《第27話 商会》
右冴姫は建物の屋根を跳びながら移動し、男達が入った建物の前まで来ていた。
傷だらけの男達が、門番と話して入ったのを確認してから屋根から飛び降りる。
うまく衝撃を吸収し、音も無く地面に降りて目線を上げると、門番の一人と目が合った。
そいつは突然空から降って来た右冴姫に驚いて固まっているようだ。
更に扉を開閉していた方もこちらに気づいた。
ただ二人目の方が先に事態を飲み込んだようだ。
「何だお前。ここに用でもあるのか?」
「いんや。ここに男が逃げ込んで来ただろ。涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした奴らが」
「そんな奴らは知らないな。さっさと他所を当たるんだな」
右冴姫に対して門番は犬でも追い払うようにシッシッと手を動かす。
右冴姫はまず自分の右目を指差して、
「この目で見てるんだよ。オレがボコボコにした男達が逃げ込んだのを屋根の上でな。
それにお前『そんな奴ら』って言っただろ。オレは男としか言ってないのにな」
「お前が何言ってもこの扉は開けないし通らせるつもりはない」
一人が顎をしゃくると、門番の一人が近づいて来くると、何の警告も出さずに丸太のような太い腕で殴りつけて来た。
手には打撃力を高めるためにメリケンサックが装着されている。
顔よりも大きい拳が右冴姫の顔面を捉えた。
門番は、死んだなと確信して、拳を顔から剥がす。
「痛えな」
「「はあ?」」
門番二人とも素っ頓狂な声をあげた。顔面を殴られた右冴姫は平然とした顔をしながら、鼻から一筋流れる赤い物をそれより赤い舌で舐めとる。
「ふむ。やっぱりオレには、ヤられるってのは性に合わねえな」
右冴姫の右手の中には、いつの間にか小さな箱があった。
それを振ると中のものが擦れてシャカシャカと音を立てる。
火を点けるためのマッチだ。
「いいもの持ってんじゃん。これは貰っておくぜ。もうお前には必要ねえだろうし」
マッチを持ったまま、左手で自分を殴った男の喉を突く。
喉を潰された門番はそのまま受け身も取らずに倒れて動かなくなる。
「さて、そこを通してくれよ。それともオレの邪魔する?」
一人残された門番は両手を顔の横にあげる構えをとった。
降りしきる雨よりも不快な冷や汗が全身から流れ続けていたが、目の前の人の皮を被った化け物が逃してくれるとはとても思えなかった。
「うわああああああっ!」
門番はここ数年出したこともない大音量で叫びながら右冴姫に殴りかかった。
☆☆☆☆
右冴姫は両扉を蹴破って中に入った。
手を使わなかったのはキセルに火を点ける用意をしていたからだ。
中に入ると、三メートルほどの高さの天井があり、そこに吊るされた照明の明かりで、赤い絨毯が照らし出された廊下が目に入ってくる。
外見とは違い、そこはきれいに掃除されていてホコリひとつもない。
入り口は今右冴姫が入って来た一つだけで、奥に地下へ続く階段が照明の光を受けて主張していた。
右冴姫は高級そうな絨毯を下駄で踏み潰しながら階段を降りていく。
地下に降りてキセルに火をつけた右冴姫の視界が紫一色に染まる。
何を使っているのか地下の照明は紫色の炎で壁や天井ならず右冴姫の全身も染め上げていた。
地下の廊下は、上とは違い左右の壁に多数の扉が配置されている。
気になって一つの扉を少し開けると、数人の男達がテーブルを囲んでいる。
テーブルにはたくさんの金貨が山のように積まれ、四人の男達が手に持ったカードで、その山を切り崩し自分のものにしようと躍起になっていた。
男達は安酒を煽り、目を血走らせて、相手の持つ手札を読もうと必死になり、扉を開けた右冴姫のことには気づいていない。
もしくは気づいているのに無視しているのか。
右冴姫は扉を閉めてさらに奥に進み、先ほどより豪華な扉を遠慮することなく開ける。
そこには先ほどと同じように賭け事に興じている男達がいる。
最初との違いは全員豪華な服を着込んでいる事だ。
どうやら貴族の観光客のようだ。男達は皆ほとんど裸のような姿の女達を抱いていた。
中央にいるカードを配っていた美人ディーラーが突然入って来た右冴姫を見て口を抑える。
それに釣られて、男と女達も後ろを振り返って固まっていた。
「あなた一体どこから――」
「入口からだよ」
ディーラーの言葉を遮って扉を閉める。
部屋の中はぎゃあぎゃあと何かを騒いでいたが、そんなことを気にすることなく右冴姫は紫煙を吐きながらさらに建物の奥へ向かう。
奥へ奥へと進んでいくと、廊下の雰囲気が変わる。照明の色が紫からどぎつい桃色に変わったからだった。
「全く目に悪そうな場所だな。ここは。ん?」
そのフロアに変わってから、扉の向こう側から微かな叫び声が聞こえてくる。
よく聞くとそれは嬌声だった。
「さっきのは賭博場でここは娼館……か。お盛んなことで」
右冴姫はそのフロアの扉を開けることなく先に進む。扉を通り過ぎるたびに絡みつくような艶かしい声が漏れてくいた。
廊下を歩いていると、突然前後を挟まれた。
黒ずくめに顔まで黒い覆面で隠した者で男か女かもわからない。
先ほどの借金取りや門番達と違う人間離れした冷たい雰囲気を纏っている。
前には二人。チラリと背後を見るとそこにも二人皆同じ格好をしている。
「何かオレに用か?」
「招かれざるお客様に、お題をいただこうと思いまして」
一人が男とも女とも言えない声音が覆面越しの口から発し、それを合図として周りの黒ずくめ達が一斉に懐から苦無を取り出し逆手に構える。
「お前ら忍か。その武器懐かしいな」
「なぜ我々のことを知っている?」
「おい。侵入者と会話するな。我らの信用に関わる!」
「お前ら東の島国の忍びだろ。オレの事知らないか?」
「知らない。お命頂戴」
前を塞いだ二人の姿が突然消えた。
瞬間移動したのではない。目にも留まらぬ素早い動きで右冴姫の頭上に飛び上がったのだ。
侵入者の脳天に苦無を突き刺そうとしたその時、金色の瞳と目が合った。
右冴姫は飽喰児鬼を鞘にしまったまま、忍の腹を突き上げる。
「ぐはっ!」
口から一気に空気が漏れて地に堕ちる。
右冴姫はすかさず二人目の首に鞘を棍棒のように叩きつけた。
骨が折れる鈍い音が右手に伝わる。
「こいつ!」
前の二人がやられた事で、背後の二人が地を滑るように体勢を低くして襲いかかって来た。
だが、その動きも止まっているように遅く見えてる。
首と心臓を狙って同時に振り下ろされた苦無を飽喰児鬼の鞘で受け止めて弾き飛ばす。
三人目の胸部の骨をを下駄で蹴り砕き、四人目の脳天に飽喰児鬼を振り下ろした。
「ゴホッゲホゲホッ、よくも仲間を……!」
最初に腹を突いた一人目が、息苦しいのか覆面を自分から剥ぎ取った。
現れたのは黒髪を短く刈りそろえた少女だった。
「動かないほうがいいんじゃねえか? 内臓破裂してるかもしれないぞ」
「お前に心配される……ゲボッゴホッゲホ……筋合いはない!」
忍の少女は、口から血を吐きながら襲い掛かる。
右冴姫は飽喰児鬼で苦無を持つ右手首を砕く。
苦無は豪華な絨毯に刺さり、忍は手首を抑えてその場にうずくまった。
右冴姫はその脇を通り過ぎようとする。
「私を、殺さないで行く気か?」
「はっ。お前はたった一人の侵入者に負けて、重傷を負った。裏世界ではもう死んだと同じだよ。仲間を葬い、どこかで隠れて余生を過ごすんだな」
右冴姫はそう言い残して去って行く。
「……巫山戯るな。巫山戯るな!」
忍は左手で床の苦無を引き抜いて、自分の喉に思いっきり突き刺していた。
「馬鹿な奴だ。まあ女神さんに会ったらよろしくな」
右冴姫は背後で何かが倒れた音を耳にしながら廊下の突き当たりの扉の前で足を止めた。




