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SINJÜ  作者: 平乃ひら
怪獣『巨大鳩』と遭遇すること
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8/23

怪獣『巨大鳩』と遭遇すること4

 バタンと閉じるドアの音を耳に入れてから、河合は椅子へと座り直した。二人と入れ替わるようにしてドアが開いて一人の女性が入ってくる。髪の毛が短い女性で自然に振る舞っているものの、河合からすれば妙に隙の無い女性だ。もっと観察眼があれば彼女が『特殊な訓練』を受けただろうと察しただろうが、さすがに河合といえど戦闘方面の専門家ではないからそこまでは分からない。ただ知識として彼女が特別であることは知っているといった程度だ。

 そもそもこの女性は警察の制服こそ着ているものの、警察の人間ではない。つまり『そうして偽装していても誰も何も言わない立場』であるということだ。

「お疲れ様です」

「久良ちゃん! 驚いたなぁ。君が来るなんて」

「苗字でちゃん付けはいつも違和感があるんだけど……まぁいいです。で、いいんですか?」

「何が?」

「一方的に自分へヘイトを向けるようにしたでしょう。恐らく気付きましたよ、彼女」

「ああ、鋭い子だよね。……口が悪いからさすがに落ち込みそうになったけど」

「やっぱ駄目なんじゃないですか。アホですか」

「いや久良ちゃんも何気に厳しいよ?」

「で、今回の件に関してなんですが」

「え、やっぱりスルーすんの?」

「『土御門家』は関わらない立場を取るとのことです。一応私個人での関与は認められていますが、土御門御家が出てくることはありません」

「協力は得られなかったかぁ……上の人間も交渉が下手だよね。どう考えても魔術師か妖怪が関与してるってのに」

「だからこそです。今この時期に土御門家が一方に肩入れすることは危険です。今後の対応に問題が発生すれば、それこそ人類が終わりますから」

「――もちろん承知の上さ。で、それをなんとかするのがそういう立場の人間だろって話なんだよな。まぁでもアマテラスは関わってくれるんだから助かるけど」

「……。一つ確認したいのですが」

「答えられる範囲なら」

 当然そのことはお互いに承知している範囲なのだが、改めて口にするというのは一種の釘を刺すようなものだ。相手が関わらないという立場なのだから、必要以上に踏み込むことも当然許可しない。――というのは河合の所属する立場として当然の対応なのだが、河合個人としては目の前の女性が非常に優秀な人間であることも重々知っており、彼女個人でも協力してくれるのならば助かるというのが本音だ。

 問題はこの久良という人間がそうなってくれるかどうかだが、それこそ河合の交渉力が物を言うのだろう。

(交渉って得意じゃないんだよなぁ)

 とはいえ、今後のことを考えたら少しでも『土御門家』方面へのアピールは必要かもしれなかった。今回の事件は今までで類を見ない異常性があるからだ。

 そもそもこの世界には魔術があり、世界中でモンスターと呼ばれる魔力と有機物が混じり合ったような生命体がいる。日本では妖怪として分類される存在であるが、それらには寿命らしき寿命はなく、また有機生命体として考えた場合、まず生物の定義に当てはまらないことが多い。しかしそれは『魔力』という特殊なエネルギーを科学側が認知できていないのだから、そも魔力を根源とする生命体の定義が行われないのは当たり前でもある。また妖怪はまず滅多に人前に姿を顕すことなどない。あるとしても擬態を行い、皮の中の内容物もその擬態そのものへと変化させる事があり、同じ魔力を扱う魔術師でもなければその妖怪が一般的な動物なのかそうではないのかを見分けることなどほぼ不可能だった。

 その魔術師というのもかなり特殊な人間であり、まず使える人間がかなり限定されているといった特徴がある。科学的に解明されているわけではないが、恐らく遺伝によって受け継がれる才能が必要であり、魔術が使える人間は判明している限り先祖に魔術師がいる。

 魔術師の家系でなければ魔術が使えない。魔術が使えないのならそもそも魔力を検知できない。しかし魔術師というのは武器も持たずに炎、衝撃、雷、鎌鼬といった攻撃性のある力の発動を再現し、また想像力や本人の才能によって様々な現象を産み出すことができる。歴史を振り返ると、そういった魔術師は何度もただの人間から迫害され、そして数で劣る魔術師はやがて歴史の表舞台から消えていくことになる。――だが、裏に引き下がったところで消えた訳ではない。魔術師は魔術師同士が結託し、組織化し、世界中に幾つもの魔術師による協会や組合が存在する。この日本にも極東魔術協会というものが存在するが、表向きは巨大な建設会社だ。

 そして日本という島国の中において、協会にも属さず魔術師の体を維持したまま巨大な権力を持つに至る家系もあった。それこそが土御門と呼ばれる一家である。土御門家は大体凄まじい力を持つ魔術師を輩出しており、あまりにも卓越した実力から過去の権力者に重宝され、また畏れられてきた。現在の当主については河合程度では名前すらも知らされることなどないが、噂では数百年を生きる怪物だとかいう話もある。

(数百年は……まぁないでしょ)

 魔術師といえど寿命には逆らえない。自然の摂理というのはそれだけ絶対だ。実力こそ高くないとはいえ河合も魔術師の一人だ。その程度は分かる。科学と魔術、両方において真の意味での寿命を無くす、あるいは極限に延ばす方法はまだ発見されていない――はずだ。そんなことが出来るのなら、あるいは生命体の摂理を超えた『魔法』の領域になるのではないかとすら河合は考えてしまう。

「今回の事件、妖怪の仕業とお考えで?」

「それはないかな」

 即座に返答する。

 何も確信があっての返答ではない。だが、躊躇う場面でもない。妖怪にすら畏れられている土御門家に配慮した応えではあったが、今の問いで判明したことがある。

「一般人を多く巻き込む妖怪の仕業なら、土御門家が動くでしょ?」

「……」

「今ので確信した。これは人間側の犯行さ」

「そもそも『犯行』なのですか?」

 またこの質問を受け、河合はそう思わされる方向へ誘導されたことにも気づき、心の中で思わず舌打ちをする。警察、ひいては河合が所属する組織がどこまで情報を掴んでいるのか、という問いに等しい。河合の立場では土御門側からの問いを無碍にするわけにもいかず、さりとて組織内に置いて自分の立場を危うくするようなことも語ることができない。

 いわばこれは『どこまで遠回しで相手の真意をくみ取るか、あるいは汲み取らせるか』といった化かし合いに近い状況だ。久良という女性は実に優秀であり、そのぐらいの手管などお手の物だろう。

(ま、そもそも優秀じゃなきゃ土御門家の護衛という立場にはなれないか……まいったな)

 時間を掛けて考えることすら危うい。この手のタイプは相手の仕草一つだけで何かしらの情報を得ることにも長けているからだ。

(現代に生きる忍者か何かかっつーの)

「犯行かそうでないかは、まだ何も確定しちゃいないさ。ただ妖怪絡みじゃないとすりゃ、あるいは魔術師か――魔術師があんなもん作るか?」

「不自然と言えば不自然です。けれどまだ二件しか実例がなく、証拠もない。つまり確定した動きが取れない。捜査の初期段階ということですね」

「……色々分かってんじゃないの」

「だからあの二人を監視する、と」

「護衛ですよー護衛。けれど国家権力で護衛というのも色々厄介な事情があって出来ないので『偶々』警察官が彼女達の近くをパトロールしてるって体です」

「……はぁ、面倒くさいわね」

「その面倒くさいのが組織には案外必要なんですよっと」

「そういうものですか」

「そういうものなのです。んで、久良ちゃんの要件はそれだけ? それならもう俺も仕事に戻っていいかなぁ?」

「だけだと思います?」

「だよねぇ。あー、やだやだ。一体何を持ち込んできたのやら」

「痕跡ですよ」

「痕跡? 何の?」

「今回の事件に残っていた証拠品です」

「……は?」

 そんな馬鹿な、と思わず口から零していた。

 あの巨大不明生物は泡となって消えた後、どれだけ調査を行っても痕跡一つ残さなかったと聞いている。もし残っていたとして実質的に事件の担当となっている河合に隠す理由などあるだろうか。

「美鈴様が微かに見つけた痕跡です」

 その名前を耳にして、さすがに河合は目を見開く。ミレイという名の人間となれば、河合という末端の魔術師であろうと知っている名前だ。

 ――土御門美鈴。

 土御門家の息女であり、唯一の後継者だ。この世界に生まれた時からその才能は希に見る程とされ、また現在の当主が直々に土御門家の魔術全てを教え込んでいるという。また土御門美鈴には土御門家の次期当主という役目以上に大きな使命を帯びているというが、さすがにそこの詳細については詳しくない。ただそれは『いつか世界を救うことになる』という代物だということだが、全く以てその規模については想像も及ばない。魔術は個人が持つには便利過ぎる上、高い戦闘能力をも与えるものだが、世界を揺るがすようなものでもない。所詮個人に出来ることは限られているからだ。

(限られて……るか、本当に?)

「そのデータをお渡しします。USBメモリに入っているので、オフライン端末で見てください。見た後は全てフォーマットをお願いします」

「局で情報共有しちゃダメ?」

「この話は無かったことに」

「あ、ごめんごめん。助かるー! ありがとー! さすが美鈴様! すっごい!」

「美鈴様に無礼な言葉、為べからず――」

「おっと警察に手を出したらいけないよっと」

 急速に目の据わった眼前の女性を前にして、河合はわざとらしく大きな声でそう言ってから彼女の持っていたUSBメモリをさっと取る。

「ちょ、勝手に」

「これを俺に渡すよう、申し付けられてるんだろう?」

「――。そうですね。元々そういう予定でした」

(ま、もしそうじゃなかったらとっくに奪い返されてただろうけどね)

 久良という女性の実力は河合自身が自分より遙かに上だと認めている。魔術師の家系でありながら魔術を行使できないとはいえ、対魔術師としての彼女は非常に優秀だ。久良がその気にさえなれば、この手の届く範囲にいる以上、恐らく魔術の構成すら浮かべる前に命を奪い取られてしまうことだろう。

 元々敵対心があるわけでも、ましてや対立しているような関係でもない。彼女は彼女で土御門家の密命をこなしているだけに過ぎないのだ。

「ありがとさん。これで進めばいいんだけど」

「進むでしょう」

「そうかぁ?」

「当たり前です。美鈴様がわざわざ渡すように仰った情報です。ほぼ確信に近いものに違いありません」

「……そっか」

 その『美鈴様』と会ったことがないので、そこで確信を持てと言われても困ったものだが。

 とはいえ土御門家の次期当主がそう言ったかどうかはさておき渡してきたデータともなれば、それはもう値千金の情報が入っていることだろう。

「ちなみに俺に渡すとさ、上層部とデータ共有――」

「それならあなたを介さず直接上へと渡しています。先ほども同じ事を言いましたが、少なくとも警察内部への情報漏洩は気をつけてください」

「……だよなー」

 警察の力が必要な事件なら、わざわざ土御門が動く必要などない。土御門は人間と魔術、そして妖怪の調停役としての使命もあり、その行動は全て極秘に行われる。

(魔術師ではない人間では解決し難く、かつ魔術協会側では証拠を掴みにくい。その上で大きな被害が出るかもしれない可能性があるものの、まだ確定ではないといったところか)

「これ、見た人間に呪いか何かをかけて縛り付けるみたいな魔術、込められてないよね?」

「そうしましょうか。ちょっと美鈴様に頼んできます」

「せんでいい! 大丈夫! 俺のセキュリティ完璧だから! ね!」

 本気でやりかねない彼女を前に割と本気で止めに入りながら、メモリーをスーツの内ポケットに入れる。

「じゃ、ありがたく見させて貰うよ」

「見た後は消してくださいね。どこから魔術の情報が警察に漏れるか分かりませんから」

「それさ」

 ぽり、と頬を掻きながら、河合は小さく笑みを浮かべる。

「どーせ近い将来バレるんじゃないかい?」

「だとしても『今』ではないのでしょう。心配しなくても上はきちんと調整していますよ」

「……何事も起こらなければいいんだけどね」

 それには応えず、久良は背中を見せてさっさと部屋を出て行ったのだった。

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