く。
「さてと、情報も手に入れたしジジイのところに戻るとしますか」
外に出ると、まだ雨は降り続けていた。右冴姫はキセルの火が消えないよう、指で蓋をしながら服が濡れるのも構わずに走り出した。




