《第30話 入室》
右冴姫は最奥の部屋の前に来ていた。部屋に入るのを拒むように赤く塗られた扉が目の前にある。
(斬るか? いやこんな事で飽喰児鬼の力を使うわけにもいかんか)
飽喰児鬼の力は一度使うと、次使えるようになるまで一日待たねばならない。
なのでその力を使うことを諦め扉をノックしてみることにした。
最初は弱くコンコンと、反応がないので段々力を込めて今度は握りこぶしをぶつけるようにドンドンと。
それでも反応がないので、柄頭を使って破ろうと思ったその時だった。
「どうぞ」
そんな小さな声が扉の向こうから聞こえて来たので、柄頭をやめて、扉を押し開けた。
中には見覚えのある男が四人。そのうち一人ははどう見ても死んでいるとしか思えない。
更に目を動かすと、部屋の奥にこの建物の主人であろう女が鎮座していた。
「いらっしゃい。かなり荒々しい登場の仕方ね」
「そうか? お前達の歓迎が下手くそだからだろ」
「あら。わたくしの歓迎はお気に召さなかったかしら?」
「ああ、あんな歓迎じゃ、誰だって嬉しくないな。だからそいつらには死んでもらったよ」
右冴姫とボスの間に立たされた男達は一体何の話をしてるのかと耳を傾けるが、入ってくる意味がわからなかった。
「まあ、わたくしの護衛を全滅させたの? あなたかなりお強いのね」
「ああ、おそらくこの世界の生き物でオレに勝てる奴は一人もいねえよ」
「ふふっ。かなりの自信がおありのようで」
二人の女達の会話はどこか楽しそうに弾んでいらように聞こえる。その証拠に二人とも笑顔だ。
しかしどちらも目が笑っていない。少しでも相手の隙を見逃さまいと、じっと動きを追っている。
挟まれた男達はそこから動きたくても動くことができない。
一歩でも動けば死ぬ。そう心が決めつけていた。
「それで、あなたのお名前を聞いてもよろしいかしら?」
「ああいいぜ。オレの名前は右冴姫だ。覚えておけよ」
「ウサギ。可愛らしい名前ね。わたくしの事はボスと呼んでちょうだい。本当の名前はもうとっくの昔に捨てたの」
「そうかい。変にグダグダ理由付けられるよりかはいい。分かったボスと呼ばせてもらうとしよう」
「あなたはなぜここに来たのかしら」
「それを説明しないといけないほど、お前の脳味噌は小せえのか」
「分かってるわよ。スナタサの借金のことでしょ。あなた達」
「はいっ!」
ボスに声をかけられると男達はバッタのように跳ね上がる。
「彼女の前に立ちなさい」
「ボス! 約束が……」
男達はそれ以上何も言えない。ボスが目で『黙れ』と言ったからだ。
男達は右冴姫の前に横一列に立つ。誰もが目を合わせようとしない。
「さあウサギ。この男達はあなたの好きにして構いませんわ。スナタサの借金も無かったことにしましょう」
「「ボス!」」
「へえ。随分と気前がいいな。ついでに一ついいか」
「何かしら?」
「このゴミどもはお前が処理してくれねえかな」
「分かったわ。じゃあ彼らはこちらで……」
「待った。ここで今すぐこいつらを処理してくれと言ってるんだ」
ボスは自分が試されているのだと気づく。ならば、今は従うふりをしたほうがいい。そう判断した。
「分かったわ。わたくしのやり方で彼らを処理するわね」
子供のように泣きわめき命乞いする彼らに向かって、ボスは投げキッスをするように手を口元に持っていく。
「やめてくれ。それだけは……」
「 《エロージョン・キッス》」
毒々しく輝く緑の指輪をはめた指で、男達を指し示し、呪文を唱えて指輪に込められた魔法を発動させる。
「ふぅ〜」
ボスが息を吐くと、それに緑色の靄が混ざり男達に迫る。
男達はとっさに息を止め自分の鼻と口を手で押さえるが、緑の靄は毛穴から体内に侵入。
「ぐうっ」
「ぐえええっ」
男達がまるで潰されたカエルのような叫びを上げ始め、床に倒れてのたうちまわる。
嘔吐しながら喉を掻き毟り、そこの皮膚がドロドロに溶けていく。
いや喉だけではない。男達の全身、母も骨も肉も全てが形を失い、ボトボトと腐肉が床に落ちていた。
部屋には腐臭が漂い、泥人形のような肉の塊だけがそこに残る。
「なかなかのものじゃねえか」
泥の山のような死体を飽喰児鬼で突っつくと骨さえ見当たらずグスグズに溶けていた。
「ありがとう。腐食魔法よ。これが体内に侵入すれば、どんなに美しい人でも物でも醜く腐り果てるわ」
ボスは普段通りに会話しながらも内心冷や汗が止まらない。
さりげなくエロージョン・キッスを右冴姫にもかけたのだが、その魔法を含んだ息を避けられてしまっていた。
「さてと、ウサギ。これで満足したかしら」
「うーん。いやまだだな。一つ聞きたいことがあるんだ。ここに来たのもそれが理由だ」
「あらそうなの」
(そういうのは先に言ってくれないかしら)
「ここに男がいないか?金髪に緑の瞳の、そうさっきのスナタサの姉弟だ」
「スナタサの……知らないわね」
そこまで言ったところで右冴姫が顔を勢いよく近づけて来た。
「本当か? 言っとくが嘘ついてたらどうなるか知らねえぞ」
「ええ、知らないわ」
右冴姫はジッと十秒以上見つめてから、顔を遠ざける。
「知らないならいいんだ。邪魔したな」
帰ろうとする右冴姫をボスは呼び止める。
「待って」
「何だよ。まだ用があるのか? オレにはもうねえぞ」
「分かってるわ。これを受け取って欲しいの」
ボスが二度手を叩くと、左右の壁が音もなく開き、そこから若い男女が続々と現れ壁を背にして整列する。
「これは?」
「私からの贈り物よ。好きなのを受け取っていいわ。もちろん全員でも構わなくてよ」




