怪獣『ホムンクルス』と遭遇すること2
みそぎに拘束されたまま美穂がいる部屋から離されて、そのままビルを出て通りに止めてある軽自動車の後部座席に投げられた穂花は、すかさずその車から出ようと反対側のドアを掴んで開こうとするが、まったくびくともせずに何度もドアを揺らす。
「無駄ですよ。今のアナタはここから出られません」
「なんなの……あんた一体私に何しようってのよ……」
同じく後部座席に座ってきたみそぎに飛び掛かろうとするが、みそぎが小さな声で「止まれ」と呟くだけで、見えない巨大な腕に掴まれたかのように身体の自由がなくなってしまう。
「団三郎さん、出てください」
「はいはい。人間の乗り物も久し振りなんで、ちょっと揺れてもご勘弁っとぉ」
また古くさい名前だなと心の中でぼやきながら、穂花はみそぎから目を逸らす方に前を向く。運転席も目に入るが、なんとなくその部分がピントがずれたかのようにボンヤリとあやふやで、穂花は二回ほど瞬いた。背は高く、顔が『見えず』、まるで電車の車掌のようにキャップを深く被り、両手には白い手袋、灰色のスーツに身を包んでいるので一切肌を見せていない。声色からそこそこ年齢のいっている男性だろうという想像しかできなくて、穂花はこの運転手も先刻のボブと同じく魔術師という連中だろうと当たりを付ける。
「とりあえず状況を説明します。納得してくれたなら拘束を解きますが、どうします?」
「……!」
「これは無理ですね。ではこのままで。まずアナタは今人道的な扱いをされていません。その理由はですね、あの小此木美穂の近くに居たからですよ。あの怪物が狙っていたのは小此木美穂だというのは間違いなさそうですが、一つだけ共通点があったのです」
「……」
共通点とは?
問い返そうとするもまともな声が出せない。
だが美穂のことについて何かを知っているというのなら黙っているわけにはいかない。何かの拍子で拘束が解けた瞬間に逃げ出すか、あるいはこの宗近みそぎという少女をはったおすつもりだった。
「簡単ですよ。アナタと小此木美穂が一緒にいる時にしか現れていないんです。三回とも、です。たった三回、されど三回。偶然と片付けていいかどうかは、まぁ、怪物の脅威度に寄りますが」
「……むぐ、もご……」
「今の小此木美穂は魔術の結界に守られた建物の中にいるし、彼女の傍には魔術協会の最強戦力がついています。これで守れきれなかったら自衛隊が出てくる以外に方法は無くなるでしょうね。で、彼女はあそこに隔離しておく必要があります。理由は言わなくてもいいですよね」
「……」
怪物を引き寄せるのが本当に美穂なのだとしたら、この連中が取っている対応はごく当たり前ではある。さすがの穂花もその辺までは理解できる。ただ美穂は一般人だ。罪の無い一般人を監禁することは許されるのか。
「――だから言ったでしょう。人道的な扱いはしません、と警察はアマテラスは不可能でも私達はいざとなればやるんですよ。もっとも本当に自由気ままにやらせてもらえてるかは不明ですが」
(見張りがついてるってわけ?)
「さて、今から一緒にあるところを調べてもらいます。調べるというか、観てもらうといいますか。強引に罪の無い一般人を引きずり回すこともあの連中にはできません。だからといって別に特権でもありませんし、私も日本国民ですから犯罪を犯せば普通に掴まりますのでご承知を」
(念を押すじゃん……そんだけあの妙な連中と関わりが無いって言いたいわけ? や、こいつも妙な奴だけど)
何かしらの組織絡みで動いているというのなら、穂花一人が暴れたところで何の意味もなさそうだった。美穂も監禁されているのなら助けなければならないし、今はとにかく従った振りをしておくべきだろう。
そう決めた穂花は一旦目を閉じて、呼吸を整えて、再び目を開く。みそぎは全く以てそんな彼女に目も向けていなかったが、それならそれでいい。
「あの怪物とあなたたちとの関連性が取れないんですが、ちょっと気になる施設が見つかったので、そこで確認をしたいんですよね」
「……もご」
何を、と言おうとして口が塞がれてるので間の抜けた声になってしまう。
「まぁ、口ぐらいは開いてもらいますか」
「……」
「予想外です。絶対に口煩く罵ってくると思ったのですが」
「ンなことしても無駄ってことでしょ。わかってるっつーの」
「アナタ、彼女が絡んでなければ結構冷静な人間なんですよね。……その彼女、小此木美穂とは一体いつから知り合いなんですか?」
「は? なんて?」
「うん? だからいつから知り合いと――」
「親友ですが? はー、親友なんですけどー?」
「……。……………………」
みそぎは目と目の間を右手の人差し指と親指で摘まんでもみほぐした後、小さな溜息を吐いてから言い直す。
「そういえば、いつから親友なんですか?」
「小さな頃から。なに、聴きたい? 仕方無いな、ウチらのなれそめ教えたるよ」
「や、いいです、マジでいいです。言おうとしないで」
「で、美穂との関係が気になるワケ? ぶっちゃけ言ってもいいけどさぁ」
「いや、ホントにいいです。幼馴染みだってのは分かりましたから」
「別にいいじゃん。他に話すこともないし」
「いやありますけど? 何無視しようとしてんですか? こちらは幾らでも情報が欲しいんですから、何でもいいから吐いてください。ていうか吐かす」
「え、力ずくで? マジで? うっわ、野蛮人じゃん……やば……」
「これでも誰よりも理性的なキャラで売ってるんですけど?」
「あー」
運転手が声を上げる。
「イチャついとるところ悪いんですがのぉ、間もなく到着しますぞい」
「いちゃついてないんだけど」
穂花とみそぎの声が見事に重なった。
「って、着いたって……え、何? さっきまで都内だったじゃん? え、森の中?」
「ああ、みそぎちゃんは気付いてたけど、やっぱり抵抗のない人間には効果抜群ですなぁ。久々に使ったけど、まぁまぁ鈍っておらんようで安心しましたぞ」
森の奥――生い茂る木々が自ら左右に移動して道を作ったような場所の奥に屋敷があった。遠目からでも分かるぐらい広く、三階建ての屋敷には薄らと影が掛かり、息を潜めて静かに自然の中へと溶け込んでいるみたいだった。白を基調とした飾り気の無い建物ではあるが、オフィスビルといった様子でも無い。まさしく別荘としての屋敷というのが一番しっくりくる。けれど窓には装飾がされておらず、屋敷自体も相当年代物なのだろうと察することができた。
「なにあそこ。幽霊屋敷?」
不気味さと悪寒が同時に背筋を駆け上っていき、足下から震えが来る。あの屋敷もそうだが、いつの間にこんな所へ来ていたのか、その時間的な体感がまるで無い。この顔の見えない奇妙な運転手がそうしたのだろうか。――本当に人間なのだろうか。
「とある情報筋から貰った情報だと、ある人物の屋敷の一つらしいです。徹底的に物件の購入履歴を調査した結果、見つけた隠れ家の一つといったところでしょうか」
「こんなとこに連れてきて、どーするつもりなのさ」
「アナタがもし今回の事件に何かしら関わりがあるのか、あるいあアナタが独りでも怪物が出てくるのか、その辺の見極めもしたいですし」
「見極めって……」
「――それに、アナタ自身に何もないというのは、やっぱりちょっと不自然じゃないですか?」
穂花には意味不明な言葉だったが、しかしみそぎという少女は何か確信めいたようにそう呟いたのだった。
時間は少し巻き戻る。
古いアパートの一室で、河合はその部屋の中を見回していた。部屋の中は一つを除き、全く以て殺風景である。カーテンも完全に閉じきっているから部屋も暗く、しかしその代わりにエアコンは動いていた。長年誰も入っていないのだろうか、ほこりっぽい空気にしかめっ面となりながら、河合は部屋の中央に居座る和式の部屋には不釣り合いな物体に近付いていく。
異様なファンの音。目に刺さるように点滅するライト。鉄の柵の中に入った黒い箱。複数もの配線が刺さっており、今も稼働中だということを殊更強調しているようだ。
サーバーラックだ。もう何年も人が入っていないだろうアパートの一室にある異質なそれに、河合は嘆息する。
「働き者だな」
「あなたも働きなさいよ」
「きっついな、空月ちゃん」
「誰がちゃんよ、誰が。あーもー、体力と魔力が回復した途端こき使っちゃって」
河合は思わず苦笑する。
「まぁ、まだこっちのほうがマシだったんじゃない?」
「……そう?」
「あっちはあっちで犬飼さんが念のための準備してるんでしょ? それに組み込まれたらそれこそ一服もできないんじゃないか?」
「――それは、、うん、そうね」
黒髪短髪のその女性は見た目はどこか凜々しいが、嫌なことを想像したのか見るからに顔が青ざめている。
「だよなぁ。あの人、俺達魔術師のこと魔力補給しときゃ永遠に働くロボットか何かだと思ってる節があるよな」
「そこまでは言わないけど……あ、ごめん、やっぱそれ思うわ。ありうる。や、雑談はここまでにして、この部屋って例の山塚透が借りてた所なんでしょ」
「そ、誰でも借りられる部屋ってまだまだ日本には多いからね。そういうところを選んでるらしい。金さえ振り込まれてればアパートの管理人だって何も文句言わないって感じのトコだよ」
「……ふぅん。どうりでボロボロなわけね。つーかカビ臭いわ、マジで。こんなところにサーバーなんて置いて大丈夫なの?」
「ウイルスが入ってもどうなってもいいっぽいよ、コレ。サーバの中見るとウイルスだらけだし、壊れても構わないんじゃないか?」
河合はアマテラスや警察に頼んで他にも借りているという山塚透のアパートを調査依頼していたが、どこにもサーバーが置かれていたという。
「このサーバーの構成、知ってる?」
「あんまりサーバーって知らないっていうか……正直初めてこういうの観た」
「あっそ。これ、WEBサーバーと仮想ルーターが同一の端末で、もう一つは必ずAIアクセラレータ特化型サーバなんだよ」
「? 何ソレ」
「AIあるでしょ、アレ用のサーバ。各種掲示板で集めた情報を下にAIで特定の処理をさせていた、ということ」
「……何を処理してたの?」
「ぶっちゃけると、怪物の作り方」
「怪物って、あの出目金とかの?」
「状況から考えるとね。それを日本中のあらゆるアパートでAI処理させて『実現させるにはどうしたらいいか』という条件付けで休まず計算させていた。その計算結果が送信されているんだけれど、いくつものプロキシを経由していてなかなか追えないって話だよ」
「よく分からないけど、つまりどこかで集めた情報を基に怪物を製造してるってことね」
「まぁ、そういうこと。ただAIサーバがいくら優秀だろうと生命体の創造を構築できるかはちょっと疑問だよ。何か裏にあるんじゃないか、コレ」
「あ、刑事っぽい」
「一応肩書きは刑事だよ、俺」
とはいえ警察権限でアパートの一室に入っているのではなく、空月の魔術で勝手に鍵を開けているのだが。
そもそも誰が出入りしているのかすら意識していないようなアパートの管理人だ。余所者がいたとして一切気に掛けることはないだろう。
「目下、俺達アマテラスが目指す目標は山塚透の目的だよ。山塚透の経歴を漁ってるのもその一環かな」
「その山塚透、元々生物学者なんでしょ」
「まんまだよな。アメリカで研究していて、日本に戻ってきてからも研究していたらしい。一応医者でもあったらしいんだけど、その期間は極めて短い。妻がいたらしいが他界している。年齢は五十八、子供はなし。魔術師の家系だから魔術に対する知識もある。元々魔術師なんて研究者気質の人間が多いから、まぁ不思議でもなんでもない経歴なんだよなー」
「そもそも山塚透と小此木美穂との繋がりはあるの?」
「わっかんね。全然その辺は繋がらないんだよなー。なんで小此木美穂の前にあんなモンが現れるのか。そもそもアレが何なのかもわっかんない」
だからこそ山塚透の足跡を辿っていくしかない。
アパートの部屋の中を調べていると、ふと閉じてある襖の隙間に一枚の紙が挟まっているのに気づき、空月はそれを摘まんで折ってあった紙を広げる。
ボールペンか何かで何事か記載されており、実に達筆だ。高度な教育を受けた人物のものであることを匂わせる。
『私は救いたかった』
(救いたかった? 何を?)
『この世界は終わっている』
ぞっとする。この世界の終わりというのは、魔術師ならばほぼ共通認識のあることであるからだ。そう、この世界は終わっている。だが、その終わりを座して迎えるだけをよしとせず、アマテラスは組織されたのだ。この世界はまだ終わっていない。終わっていないが、しかし――
魔術師ならば知っている。だが、魔術師だけにしか世界の終わりが見えていない。この文字を書いた男――山塚透はその『終わり』が見えていたのか、あるいは全く別の絶望を抱えていたのか。
(魔術の知識があって、魔術が使えない人間……私には推し量れないわね)
その一文の横には住所が記載されている。
「ちょっと、河合」
「ん?」
「これ、住所」
河合の顔が急に引き締まり、その住所に目を通す。
「え、どこだこりゃ。ちょっと検索っと――うわ、何だコレ、山の中だぞ」
「え、ホントだ。ここに何があるの?」
「衛星写真だと……屋敷があるな」
「んー、誰かに調査行かせる? それとも私達が行く?」
「情報をアマテラスだけに回して、俺達で向かうってのはどう?」
「ま、そうよね。でも松沢さんと懇意にしてなかった? いいの?」
「ん~」
河合は頭の後ろをぼりぼりと掻く。
「悪い人じゃないんだろうけど、ちょっとね。今の魔術協会も俺が居た頃に比べてどうも焦臭いしな……」
「ちなみに何かあっても自分の身は自分で守ってね。私、何も知らない一般人なら守るけど、同じ魔術師は守りたくないもの」
「あ、うん。わかった……」
――魔術師としての格が違い過ぎるんだけどなぁ。
その一言を飲み込んで、アマテラスに一報を入れてからアパートを出たのだった。
私は救いたかった。
この世界は終わっている。
神に見放された時、終わりは確定したのだ。
だから私は――




