怪獣『ホムンクルス』と遭遇すること4
「……そういえば出目金の時に大量発生してましたね。こういう事態は想定しておくべきでした」
「ま、今更でしょう。さて、蹴散らすのは簡単そうですが――」
「大妖怪ならこの屋敷ごとこの辺一帯を更地にできるでしょう。ただそれやられると私が巻き込まれますが」
「あたしたちでしょーが……!」
巻き込んだ側が勝手を言うなと言葉を続けながら、穂花はそっとみそぎ達の後ろに移動する。少なくとも自分が出来ることは何もないし、相変わらず状況は意味不明で混乱ばかりが続いている。
(なんで美穂の顔してんのよ……美穂の……)
ごくり、と唾を呑む。
あまりの状況にパニックを通り越していっそ冷静になってしまった自分がいるのには驚いたが、この場で正解と言えるのは喚き散らしてみそぎ達の邪魔をしてしまうことだろう。みそぎと団三郎ほどの知識と知恵がないとしても、最低限その程度までは理解できている。
「こいつら殺しても大丈夫でしょうか」
「契約の事ならば大丈夫ですぞ。 何しろ人間でも妖怪でもないですからな。人間社会でも犯罪にはならんでしょう?」
「……鳥獣保護法とか大丈夫でしょうか?」
「アレが鳥獣に見えるなら、ですな」
「うん、まぁ政府側でも抹消するようなアレよね。恐らくホムンクルスってやつでしょう?」
「西洋に伝わる人造の小人ってやつですかな。理屈で言えば恐らく似たようなものでしょうな。まあ、ホムンクルスと命名するのは後々楽になるでしょうぞ」
「ホムンクルスはフラスコの中でしか生きることができない――」
みそぎが広げた右手を突き出す。
「炎よ!」
バン、と炎が弾ける音と、一番近付いてきていた謎の生命体――ホムンクルスの顔が後ろへと跳ねる。そのまま後方へと倒れていくその一体を踏みつけ、後方のホムンクルスがゆっくりとした歩みを進めてくる。
「切り裂け!」
さらに一体の首が地面にぼとりと落ち、その顔を容赦なく踏みつけてさらに近付いてくる。仲間意識というものは全く無いらしい。
「そもそも意思があるのかどうか。――炎よ!」
「室内は火気厳禁ですぞ。あ、それ!」
団三郎が尻尾を回すと、そこから発生した鎌鼬が一気に十を超える数のホムンクルスの胴を割く。
「大丈夫です。魔術操作は得意なので。大雑把な夜夢とは違うんです、夜夢とは」
「ほほ、そう言えるのは良いことですぞ」
会話をしながら合間に魔術を挿入して、次々とホムンクルスを葬っていく。その光景に穂花は汗を流す。
(人間じゃないってのはわかる。わかるけど)
手が震える。
(人間の顔しているモノを躊躇なく殺せるって、異常じゃんか……?)
少なくとも自分の手にナイフがあって目の前の生き物を殺す理由があったとしよう。それでも間違いなく躊躇するし、恐らくその刃を身体に突き立てることなど到底できそうにない。この状況下だからこそ生々しくそれが分かるのだ。自分は人を殺せない側の人間であると。
だが自分と同い年と思える宗近みそぎは別の学校の制服を着ながら全く躊躇することなく相手を殺す。
これが魔術師なのだ。魔術師は法律でも道理でもなく、合理で相手を殺す。それこそが魔術師の本質であるのだ。
――しかもあの子と同じ顔をした生き物を。
「……やっ……」
言葉が詰まる。
「やっ、め……!」
また一匹、倒れて踏まれる。
またヒトツ、崩れて踏まれる。
また『一人』、殺され踏まれる。
「やめろぉー!」
思わず両手を広げてみそぎの前に出る。まさかの行動にみそぎが発動しかけていた魔術を止めるのが遅れて、そこから発した衝撃が穂花の身体を突き飛ばしていた。
「――何やってんですか! アンタは!」
あの酷く冷静沈着なみそぎが声を荒らげていた。
「まさか小此木美穂と同じ顔だから庇ったんですか! そんな『どうでもいいこと』で!」
――違う、どうでもよくはない。
「こっちに来て下さい!」
そう叫びながらもみそぎは走り出している。
「団三郎!」
「わかっとりますぞ!」
みそぎと団三郎はほぼ言葉を交わさずとも上手い連携を取っていたのだろう。だからこそ有象無象のホムンクルス達を相手に上手く立ち回っていたのだが、穂花の感情が一気に溢れてそのバランスが崩れてしまった。
(なんで、なんでアタシは……?)
見下ろしている。『美穂』が自分を見下ろしている。
気付けば美穂達に囲まれていた。
よく知っている顔。凄く愛おしい顔。だけれども無表情で、そこにいつもの笑顔は無い。美穂の顔をしただけの怪物。だと十分分かっていたのに、その顔はどうしたって美穂そのものなのだ。
心が壊れるような音がする。心臓が破裂しそうなほど激しく脈打つ。『彼女達』が自分を囲んで見下ろして、そしてゆっくりと膝を突いて、自分の上に被さってくる。
心臓の鼓動が早くなる。いっそ痛いぐらいだ。
そして穂花にとって何より最悪で、何より甘美だったことは。
一度その井戸の底のように昏い瞳と瞳を合わせてしまったならば。
穂花はもう目を逸らすという選択肢を失う、ということだった。
穂花の後ろで少女が叫んでいる。妖怪が術を使っている。周囲には美穂の顔を模した――美穂そのものの顔をした人の形を成した異形が取り囲み、その中の一匹が――一人が穂花の頬を両手で掴み、乾いた唇を、まるで重い水の底をぬるりと動く異質な蛇を思わせる動きで、穂花の唇に重ねてきた。
「――っ」
声を出せなかった。出さなかった。出そうとしても、穂花の心は一瞬にして感じたことの無い色に染め上げられていた。
こうなってしまっては何も抵抗できない。しようにも、身体に力が入らない。指一本すら満足に動かせず、その乾いた唇の感触のみが脳に残り続け、侵し続け、支配下に置いていく。せいぜい後ろや前へ倒れないようにするのがせいぜいで、可能ならこのまま意識を失ってしまいたいぐらいだが、それすらも穂花の自由意志の下に存在せず、彼女のありとあらゆる感覚が異形の人間もどきに奪われていく。
「離れなさい!」
唇を交わしていた少女もどきの顔が醜くひしゃげ、後ろへと大きく倒れていく。
その倒れた一匹に対し、複数の異形達が一斉に群がって踏み潰していく。顔を、喉を、腕を、手を、指を、胸を、腹を、下腹部を、両股を、足を、何もかもを、まるで地団駄を踏んでわがままを訴える子供のように、あるいは憎しみに我を失った復讐者のように。
「あっ……えっ……」
目の前の凄惨な光景が、全く頭に入ってこない。
自分の唇を奪った美穂の顔をした何かが、みそぎの魔術によって顔を潰され、そして後ろへ倒れたと思ったら無数の同族により殺された。
――ただの一般人に過ぎない穂花の心は、これらの事実を一気に受け止めることなどできはしなかった。
「こいつら何を……!」
これ以上穂花に近付かせるのは危険だと、みそぎでなくともそう判断しただろう。だが、穂花を放っておけばまた邪魔をされる可能性がある。攻撃は団三郎に任せ、その間にみそぎが穂花を魔術で眠らせようとした時だった。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「――ッ!」
「なんじゃぁ!」
生き残っている全てのホムンクルス達が一斉に叫び始めた。
「団三郎!」
「分かりませんがほいきた逃げましょ!」
こうなった以上、強引にでもこの場を離れるのが賢明だ。屋敷そのものに何かしらの仕掛けがあるかもしれないと危惧していたからこそ団三郎も派手な妖術は控えていたが、最早そういっている段階にはない。このホムンクルス達は明らかに危険な行動を取ろうとしている。何かは分からない。分からないが、自分達が殺した死骸に向かって集まり、下の者は上の者に乗られ、さらに上に乗り、段々と山になり、恐らく一番下に居たソレは彼女らの重量によって潰れていることだろう。しかし一切構わず積み重なっていき、そして最後の一匹が上へと登り切った時。
その身体が、指先から、どろり――と溶けていった。
溶けた白い液体は下のホムンクルス達をも溶かしていく。全ての彼女達が溶けて逝く。
――いや、溶けたからといってそれが死に直結するというのは安直にも程がある。溶けることで再びカタチを成す生き物がいることを誰もが知っている。ただ溶けて再構築をする際、ドロドロの有機物を守る皮がないだけだ。
みそぎと団三郎のみならず、穂花すら思わず見守ってしまう。一体何が起きているのか。人間大の生命体が一度溶けて数十を超える個体と混ざり合って、一体どういう『生物へと進化する』のか。
「……団三郎、分類的には何だと思います?」
「大妖怪に人間側の学術を問わないで頂きたいですなぁ」
巨大なスライムのような白い塊が、徐々に凹凸を造り、何かのカタチへ成ろうとしている。下から二つに分かれ、上はボールのようになっていき、左右は細長棒を、中央が段々と細く上へと伸び、結果として身長十メートルは超えるだろう巨大な棒人間が出来上がる。
だが変化はそこで止まらない。
さらに腕の先が別れ、棒だった部分が滑らかな弧を描くように変わり、バスケットボールのような頭部も変わり、それらは間違いなくある知的生命体への姿を取っていった。
「……今のうち焼き尽くしたほうがいい気がしますけど」
「あの質量を全て焼くとなれば、この屋敷どころか外の森まで大火災に巻き込まれますなぁ。それは良くない。この近くに妖怪がいないとも限らぬとなれば、さて、ワシの立場としては黙っているわけにもいきませんからなぁ」
「……そっか、そうですよね。なら首だけ吹っ飛ばしてください。私はそこまで強い魔術使えませんので!」
「手先器用系ですものなぁ! ほいきた!」
団三郎が口から息を吐き、その息が急速に速度を増し、弾丸に匹敵する速度となり、まだ顔となっていない頭部を吹き飛ばす。そのまま後方の屋根すらも貫いていった。
「ほっ、これはいかんわい! やはり逃げますぞ!」
「マジですか……! 西城穂花、立ってください!」
みそぎが叫びながら穂花の腕を掴むが、穂花はその巨大な人型から目を離せなかった。
(分かる。今ならアタシにも分かる。アレはきっと、美穂になるんだ)
何故美穂の姿を取ろうとするのか。
(美穂になりたかった?)
何故彼女になりたいと思っているのか。
(そうじゃない。美穂になりたいんじゃない。ちがう、ちがう、そんなんじゃない。もっと――)
穂花は吹き飛ばされた筈の頭部が元に戻り、そして顔を形作るのをじっと見つめていた。
(もっと醜い感情だ!)
――そして、その顔は。
美穂本人とうり二つでありながら、まるで表情をごっそりとそぎ落とした、一種の人形と同じ怪物へと変化を――進化をする。
「あんたは美穂じゃない!」
はっきりと、そう口に出していた。
「美穂の偽物だ! 偽物が美穂の顔をするな!」
美穂はあんなことしない。美穂はそんな顔をしない。
そこにいる偽物を否定する。姿形を似せただけの、醜悪な存在だ。そんなものを許せる筈が無い。




