怪獣『巨大カメレオン』と遭遇すること1
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『最強の怪獣を考えるスレ』
久々に、隣に済んでいた魔術師のお姉さんからそのURLを含んだメッセージが届いたのは半年ぶりのことだった。少女は久しぶりのメッセージに飛び跳ねそうになりつつも、今は授業中だということで努めて冷静を装いながら心の中で大騒ぎする。喉から飛び出してしまいそうな声を必死に押し込みながら、先生が黒板に文字を書いてる隙を窺った。
スマートフォンをこっそりと見ながら、そのURLをタップする。するとデザインの古い掲示板が表示され、まずはそこのスレッドタイトルが目に入った。それが先ほどのものとなる。
(最強の怪獣ぅぅ?)
自宅の隣に住んでいた女性は怪獣ものが好きだったっけ? という疑問がふと湧いて起こったが、しかしあの女性は凄く不思議な人だったことも思い出す。何しろ魔術という見たこともない力を使うような人だ。怪獣だろうが妖怪だろうがモンスターだろうが、彼女が本当にいるというのなら実在するだろうという確信がある。
最強の怪獣を語るスレッドでは沢山の『ぼくのかんがえたさいきょうのせいぶつ』が記載されていたが、どれもこれも一癖あって案外面白い。何より興味深いのがどれも無駄に一線を越えず、あくまで現実に現れたらというラインを守っているところだ。つまり巨大怪物ではあるけれど、地球をパクッと丸呑みにするだの宇宙を崩壊させるだのといったインフレしすぎない範囲に抑えられていながら、自衛隊ではなかなか退治しきれない数十メートルの陸上生物をあらゆる視点から記載している。また一つの案が出てくるとそれについてみんなが語り、設定を固めていく。
読んでいると結構ハマってしまう要素があって、彼女は顔がニヤニヤするのを必死に抑え込みながら立てた教科書の裏に隠しながら読み続ける。やがて読んでいる内に、ふと世界的に有名であり最強の怪獣といえばこれしかないじゃない、と思いついて、なんとなくそれを書き込んでみた。
『やっぱり怪獣といえばゴジラでしょ』
ほとんどスレも終了に近いところでの書き込みだったため反応したリプライ数も少なかったが、それでもその怪獣名が出てきた時は瞬間的に盛り上がった。ゴジラは【GODZZIRA】だの【呉爾羅】だの怪獣王だの、日本の映画はどうだアメリカの映画はどうだと濃い内容に満足したところで。
「小此木ー。おい、小此木? おーい」
「……………………は!」
全身に冷や汗を掻きながら、彼女はゆっくりと顔を上げる。目の前に立つのは今授業を請け負っている男性教師だ。
「なーにやってんだ?」
「え、ええっと」
目が泳ぐ。やっちまったー、と心の中で叫びながら、それでも彼女――小此木美穂は力強く答えてみせた。
「知的好奇心により世界の伝統文化における伝承について調べていました?」
「そうかそれは殊勝なことだ。今は数学の時間だということを除けばな?」
「数学に怪獣が出たっていいじゃん?」
「いやねーわ」
一言で一蹴された小此木美穂は、しゅんとなって机に突っ伏すと、後ろで結んだ髪の毛がぽよんと跳ねた。それから少し切れ目の視線を向けるものの、その瞳は潤んでいる。前の席に座っている同学年の西城穂花が自分の爪を事細かに見つめながら、一度だけ嘆息して言葉を続ける。
「授業中に何観てんのさ。後ろでなんかもぞもぞしてんなーとは思ったけどさー」
「うん。面白スレ観てた」
「なにそれ?」
「これこれ」
と、美穂はスマートフォンの画面を穂花に突き出すものの、穂花は眉を寄せるだけだった。緩いウェーブがかった髪の毛で、片側を編み込んで制服の前にぶら下がっている。どこか気怠げな垂れ目で、むしろ全身からそういう空気を醸し出してもいる。
「なんかもう終了の文字しかないんだけど」
「うっそ、うわほんと。じゃあ言葉で説明するけど、凄く深遠で思慮深くて趣のあるスレッドだったから一言じゃ終わらないけど、いい?」
「よくないからいいわ」
「実はねー」
「話すんかい」
「やっぱゴジラ最強ってこと」
「は?」
「でさ、今日の放課後どうする? いっぱい引っかけてく?」
「いや話が急転直下過ぎて無理。それに何で居酒屋行く~みたいな流れになるわけ。とりあえず放課後は予習かなぁ」
「マジか……いや私も勉強しなきゃだけど……」
「あんた無駄に成績良いじゃん。勉強いらなくね?」
「天才だってバレちゃったね……仕方ないね……」
「ちょいちょい本気でウゼーなアンタ」
ちっ、とわざとらしく舌打ちをする。そんな穂花に美穂はにんまりと微笑みながら。
「おしえたげよっか、勉強」
「二人きりで?」
「え?」
「何でもない忘れて」
「じゃあちょっと寄って行きたい店があるんだよね」
「またかー」
大体どんな店が分かっているので、穂花は諦めたようにやれやれと肩を揺すった。
「うん、お姉さんが好きそうなもん見つけたんだよね」
「その人って、もう半年は帰ってきてないんでしょ」
「今回はめっちゃ長い出張だよね。何してるんだろ」
美穂の隣に住んでいる女性は、美穂が小学生の頃に出会った不思議な大人の女性だった。美穂が今まで想像もしたことがない――想像したとしても、あくまで想像だけで現実にはないと思っていたことを再現する不思議な人だ。結構仲良くなったつもりだったのだが、ふらっと長期の出張とやらで家を空けることが多い。
「ふーん、あの女がねぇ」
「あー、穂花ってば印象わるーい」
「あの女に好かれる気はないから。で、どーすんの。勉強すんなら図書館とか?」
「どーせ店寄るんだし、途中のファミレスで良くないかな? ドリンクバーで粘ろう」
「最悪な客じゃん」
とか言いながら否定しないので、穂花も賛同しているということだろう。
いつも通りに授業を受けていつも通りに放課後となる。全生徒部活動参加を掲げている高校だが、美穂と穂花はどちらも部活に所属していない。所属すると大学推薦に有利だとか、成績に響くとかいうよからぬ噂を耳にすることこそあれ、実際にそうかどうかは誰も知らないといった具合だ。仲の良いクラスメイトも部活に参加しているからといって二人に奇異な目を向けず普通に接してくるし、案外どこの部活がどうであれ人は周囲をそこまで気にしていないのかもしれない。美穂はそこに一種の『生きやすさ』を感じて悠々自適に過ごしてはいる。穂花はどうか,知らないが、なんだかんだと放課後は一緒にだらだらと遊んでくれるのでそれでよしとしている。
とはいえ、美穂には納得できないこともあった。
「なーんで魔術の存在は認めないんだよ~」
「そんな妄想聴かされてもねぇ。ウチら高校生よ? 高校生活も半ばになろうってのにさぁ」
穂花はシャープペンシルでノートに数式と答えを書き出しながら、ぼんやりと返事をする。彼女達のテーブルにはフライドポテトとドリンクMサイズが二つ。片方は炭酸飲料で片方は珈琲だ。気怠げにリュックの紐が垂れ下がる放課後、彼女達はファミレスのとある店のテーブル席を陣取って勉強をしていた。
「魔術使えれば勉強もパパッと終了、人生ハッピーエンドじゃない」
「終わるな終わるな」
「孫達に見守られながら天国へ旅立つのじゃ……」
「果てしない人生計画じゃん。あ、ここ教えて」
「はいはいっと。えーっとココは――」
その箇所を教えつつ、美穂はじとっと穂花を見つめる。
「んぇ、なに?」
「私が魔術使えたら信じるしかないよね」
「それ、例の隣のお姉さんって人の戯言でしょ」
「いやいや、実際見たんだもん。あれは魔術以外考えられないねー」
「世の中には魔術とか魔法とか言いながら見事な手品や手練手管の口先で相手を欺す人がいるんだけど」
「お姉さんは人を欺すようなお姉さんじゃないやい」
「どーでもいーわ。次のここも教えて」
「えー、しょーがないなー。ここはねー。……やっべ、私もわっかんない」
「そういうのこそ魔法でなんとかならんわけ?」
「知らないものは知らないから、教科書様のお力をお借りしましょうや」
「妥当」
美穂が自分の鞄を開いて教科書を取り出そうとした時だった。
彼女の足下にピンポン球程度の小さなボールが転がってくる。
真っ直ぐに。他の何の力も影響を受けないように、ただひたすらにまっすぐ美穂へと向かってゆっくりと転がってきた。途中で止まるかと思いきやその様子も無く、まるでそうであるかのように他の人達の足に踏み潰されることもなく、ただそのボールが美穂の靴にこつんと触れる。真っ白で不思議なボールだ。見ただけでは材質も分からない。
「……? なに?」
「どしたん?」
「なんかボールがね」
と、美穂はその玉を拾おうと、指先で触れた。
その瞬間だった。
――数メートル級の巨大な怪物が店内に現れ、店内の天井と壁をその巨大さだけで破壊したのは。
「……は?」
誰もが言葉を失う。




