怪獣『巨大鳩』と遭遇すること1
翌日の学校、美穂はまず自分の席に鞄を置いて椅子に座ると、わっとクラスメイトが詰め寄ってきた。
「小此木さん、一昨日の巨大カメレオンの現場にいたんでしょ! 平気? 怪我は?」
「どうだった、どうだった?」
「メチャクチャ怖かったんじゃない? 大丈夫?」
「んあー、だいじょぶだいじょぶだいじょばない」
「どっち?」
「おっすー。なんか朝から眠っぽい感じ?」
「お、穂花」
「おはよー」
「おはよ」
囲んでいる生徒達を割るようにして穂花が美穂の前の席に座るものの、周囲はいつものことなのか朗らかに挨拶をしてから、またも同じ話題に戻る。
ニュースでは名前を出していないと病院内で説明を受けたのだが、どういうわけかすでにクラスメイト中の話題となっているようだった。
「なして知ってるわけ?」
穂花の問いに、一番手前にいた女子がスマホ画面を見せつけてくる。一瞬動画かと思ったらどうやら画面をキャプチャー保存したものらしい。
「ここ、ここ。これ穂花と美穂じゃん?」
「うわマジ、さいあく……」
「え、おお、思わぬところでネットデビューしちゃってる」
(いくらお上の圧力があっても、ネットで出回った動画を全部消すのは無理かぁ)
どうやら昨日退院して学校を休んでいる間に、クラスの中で話題が持ちきりになったようだ。こうなるとこのクラスのみならず学校中で話題になっているかもしれない。
「それはめんどいなー」
いつも面倒くさがりな穂花だが、今回ばかりは彼女に同意する。有名人になりたくないかといえばなりたいほうの美穂ではあるが、一昨日の出来事を考えるとそれで騒がれるのは精神的に辛い。
(正直トラウマ……)
口の中に入る瞬間を思い出すだけで足下から震えが来る。
「ま、今日は学校中うるさいかもだけど、ウチらが守ってやるからさ」
クラスメイト達が「そーそー」「大変だったもんね」と俄にまとまっていく空気が流れていった。
「おー、みんな気を遣ってくれてるー」
「や、あったりまえじゃん! あんな化け物に襲われて心配するなってほうが無理ってもんでしょ?」
(そっか)
逆の立場になって考えてみると、なるほど、特別仲が悪い相手ならまだしも仲の良いクラスメイトなら自分でもそうする。みんなの気持ちがあっさりと理解できて、美穂は思わず笑みがこぼれていた。
「美穂、顔キモい」
「いやいや穂花、それはないんじゃない?」
白けるようなこと言わないでよー、とぼやきながらも、美穂は笑いが止まらなかった。
――もうあんな目に遭うこともないのだから、さっさと忘れてこの日常に戻ろう。
体育の時間はマラソンだった。
暑くなったジャージの上を脱ぎ、美穂は片手で顔を仰ぐ。緩やかな風と手を動かす労力があまり釣り合ってない気がしてすぐに止めたが。
幾人の女子が遅れてトラックを周回しているその中に穂花の姿もあった。凄まじくげっそりした表情でほぼ最後尾を回っている。決して運動神経が悪い彼女ではないのだが、そのポテンシャルはその日のやる気によって激しく上下するのが西城穂花という少女でもある。
「いやいや、変わりすぎ」
穂花の顔を見ているとp「本当に無理。ありえない、しぬ。教師は生徒を殺す快楽殺人者じゃね……?」なんて言葉が聞こえてきそうだった。
「ん~、思いっきり身体を動かすと気持ちいいよね。まぁ一ヶ月に一度ぐらいで十分だけど」
「あんたも大概怠け者よねー。さすが帰宅部」
「帰ることが部活動だしね」
それこそ我が人生! と付け加えると、わかりやすくクラスメイトが笑ってくれた。
「でも天気良すぎてさ、穂花じゃなくても辛いよコレ」
「あーわかる。直射日光まじパねぇ」
強い陽射しの下、みんなが怠さを覚えている時だった。
コン、と足下に何かが当たる。
「ん?」
なんだろう、と、そこを見下ろす。
なんてことはない。小さなピンボン玉みたいなものが靴に当たったのだ。別の授業でボールを使っているのだろうか。それにしてはぼんやりと――
――ぼんやりと、白く、淡く、光っているような。
美穂はぞわりと全身に怖気を覚える。その小さな球を直感に似た何かで『理解』してしまう。その球は情報源の塊であり、巨大なエネルギーを内包しており、それらは『一つの生命体』を創り上げるに足る『素材』であると。
「みんな! 逃げ……」
眼前に現れたのは、人間の顔ほどに大きい両目を持つ、巨大な鳩だった。
ドバドと言われがちだが、その姿は間違いなく鳩――カワラバトそのままであるが、そのサイズは常軌を逸している処ではない。
校庭にいる全ての人間が、飛んでいるわけでもないその鳩を見上げていた。視線が高い。その頭上は空と一つであるようだ。無機質な両目は動くことこそないものの、その体躯と比較して小さく、しかし巨大な頭を動かして『視線』を美穂へと向けてくる。
「えっ……?」
見ている。
美穂を、見ている。
(なんで?)
湧き上がる疑問は、しかし一人の少女の怒鳴り声にも似た悲鳴で掻き消える。
「美穂ーッ!」
先ほどの疲労は完全に消えてしまったのか、全力で駆け寄ってきた穂花が手を掴んで引っ張ってくる。体勢を崩しながらも「そうだ、逃げなきゃ」ということに気付き、美穂は自分の足を動かすが。
「みんなも逃げて!」
「あ、えっ……!」
クラスメイト達は戸惑いながらもそれぞれが巨大な鳩から離れていく。
鳩はその場から微動だにしないものの、しかし頭だけは動かして逃げる美穂達を見つめている。
「なんか無機質過ぎて怖いんだけど!」
「それな。……って、言ってる場合じゃないし!」
動かないならそれはそれで助かる。
「あのカメレオンの同類……!」
「種類が違うっしょ!」
「でかさが同じぃ!」
「や、あの鳩のほうがデカい!」
「んげ!」
何故動かないのか、何故見ているだけなのか。とにかく教師が校舎の中へ逃げろと声を張り上げるので、全力で校舎へと走って行く。
だが、美穂の目の端で――鳩がゆっくりと羽を広げるのが目に入った。




