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SINJÜ  作者: 平乃ひら
怪獣『巨大カメレオン』と遭遇すること
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4/23

怪獣『巨大カメレオン』と遭遇すること4

 この病院は防衛省が設置運営を行っている陸空海の自衛隊共同の機関である。それ故に政府絡みの訳あり患者がどうしても多いのだが、美穂と穂花はその病院に入院されている。本人達には知らされていないものの、特に隠している訳でもないので知ろうと思えばすぐにでも分かるだろう。河合徹也が連絡を受けた時、その病院の待合室にその声が響き渡った。自衛隊病院とはいえ一般患者も利用可能であり、特に彼らは突然の大声にびくっと身体を震わせて彼に視線を向ける。

「あ、すいませんすいません、静かにします」

 それらの視線に気付き、河合は頭を三度も下げながらそそくさとその場を離れて外に出る。駐車場なら喋っていても大丈夫だろうとそこまで移動し、改めてスマートフォン越しの相手に声を掛ける、

「待て待て、逃がしたってどういうことだ。え、消えた? 姿が? そんなことあるわけ――うわ松沢さん! 突然電話変わらないでください! いやまぁそりゃこちらはアマテラスですけど、俺ァアルファベット持ちじゃないんですよ。そんなこと知らないですよ。え、直接ビデオを観にこいって? ここから? そっちに? えー、こちらも予定詰まってるからあんまり魔術協会には……」

 河合は余った左手で頭をボリボリと掻く。

「あの子達には事情聴取しなくても? ん? そっちにも話を回してるっすか。あーあー分かりましたよ、ならそっちへ向かいます。二時間ほどしたら着きますから」

 そこで通話を切って、スーツの内ポケットにスマートフォンをしまう。

「さて」

 念のため周囲を見回した後、河合はゆっくりと拳を握り、顔の前に持ってきて、人差し指と中指を立て、何も無い虚空に向けて言葉を紡ぐ。

「空の色に染まりし姿を晒せ。その色は人、その魂は人、空蝉に非ず。着色!」

 ――通常の人には見えない波紋が、河合を中心に数メートル範囲へと広がっていく。

 すると何もないはずの空間の一部が歪み、地面から虹色の光が浮かび上がったかと思えば、たちまちそれは一人の人間へと変わっていった。

「え、このぐらいはできるんだねぇ」

「まぁ、忍者ですから」

「え、忍者? 忍者なの? 忍者なんで?」

「……本気かボケか分からんこと言わないで欲しいんだけど」

 真っ黒な長い髪に、紫の瞳。一瞬、瞳の色はコンタクトかと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。

(だが天然って言うには違和感があるな)

 無意識にも、そして意識的にも河合の身体は自然と構えの体勢を取る。相手が何者であれ、魔術という秘術を使い盗み聞きをしている人間は決してまともではないからだ。

「で、どこの魔術師? イギリス? どっちかといえば日本系だから極東魔術協会?」

「どこ住みとか、今時流行らないんじゃない?」

「ま、住んでるんじゃなくて正体知りたいだけだからな。で、何用だ? まさか正体がバレるなんて思ってなかったわけじゃないだろうさ」

「いや、割と真面目にバレると思ってなかったから結構驚いてるわよ? だってどう見てもアルファベット持ちじゃなさそうなんだもん」

「まーまー皆さん人を低級魔術師だと侮ってくれるんだよなぁ!」

 ――間違ってないけど、と一言心の中で付け加える。わざわざ魔術師としてのランクまで丁寧に教える必要は無い。

(さて、謎の怪物騒ぎとその中心になった女の子二人、彼女に接触したこいつが騒ぎに無関係なはずがない。日本国内で起こった事件を他国が嗅ぎつけるには行動が早すぎる。考えられるのは『首謀者』といったところかなぁ)

 生命体が何の外的要因も無しに突然巨大化するなんてこと、自然界ではまずあり得ない。そういう生態の生物もいるだろうが、少なくとも突如として数メートルを超える大きさの怪物になるというのは考えにくい事象だ。

 つまり、目の前の女性が何かしら外的要因によるきっかけを与え、その結果を確認しにきたのか。あるいはそういった組織的な動きがあるのか。少なくとも情報を持っているのは間違いないだろう。

(――と、まぁ、ここまでは都合の良い考えだな。まるでそう思わせたいかのような動きだ)

 一応警察に所属していることになっている河合は、警察手帳を取り出してそれを見せる。

「念のため、お話伺っても?」

「あー、お兄さんっておまわりさんかぁ」

「嬉しいね、おじさんじゃないんだ」

「歳近そうだしね。で、公権力で無理矢理……ってのは無理よね。任意なら帰るわ」

「なるほど、警察じゃ駄目か。それなら――」

「その前に退散!」

「えっ、あ!」

 喋りながら魔術を使用するというのは、少なくとも河合には出来ない高等技術だ。魔術というのは言葉に意味を持たせて体内の魔力を具現化する技術である。よほどの手練れで無ければ関係の無い言葉を関連付けて魔術として発動するのは難しい。しかし目の前の女はそれをやってのけ、そして軽くジャンプをしたかと思えば空高く舞い上がった。

「ちくしょう! 脚力まで強化した上で魔術使いやがった! あー、くそ、松沢さんへのお土産なしかい!」

 しまった、と舌打ちする。こうなると今見せた顔も本当かどうか怪しいものだ。事前に発動した魔術を見破るというのも高等技術であり、やはり河合はそこまでの魔術師とは言えなかった。

「まぁしゃーない。人為的なものだという確証を得たってことで――」

 ――人為的?

(人為的に巨大カメレオン? そんな面白いこと、普通するか? 動機が読めなさすぎだろ)

 何かが引っ掛かる。

 事件を起こすには何かしら理由がある。どれだけ突拍子も無いことだろうが、必ず原因がある。単純に『面白いから』『そうしたかったから』だけでも理由としては十分なのだ。ならばあの巨大カメレオンもそういった類による発想で産み出された生命体か。それともやはり何かしらの実験か。

(今日の今日で何もかも分かるほどの名探偵だったら、今頃こんなことしてないな!)

 うん、と一度だけ頷いて、河合はひとまず警察署へ戻ることにしたのだった。どうせ魔術協会なんていう古巣に戻っても元上司にあれこれ言われるだけだから、という消極的な理由で。




 翌日の退院日。

 美穂と穂花の両親が同時に迎えに来た。

 互いの両親同士は久し振りに顔を合わせたからか、「あらーお久しぶり!」「元気にしてましたぁ?」なんて暢気な挨拶をしている傍ら、二人はせっせと退院の手続きを済ませてくる。

 二人の両親は警察から事情を聞いたとして、身体は何ともないか、気分は悪くないか、食欲は、動けるか、と二人にとってやや過剰な心配をしてくるのだが、不思議と気分は悪くなかった。家族の顔を見るとほっとするだけに、美穂は自分自身が思ったより昨日の事件で精神的に追い込まれていたことに気付く。

 なら穂花も?

 と、視線を彼女に向けるが、穂花はそんな様子も無く、視線に気付いて美穂に向かって「また学校で~」と軽く手を振り、彼女の両親に連れられてとっとと行ってしまった。

「……」

 ――まぁ、明日学校で会えばいいよね。

 なんとなくそう思い、美穂も両親が呼び止めたタクシーに乗る。帰りをタクシーだなんて贅沢だぁと言うと、思いながら、しかしタクシーの中に溢れる芳香剤の香りで少し気分を悪くしつつ自宅に着くと、その気分もすんなりと落ち着いた。

 小此木の家は両親がローンを組んで購入した二階建ての一軒家だ。今時覚悟を決めたなぁと、この時ばかりは両親に感心する。おかげで自分の部屋があるのはありがたい。

「今日は部屋で大人しくしてなさい」

 母親の忠告を素直に受け取る。入院中はろくにスマートフォンすら開けなかったので、思う存分のんびりするつもりだ。

「あー、我が家のベッドぉ」

 ぼすん、と布団に顔を埋める。

 今日は退院の準備と手続き、それからタクシーで家に戻ってきただけなのに、なぜか妙な疲労感が溜まっていた。何もしていない。何かしたいのに、何もする気が起きない。

 ――そしてそういう時になって、昨日のことを鮮明に思い出す。

 カメレオン消失の直後は政府関係者と思われる人達が慌ただしくやってきて慌ただしく色々させられ慌ただしく入院し検査を行っていたためか、色々と考える余裕も時間も取れなかった気がする。しかし今は家の中、自分の部屋だ。もっとも一人で居る空間で、一人のための場所でもある。

 だからこそブルッとした寒気を覚えてしまうのだ。

 喰われたのだ。

 穂花ごと、自分達はあの巨大な生物に喰われていたのだ。

 何故か泡となって消えたからいいようなものの、もしそうでなければとっくにこの身体は溶けて消えて、こうして震えることも出来なかった――

「あ、でもご飯食べたい」

 どんだけ疲れていてもお腹は正直だ。

 ちょうど「ご飯よー」の声が聞こえてきたので、美穂は色々な気持ちを棚上げしてまずは食欲を満たしに部屋を出て行ったのだった。

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