怪獣『巨大カメレオン』と遭遇すること2
――数メートル級の巨大な怪物が店内に現れ、店内の天井と壁をその巨大さだけで破壊したのは。
「……は?」
誰もが言葉を失う。
ただ本来この建物に入ることなどできるはずもない巨体が、実際に店内に現れたことで建物は大きく歪んでいるのは確かだ。そいの歪みに耐えきれずそこら中のガラスが割れて、壁には大きな罅が入り、その巨大生物のギョロリとした目が周囲の人間を一瞥する。
(巨大なカメレオン……!)
そう、喩えるならそれ以外無かった。
見た目はカメレオンそのものであるが、大きさが全く違う。突如として恐竜が出現したようなものだ。誰もが巨大なカメレオンだと認識したところで、その巨大カメレオンが満を持したように動き出す。頭を振り、巨大で長い舌が天井を突き破った。
「きゃあああああああ!」
そこここから悲鳴が上がる。もはや誰が何の声を上げているのかも分からないが、恐怖が一気に伝搬する。
「なんっ……あれっ……!」
「穂花!」
誰よりも早く動いたのは美穂だった。彼女は眼前で目を見開き唖然とする親友の腕を掴み、強引に引っ張る。
穂花のいた場所に巨大カメレオンの前脚が叩き付けられ、その床だけが大きく沈む。重量もあるのだろうが、恐らく凄まじい怪力であることを察することができる。
声を出す余裕も無く、美穂は混乱しながらも穂花の手を引いて走り出していた。そこらに散らばっている瓦礫につま先が引っ掛からなかったのは幸運であるとしか言い様がないほどに、二人はとにかく足を動かす。
ゴッ、という音が後ろから聞こえる。あの巨大カメレオンが身体を動かした際に、天井の一部が落ちて地面に当たった音だ。巨大カメレオンが移動しようとしている。
(どこ、どこに! お願いだから逆方向で!)
祈りながらも美穂はちらりと振り返る。
――その巨大な目と視線が合った。
「――――――ッ!」
真っ先に逃げようとしたから目立ったのか、その理由こそ不明だが巨大カメレオンは間違いなく美穂を標的に定めたようだった。
(なんで!)
カメレオンが前脚を伸ばしてくるので、美穂は穂花を抱えながら横へと跳ぶ。辛うじて躱した前脚だったが、ほんの僅かでも遅れていたらどうなっていたか――
「んごっ!」
「ぐえっ!」
ゴロゴロ転がりながら妙な声を出して、二人はすかさず身体を起こす。痛みなんて気にしていられなかった。
転がった先はトイレに繋がる廊下であり、あの巨体は足一本すら入りそうにない。もどかしそうに巨大カメレオンが前脚を動かしている。ほっとひと息吐こうとしたところで、そのカメレオンの口がカパっと開く。
「やば!」
「こっちこっちこっち!」
女子トイレに急いで駆け込んで、カメレオンの伸びる舌を躱す。
「こ、これ、逆に閉じ込められてない!」
「窓破って外にいけないかな!」
「窓ちっちぇし!」
「少し待てば他の人襲っていなくなるとか!」
「後味悪~……」
「まぁそうだけど!」
じゃあどうすんの、わっかんない、と喧々囂々としていると、突然真横の、トイレがある側の壁がごっそりと横へスライドし、巨大カメレオンの顔が現れる。
「うっそぉ……」
こん、と天井のかけらが穂花の頭に当たる。少し痛かったが、その痛みで我に返った穂花が美穂の手を引っ張った。
「うわぁ!」
ビュン、と美穂の頭があった部分に巨大な舌が飛んでいく。二人は目を合わせる前にとにかく動いてトイレを出る!
もちろんそれを見ていたカメレオンも顔を動かしてトイレの先にある廊下を覗き込むが、そこには誰もいなかった。
巨大カメレオンが停止する。
――女子トイレを飛び出した美穂と穂花は間髪入れず男子トイレへと逃げ込んで、そこの窓から外へと抜け出していた。女子トイレを出てすぐに男子トイレへと駆け込んだのだ。男性がいようがなんだろうが関係無い。まずは逃げることが先決だ。
建物の中にいるのは非常にまずい。理屈云々はさておき壁とか簡単に破壊する怪物が襲ってきているのだ。直接的にもそうだが、間接的にも建物に挟まって死んでしまう恐れがあった。商店街と出た二人は店に集まっている人混みの中を掻き分けてとにかく走り続けようとするが、バゴン! という強烈な音が響いてきて思わず振り返る。
とうとうそのフランチャイズ店の屋根が全て吹き飛んで、商店街に身を乗り出してきた怪物がギョロギョロと両目を別々に動かし、まるで獲物を探すかのようであった。その巨体、異様さに野次馬となって囲んでいた人達が一斉に逃げ出し始めた。人によってはそれでもスマートフォンの撮影を止めようとしなかったが、「馬鹿、逃げろ!」と怒声が聞こえ、何人かが撮影を止めて走り出す。正解だ。それ以外に道はない。
現実離れした巨大なカメレオン。まるで太古の地球に存在した恐竜のようであり、カメレオンが商店街を破壊しながら進む様はさながらパニック映画そのものだ。
「うそ! あいつこっちに来る!」
「前か後ろしか進めないんだから! 確率は二分の一だし! そういうこともあるぅ!」
穂花に向かってそう叫びながら、美穂も彼女と一緒になってとにかく走っている。
カメレオンの背後にいる人達は脅威が自分達へ向けられていない安堵と、やはりこれだけの意味不明な出来事が起こっているのを撮影しようと各々がスマートフォンや、場合によってはミラーレスカメラを構えて撮影している者もいる。それがちらりと視界に入って怒りが沸くも、そんなものを瞬時に塗り潰す巨体の恐ろしさに美穂は一層足を動かすことに集中する。こんなに走ることなど一度も想像したことなかったが、自分の足の遅さに焦燥が沸き、呼吸が乱れる。
――こんなに足って遅かったっけ。
――こんなに走るのって緩慢だったっけ。
(ヤバイ! ヤバイヤバイ! 追い着かれる!)
カメレオンが口を開く。美穂は咄嗟に穂花を手で押して飲み込まれないようにと動いたが、カメレオンからすればその動作すら余りにも遅く、その舌が穂花の胴体に巻き付くほうが圧倒的に早かった。
「え?」
「ほの……」
瞬時に、彼女は巨大カメレオンの舌で巻き取られ、その口内へと頭から喰われ――
咄嗟に穂花の袖に引っかけた指に力を込めて、美穂もまた怪物の口へと放り込まれていたのだった。
「きゃああああ!」
「うそおおおお!」
二人して涙ながらに悲鳴を上げ、穂花はせめて美穂を守ろうと抱きしめて、美穂は飲み込まれまいと怪物の口内で両手足を伸ばして踏ん張ろうとした時だった。
――理解しなさい。
総ては法則で構成されている。総ての存在には法則がある。喩えそのモノが世界の法則から外れた理で生まれ出でたのだとしても、この世界に存在する限り、必ず法則の下に在る。
世界は理解できる。理解ができるのなら。
そう、法則があるのなら、その法則を解くことも可能だよ。
(あれ? 今のは何――)
彼女の手が触れた瞬間、そこから手応えがなくなっていく。
「ゴォッ……」
巨大カメレオンの喉奥から妙な音が漏れたかと思えば、その巨大がみるみると泡になっていき、気付けば二人は泡の広がった道の上に抱きつきながら立っていた。
「……」
「………………どゆこと?」
たった今まで大暴れしていた巨大なカメレオンは、一体どうなったのか――
「泡……に、なった……?」
「うそでしょ……」
身体中泡まみれになった二人は、ただただ呆然としたままその場から動けずにいた。




