怪獣『巨大鳩』と遭遇すること3
その後の流れは、先日巨大カメレオンが消滅した後とほぼ同じだった。ただ一つ違うとすれば美穂が背中に怪我を負ったことでその治療が行われた点だろう。血は滲んでいたものの、見た目よりかは浅かったらしい。ただ看護師によってガーゼと包帯をしっかりと巻かれて少しだけ息苦しい。
完全防備の人間が大量にやってきては水をぶっかけられて救急車に乗り、そのまま見覚えのある病院へ。今回は前回のこともあり簡単な検査を行われるだけでその日の内に帰って良いと言われたが、その前に美穂と穂花の二人して病院の窓すらない部屋へと連れていかれた。ここまでの間に掛かった時間は一時間と少し程度だったが、美穂と穂花からすると何時間もかかったような気分だ。二人を看た医者と看護師は前回とまったく同じで「また君達か」みたいな顔をされるものの、なんだかんだでしっかりと検査だけはしてくれた。
パイプ椅子に座っていいよと言われたので座り、目の前の長机に手を置く。私物はここでの話が終わったら返してくれるとのことだった。
「スマホとか人質だったり?」
「ありえる。女子高生に必須品じゃん?」
「呼吸みたいにスマホを弄るよね」
「あーね。スマホの呼吸みたいな」
「……で? これから何の話を聞かされるんだろ?」
「分からんけど。あ、ちょいいーい?」
「なに、穂花?」
穂花はだらけた顔から急に眉を寄せて、両手で美穂の両肩を掴む。
「二度とあんなんナシだかんね?」
「え、え、え?」
「あーし庇って死のうとしたでしょ」
「うお、おっ……そ、そいつは……いやー、ねーっすわー……死ぬなんて思ってないっすわー」
「なんで目ぇ逸らすん?」
「……な、なんか怖いから」
「やましーこと考えてなかったら目ぇ逸らさないっしょ?」
「やましーことは何も考えてないんだけどぉ?」
「じゃあこっち見て」
「……うう」
そっと、視線を動かす。
思った以上に目の前に顔があって、さすがに驚いて背中を反らす。
「ち、近い近い近い! なんなの!」
「こっち見ないからっしょ」
「だから近いっつーの!」
「……おほん」
急に咳払いが聞こえてきて、穂花がバッと凄い勢いで席を離し、机を挟んで向こう側に立っている男をじろりと睨む。
「なんすかぁ?」
「いや、なんすかじゃなくてだね」
その男もまた見覚えがある。やはり先日事情聴取を行った男だ。どこかとぼけている風の、あくまで穂花の感覚ではあるが頼りない大人といった印象である。ヨレヨレのスーツに身を包み、スマートフォンを机に置いてから「あ、録音するからね」と一言だけ告げて画面をタップする。
その男――河合と名乗る警察の人間は椅子に座って机の上で両手を軽く握り、ちょっとだけ斜め上を眺めてから視線を降ろし、二人の様子を確認してから「よし、聞こうか」と告げる。
「や、何を?」
ひたすら面倒くさそうに、だけれども美穂より早く穂花がひたすらに褪めた両目で問い返す。
「今日のこと。この間に続いて二件連続で巨大不明生物に襲われるとか、君達何か隠してることないかい? だってありえるかな、あんなのに襲われる人生。いやーないね。お兄さんもビックリだよ。てかアレなにかな?」
「は? 知ってるはずないんですけど」
「そっかー。これが偶然ってなら分かるんだけどなぁ」
「……?」
美穂や穂花からすれば、確かにあんな怪物が襲ってくること自体が今まで考えられない出来事である。彼女達自身に偶然かどうかを質問したところで、二人が答えられるはずもなく、また河合もそれを分かっているかのように特に落胆する様子も無く言葉を続けた。
「で、君達の経歴は軽く見させてもらったんだけどね」
「どこから……」
「警察だよ、こっちは。簡単なことさ。二人とも幼馴染みってところなんだね。まぁ、不審な点はまったくない。ごく普通の家庭だよね」
ごにょごにょと何か言葉を付け加えたみたいだが、美穂と穂花の耳には届かなかった。
「まぁ、こちらとしては証拠が沢山残っている以上、さすがに無視するわけにはいかなくてね。二回とも偶然ならそれはそれでいいんだ。だが、観測史上一度も確認したことがない巨大生物が同じ二人組の前に現れるってのは、ちと偶然が過ぎるんだよなぁ」
「って言われても」
――そもそも心当たりがない。
美穂もそうだが、穂花も一体何が何やらといった状況だ。今の今までそんな不可思議なことは『一度も無かった』という記憶しかない。ごく平凡な未成年で学生生活を送ってきたはず――だ。
だから美穂は首を傾げるしかなかった。それを見ていた河合は目を光らせたが、少なくとも彼女達に不審な点は無いと思ったのか、軽い溜息を吐く。
「まいったなぁ、ちょっとでも何か思い当たることがあれば手がかりがありそうかなーと薄ら期待してたんだけどさ、ここまで手がかりないと、君達が困るんだよなー」
「え?」
「なんでさ」
当然の疑問だ。確かに手がかりが無いのは困るのだが、恐らく河合が言いたいのはそういうことではない。それに気付いたからこそ二人は問い返したのだ。
「いや、二度あることは三度あるってね。これでこの騒ぎが止まれば問題無いんだけれど、その保証がない。何より一番の問題なのが――」
「なのが?」
「事が起こったときに間に合わないということ。非常に情けない話なんだけどね、二回とも警察も『専門部隊』も全然間に合っちゃいないんだよなぁ。で、間に合わせるには君達の通報を待っていたんじゃ遅い。遅いならどうすればいいか。つまり連絡が早ければいい。連絡が早く、なおかつすぐに動かせる部隊がいると尚良し。これ、意味分かる?」
「……?」
「ぶっちゃけわかんねぇっす」
「そっかー。ま、非現実的な話ではあるわな」
薄らと笑みを浮かべて、河合は告げる。
「つまり、四六時中君達に護衛を付ける。ひとまず一週間程度ってね」
「……」
護衛。
思わずその単語を含みながら、スマートフォンで単語を検索する。つきそって守ること。また、その人。四六時中ということはプライベートを含む全てにおいて見知らぬ他人が常に目の見える範囲にいるということになるのだろうか。
「え、やだ」
穂花が即答する。
「穂花早い、早いよ。ちょっとは考えてみよう。まぁ普通に嫌だけど」
「おたくら、状況分かってる?」
河合が質問をすると、二人して一気に言葉を失う。当然分かっている。今日もこの間もほぼ偶然助かったようなものだ。もし少しでも何かが『ズレていれば』命を失っていたことは間違いないのだろう。
「次に今回と同様のコトが起こった時に、命の保証はない。さっきも言ったけど間に合う保証がないんだ。それを極力無くす為には当然の対応と言えないかな?」
「でもそれ、警察の人がいても同じじゃないですかぁ? あんな化け物、どうやって駆除できるってーの? あ、麻酔銃とか?」
「いや、それはもう実証済みだから君達が心配する必要ないぞ? ちゃんと効果があったから」
「効果?」
美穂に指先を突きつけてから、「ばん」の一言と共にその指を跳ね上げる。
「あ、もしかしてさっきあの鳩がおかしかったのって狙撃したってこと!」
「あんまり詳細は言えないから、ここはご想像にお任せだなー。で、こちらに実績はある。君達は自分で自分の身を守ることはできない。次は命の保証がない。選択肢、他にある?」
「……なんかさー、怪しい商売人みたいじゃない?」
「あ、いえる」
「待て待て待ってくれ。こっちは清い身の…………………………公僕だよ?」
「沈黙が長い……」
「何か隠してる感じする……」
「待て待て待て待て、そんなことないから、ね?」
河合はとりあえずまぁまぁと手振りをしてから、大きくわざとらしい咳をする。それからスマートフォンを取り出してアプリを起動し、その画面を二人に見せつける。アプリ自体はよく知っているSNSのものだ。
「君達、あらゆるところでアップされてるんだけど、これ拙いと思わないかい?」
「有名人になってんじゃん」
「やったぜ」
いぇい、と穂花と美穂は両手を叩く。
「いやいや、SNS上で顔写真がこんだけあるんだよ。君達は一躍有名人になったのは確かだが、一方で君達が知りようがない人間にも知られた訳だ。しかも……まぁ、今の時代にこういっちゃなんだが、君達はまだ十代の女の子。よからぬ輩がやってきてもおかしかぁないんだよな」
「だから護衛を付けるのを認めろっつーわけ?」
穂花が机の下でぎゅっと美穂の手を握る。
「うん、そういうことだね。まだ言わないと分からないかな。――君達は今、日本中のみならず世界中に顔を知られてしまった。しかもこんな前代未聞の、あらゆるジャンルの人間を刺激するだろう未知の体験を二回もして、無事に生き残っている。これはね、警察が護衛して然るべき自体になっているんだ」
「……事件が起こらなきゃ動かないくせに」
「ま、普通はね。平時から警察が慌ただしく動いていたら、そりゃ治安が終わってる。警察はあくまでも国内における抑止力であり、何かが起こった後の後始末をする仕事だよ。が、明らかに異常事態が起こると分かっているコトについて何もしないわけじゃない。ここまではいいかな?」
「……」
散々噛み付いていた穂花だったが、河合の説得に近い脅しのような現実的な言葉に対し、さすがに何かを言い返せそうにはなかった。せめて彼女がもっと大人であれば、あるいは人生の経験を積んでいたならばもっと屁理屈を述べることもできただろうが、しかし穂花も、そして美穂もまだ学生の身分だ。ましてや警察相手にずっと食いついていけるほどの胆力もないし智惠も回らない。
「別に私生活を邪魔するわけじゃない。あくまでも何かあったときに咄嗟に動ける態勢を作る、これだけの話だ。いいね?」
「……」
「穂花、いいんじゃない、別に」
「美穂……!」
「だってさ、実際危なかったわけでしょ? ぶっちゃけ今生きてるのって奇跡に近くない?」
「それ、はぁ……そうだけどぉ……!」
本当に偶々生き残っている、というのは穂花にだって実感がある。あの時、穂花を庇った美穂を目の前で見ていたからこそ実感として理解しているのだ。美穂は死ぬつもりだった。自分が犠牲になることで穂花が逃げる時間を稼ごうとしていた――あるいは『自分が犠牲になることであの怪鳥は満足してどこかへ行くのではないか』といった予感があったのかもしれない。もちろん美穂自身にそれを確認したわけではなく、あくまでも彼女の中に浮かんだことに過ぎないわけだが、自分の考えを強く否定する材料もない。
――美穂を守りたい。
けれど、その力は残念ながら穂花にはない。相手がただの人間ならば手の打ちようもあるが、三度あの巨大な怪物が現れた時、恐らく如何様な手段を用いたとしても穂花には美穂を守ることなどできないだろう。
だが、目の前の男が所属する警察は違う。あの巨大鳩を確かに怯ませた実績がある。つまりそれはあの怪物相手に対抗手段を持つということになる。
「ああ、そうだ。まずはこれを確認しなきゃいけなかったんだ。ちょっといいかい?」
河合は人差し指をピンと立てて上に向ける。
「この指先に何か見える?」
「? 指」
「指」
「まぁ……指だけど。そっか、了解」
納得したように指を引っ込めてから、河合は立ち上がる。
「じゃ、もう家に帰っていいよ。後は君達に気付かれないようこっそり護衛を付けておくから」
「ストーカーじゃん。嫌なんですけど~」
「ストーカーじゃないんだけどなぁ……」
河合はドアを開いてから、廊下にいると思しき人間へと何事か呟く。愚痴をこぼしていた穂花は眉を潜めるが、上手く壁に隠れてその顔を見ることは出来なかった。
「さ、預かっていた荷物は返そう。今日は真っ直ぐ帰るんだよ。寄り道は感心しないからね。むしろ変なところに行ったら即警察が動くからね、マジで」
「はー? 行動制限かけてくるとか、マジで公僕ー」
「いや、それはまぁ否定できない部分もあるが……言って良いことと悪いことの差ぐらいはだなぁ」
「いこ、美穂」
「人の話を全スルーする女子高生怖い……」
大人の対応を心掛けていただろう河合もさすがに挫けたのか、ポロっと弱音が零れ落ちていた。
「さすがに言い過ぎじゃない?」
「……。…………ごめんなさい」
美穂の注意を聞いた穂花は、ばつが悪そうに表情を暗くした後、小さくそう呟いた。河合はぱっと顔を明るくして、親指を立てる。
「いいよいいよ、気にしてないから」
「してないんかい」
美穂が思わずツッコミを入れると、河合は軽く笑って「大人だからね」と言ってのけた。穂花が眉を寄せて何かを言おうとして振り返り、そこで動きを止めてからくるりと振り返りつつ美穂の手を掴み、強引に部屋を出て行く。




