怪獣『巨大カメレオン』と遭遇すること3
「で、一日入院ってわけよ」
「なんでよ」
同じ部屋に入院となった美穂と穂花は、隣同士だけれど仕切りで区切られている中、それでも互いに天井を見上げながら今日遭ったことを振り返っている。
ただのファミレスの中で突如現れた巨大カメレオン。この事件は目撃者と実被害があったことから、あの後スマートフォンでSNSを確認したところ大変な騒ぎとなっていた。いくつもの映像が流れ、その中には必死に逃げている自分達の姿が写っているのもあった。
あの後泡の中で呆然としている彼女達を救出――というか、とりあえず回収していったというほうが正しい表現で消防隊員が駆け寄ってきて彼女達を周囲と天井を厚めの布で囲んだ、外からは決して覗けない天幕を作ったかと思えば、マスクとゴーグルとゴム手袋と全身を防水加工して決して肌を出していない女性職員達がすかさず登場し、まずは彼女達によって全裸にさせられた。その後水を全身に掛けられて泡を洗い落とし、ドライヤーで強制的に乾燥させられてから、彼女達が用意した服に着替えた。その服も体操服のようなものだったので制服を返して欲しいと言ったところ、それは無理だと断られてしまった。ただし制服は弁償するとのことだった。
天幕から出た二人を待っていたのは、どこか冴えない風体の、サラリーマン然とした男だった。歳は二十台後半か、三十代程度。その男が「自分が一番年齢が近いので君達の説明役にされたわけなんだけど、説明いる?」と訊ねてきたので、美穂はすかさず「欲しい!」と目を輝かせ、穂花は光を失った瞳で「いえいいです帰ります」と沈んだ声色で喉から音を発していた。
男は非常に困った顔をしてから、どうしたものかと悩んだ後に「とにかく名刺を」と差し出してきたので、さすがに二人ともそれは受け取った。
「一応説明の義務はあるんだけど、まぁいきなりこんな状況だ。まずは病院で検査を受けて、気が向いた時に連絡をくれると助かるよ。あ、メールで。なんか便利なツールはないからそこのメールに送って。電話も状況によってはぜんっぜん取れないから! メールで後日返事の体でよろしくお願いします!」
「はぁ……」
美穂は名刺に視線と落とす。名前は【河合徹也】と記載されており、所属は警視庁公安部特殊二課、そして携帯電話の番号とメールアドレスが記載されている。メールアドレスも恐ろしいことにフリーメールアドレスなので、一瞬で男に対する不信感が高まってしまった。
(公務員なのにフリーのメール……? てゆか、電話も普通警視庁じゃ……って警視庁?)
「美穂、美穂、ちょっと」
「え、なに?」
「……なんで警視庁の人間がここにいるのよ」
「えー、あのカメレオンが犯罪だったとか?」
「犯罪カメレオン……」
「ぶはっ、急に笑わせないでぇ」
「君達、その警視庁の人間が目の前にいるのによくそんな話ができるね……いやいいんだ、見えないよね。その辺はまぁ色々とあると思ってちょうだい。メールアドレスもね。けどま、一応警察の関係者ではあるからそこは信用してほしい。というわけで検査後にまた会おう!」
ビシと二本指を立ててから去って行く男からすぐに視線を離して、なんだか手が寂しいと思っていたら鞄とスマートフォンごと取り上げられていたことにも気付いた。
「あのー、荷物はどーなってます?」
「服と違って汚染の影響は無さそうなので、検査後にお返ししますよ」
「汚染……」
あの泡のことだろうか。
一体何なのだ、この状況は。
「こちらから親御さんにはご連絡しますが、今日は病院に泊まっていただきます」
「病院? 入院ってことッ?」
「はい」
ええ……、と二人して思わず声が漏れる。
――その後は有無を言わさず救急車に詰め込まれて、特に怪我をしたわけではないからベッドに寝ることはなかったものの、病院へ直行、手続きやその他諸々全て大人が行い、そして現在に至る。
「一体なんなのさ……なんなのさ……」
沈み込む穂花に、まぁまぁと美穂は声を掛ける。
「なんか……カメレオンに喰われかけたから、なんかこう、色々検査? みたいなのしなきゃいけないって言われてなかったっけ」
「言われたけどさ……元気じゃん、私ら」
「あのカメレオンの唾液に雑菌がいっぱいあったんじゃない?」
「うわ、グロ……え、マジで? グロすぎん? 無理なんですけど」
「無理でもなんでも、病院で検査してもらえばいいっしょ。何もなかったらラッキーって感じで」
「あー、だるぅ。こういう時こそ、ほら、あんたの魔法とか魔術でなんとかなんないの?」
「私はお姉さんと違って魔術師じゃないからさー」
「美穂唯一の取り柄が役に立たない……」
「あれ、今さらっと酷い事言った? 言ってない?」
カッ、と床を蹴るような音がしたかと思えば、にこやかな笑顔の看護婦が入ってくる。
「病院では騒がないでくださーい」
「……は、はーい」
「ごめんなさい……」
看護師がにこやかな笑顔をしたままそっとその場を去って行くと、二人は同時に息を吐いた。
「……威圧が凄いよ、看護師」
「わかりみ。今後一生看護師さんには逆らわないで生きていくわぁ……」
その後、別の看護師に呼ばれて連れていかれた診察室で簡単な身体検査と血液採集、それと食事に出てくる薬は食後に飲むことと医者に念を押されて、二人はまた病室に戻る。
ベッドに寝っ転がった穂花が喉の奥から絞り出したような声で唸る。
「血液検査とか、どんだけウチら危険視されてんの」
「仕方無いんじゃない? むしろ結構好待遇だと思うよ」
「そうですよ」
ひっ、と声を上げそうになりながらも辛うじて言葉を飲み込んだ美穂は、いつの間にかそこに立っていた先ほどの注意を促してきた看護師を見上げる。
「謎生物の粘液が全身くまなくねっとりついたんですから、ちゃんと検査しなければならないんですよ」
「言い方」
「いかがわしさすらある……ここ病院だよね……」
「一応抗生物質とか、何かしらのアレルギー反応が出ないかをチェックしているんですから、今夜一晩大人しくしていてくださいね」
「あの」
「なんですか、小此木さん」
自分の苗字を呼ばれて、美穂は目を開いた。
「二人とも覚えてますよ。これでも関係者なんですから。ね、西城さん」
「うぇ、ええ、はぁ……」
「で、何か訊きたいことがありますか?」
「あ、はい、えっとですね」
なんとなく勢いでえいやと訊ねる雰囲気でも無くなってしまったけれど、疑問は沢山ある。
「アレって、何だったんですか?」
「アレ、アレねぇ……そうですね。二人とも妖怪とか、知ってますか?」
「百鬼夜行」
「妖怪変化百屋敷」
「いや穂花なにそれなに? お化け屋敷か何か?」
「百鬼夜行って聞いたら浮かんできたんよ」
「うけるー」
「うんうん、大体分かったわ」
その女性はにっこりと笑いながら納得したとばかりに頷き、それから少しだけ考える素振りを見せる。
「まず、君達を食べようとしたのは新種の生き物です」
「まぁ、うん……それはそうだと思うけど……いやそうじゃなくて、なんか突然こうバーっと現れたんですよ! 何も無いところから!」
「たぶん何かありましたよ。本当に『何もない』ところから現れることはありません」
「え?」
「うん、その時の状況を聞きたいですね。お姉さんに聞かせて欲しいかな」
「……?」
――ふと、美穂は何かが頭の中を過った気がした。だけれどもそれはあやふやで、頭の中にあるソレを掴もうとしても雲となって消えてしまう。
(今の……は……?)
「ほんほん、なるほど。勉強していたら突然目の前に。勉強してたなんて偉いですねぇ」
「ま、学生だし、ウチら。勉強が本業っしょ」
さも当然とばかりに澄まし顔で言ってのける友人に、美穂は半眼で彼女の顔を覗き込む。
「……勉強するつもりだったけど、ずっとポテト食ってなかった?」
「ねーし?」
「あったし?」
「仮にあったとしても、アレよアレ、脳への栄養補給。コーラと一緒に流し込むと極上」
「若いっていいわねぇ……翌日と未来を考えないで好き放題食べてみたいわぁ……」
「か、看護師さんもまだお若いじゃないですか!」
「『まだ』『お若い』」
「ダメだよ美穂、これはアレ、何言っても単語が全部地雷になるタイプ」
「あ、それダメだわ。絶望しかないわ」
「絶望しかない!」
わああぁぁ、と看護師は頭を抱えてからピタリと動きを止めて、それからスンっと無表情になって顔を上げた。
「考えても仕方ないわ。今夜はできるだけ茶色いものをアルコールで消毒しようと思うの」
「唐揚げ食べて酒飲むんですね」
「コロッケもあるわ!」
「揚げ物全般いけちゃうじゃん?」
「翌朝の脂っぽい肌については考えないで飲み喰いする悦びを、あなたたちもやがて知ることになるのよ」
「え、あ、うん、そっすか……」
穂花がどこまでも褪めた目で、ひとまず同意するようにそう告げる。
「そういうわけで私は去るわ。また会うその日までグッバイ」
「はぁ」
最後に謎のウインクをして去って行く看護師に、美穂と穂花は目を合わせる。
「なんだったの、アレ」
「わかんね……つーか何訊きたかったん?」
「なにって?」
「いやだって、あのカメレオンが出てきた時のこと訊いてきたじゃん? ソコ知りたかったんじゃね?」
「あー、言われてみると確かに……」
その割にはあっさりと去って行った。話している最中で忘れてしまった可能性もあるのかもと二人で一旦納得し、とりあえず別の話に花を咲かせるのだった。
――とはいえ、話題はどうしても今日のことになってしまうのだが。それほどまでにあの巨大カメレオンの印象は強く、今後も一生忘れることはないだろう。




