《第29話 ボス》
右冴姫に叩きのめされた四人――頭を打たれた一人は既に事切れていた――は手当てもそこそこに甘い匂いの漂う部屋にいた。
「それで、大の男五人が女の子の作った借金を回収できなかった、と」
項垂れた男達の対面には、椅子に浅く腰掛けテーブルに頬杖をつく女性だった。
トロンとした目元に、二十代にも三十代に見える年齢不詳の美貌の持ち主だ。
「はい……ボス」
彼女は自分の事をボスと呼ばせている。その理由は誰も知らない。
出自も不明で、ここの商会の長をやる前は何をしていてどうやってこの地位についたのかも誰にもわからない謎の存在といえた。
しかし経営手腕はかなりのもので、ボスの夫で前の長が死んでからは数倍の利益を稼ぎ出している。
その夫の死因も未だに不明のままだ。
「何で失敗したのか話してくれるかしら? あなた達を見れば何となくわかるけど、一応詳細は聞いておきたいのよ」
「はい。ボス。俺たちがスナタサの借金を回収しにいったらですね……」
右冴姫にナイフで腕を刺された男は、血のにじむ包帯を巻いた左腕を大きく動かしながら何が起こったのか説明した。
「つまり……突然現れた少年と褐色の女エルフの二人にあなた達は手も足も出ずにおめおめと逃げ帰って来たというわけね」
「ボス。それは違います!」
「あら、何が違うの?」
ボスは私間違ったからかしら、と首をかしげる。
「あの女エルフは俺たち五人が束になっても勝てませんでした。あいつはきっとエルフの皮を被った化け物か何かですよ!」
「その女がエルフにしろ化け物にしろ、あなた達が負けたのは事実でしょう。そして私に泣きついて来た」
「そ、それは……」
「全く、とても大事な話があると呼ばれて来て見れば、下らない事で呼ばれたわ。あなた達は、わたくしの楽しみを邪魔してタダで済むとお思い?」
男達はビクリと身をすくませる。彼女に逆らった人間がどうなったのか知っているからだ。
「お、お許しを……何でもご命令は聞きますので、命だけは命だけは取らないでください」
四人が頭を下げて命乞いをしている間、ボスの意識は別の方に向いていた。
「侵入者? 数は一人で、褐色の肌のエルフの女? ええ、始末しなさい。やり方は任せるわ」
男達が誰と話してるんだと思い頭をあげると、ボスがこちらを見下ろしていたので、慌てて頭を伏せた。
「そんなビクビクしないでいいわ。頭を上げなさい。そのままだと話しにくくてしょうがないわ」
男達は顔をあげたら首が飛ば仕掛けでもあるのではないかと内心気が気ではなかったが、頭を上げても自分達の首は胴から離れなかった。
その事にホッと一息つく。
「で、あなた達はこの損失の穴埋めどうするのかしら」
「あ、穴埋め、ですか」
男達が安堵したタイミングを見計らって、ボスがひときわ鋭い楔を打ち込んだ。
「ええ。たとえわたくしにとって少額でも借金を回収できなかったのは間違いなく損失よね?」
ボスは目線で『損失よね?』と語りかける。
「は、はいその通りです」
「分かってるならいいの。それでどう穴埋めするの?」
「少ないですけど、俺たちの金を損失に当てます」
「そんなのは当たり前。むしろあなた達向かう十年はタダ働きよ」
「えっ! そんな……」
「何落胆してるのよ。大丈夫、お給料は出ないけどわたくしのお店で稼げばいいじゃない。貸すぐらいなら全然問題ないわ」
「あっ、ありがとうございますボス!」
男達が温情に頭を下げるのを見ながらボスは心の中でほくそ笑む。
(あなた達はもう用済み。借金で首が回らなくなったら、身体の一部でも切り売りしてもらうから……あら?)
ボスが口元を隠して微笑んでいると、扉の外から忘れる事のない匂いと今まで嗅いだことのない匂いが漂って来た。
それは鼻が鋭いボスしか気づいていないようで、対面にいる男達はずっと感謝の言葉を述べ媚びへつらっている。
(これは血の匂いと、もう一つは何かしらパイプ草?)
客の嗜好品などいろいろな知識を持っているボスでも百年前に滅びた島国のキセルに使われている草までは分からなかった。
ボスはさりげなくテーブルを軽く叩く。いつもなら自分が雇っている暗殺者が来るはずなのだが一人も来ない。
先ほど侵入者の対処に向かわせてから帰って来ていない。それが意味するところは一つ。
(これは少しまずいかもね)
内側からあふれそうな不安を押さえつけて、右足で床を三回叩いて合図を送る。
侵入者の出迎えの準備を整えたと同時に扉が荒々しくノックされた。
男達が一斉に音がした方を振り向く中、ボスは冷静に言い放つ。
「どうぞ」




