怪獣『ホムンクルス』と遭遇すること1
「――で、起きましたね」
パイプ椅子に座った宗近みそぎがスマホを弄りながら口を開く。――どうしてその少女の名前が分かったのか、理由が思い出せない。頭に霞が掛かったように動きが鈍く感じ、けれどいつものように目を覚ましたのがたまらない違和感だった。
まず彼女の目に入ったのは心配そうに覗き込んでくる友人の顔だ。何度も泣いたのか、目元が腫れているようだ。そんな友人に微笑むと、なぜか思い切り鼻をつままれる。
「ひゃんで!」
「何でじゃないっつーの! なに爽やかな笑顔してんのさ! 少しは反省しろ!」
「いひゃいいひゃい!」
観ると、どうやら医務室のベッドに寝ていたらしい。医務室と一言で思い浮かんでも、そもそも見知らぬ場所であることに違いはない。どうしてこんな場所で寝ていたのか。また穂花が何で泣いているのか。記憶がごっそりと抜け落ちているようだ。
――何が起こったのだろう。
「穂花、ちょ、わけわかんないからちょっと離れて」
「ざけんな。危ない真似ばっかするじゃん、あんた。人がどんだけ――」
「はい、そこまででいいですか?」
文句を言おうと口を開いた穂花の肩を掴んで、強引に後ろへと引き離す。
「ちょ、あんた何……!」
「静かにしてください」
その一言には強い意味があった。額面通りではあるのだが、そこにはみそぎから流れる魔力が乗り移り、実際に力となって穂花の腕と足をその場に拘束する。完全に縛り上げるというのではなく、両手足並びに口元を固定したようだ。
「いくつか質問があるんですけど、もちろん貴女には拒否権なんてありませんから」
強力な魔術師だ。同い年に見えるが、その中身は全く同じ年齢とは思えない、静かでありながら圧倒的な威圧感を覚える。
拒否権は無い、というのはこれもまさに言葉通りだろう。
「私は国民に手を出せない警察や自衛隊、人類に一切危害を与えることを禁止されているアマテラス側の人間ではないことを先に告げておきます。なので、まぁ、常識の範囲内や常識の範囲外のことも平然とやっちゃいますので、了承してください」
「いや、したくないんだけど……」
「ではまず、気絶するまでのことを覚えていますか?」
「気絶するまで……?」
――じっ、と頭の中に妙なノイズが走る。
「……生命体。生命体の解析の、こと?」
「話が早い。助かります。では貴女が何をしたのか、説明は可能ですか?」
「そ、れは……その……」
どうやって言葉にしたものか。
見えない魔術で拘束されている穂花が必死になって藻掻いているのが目に入る。
「穂花を解放してくれたら、説明する」
「へぇ、この状態で交渉してくるなんて良い度胸です。クソ度胸とも言えますね。そういうのは面倒くさいので後にしてもらえます?」
「穂花を解放して」
「断ります。意味が無いので。何なら強引に聞き出してもいいんですよ。先ほどの意味はここに繋がってることぐらい、『理解』してるでしょ?」
「……」
目の前の魔術師である少女が自分では全く歯が立たない程の力を秘めていることは承知の上だ。そもそも魔術師である以上、素手でどうにかできる相手ではない。それこそ拳銃やそれに類する現代兵器を持っていない限り、全く以てどうしようもないだろう。
「じゃあ、穂花の無事は保証する?」
「そもそもどうにもしないんですけどね。五月蠅いから黙っていて貰ってるんです」
「……ホント?」
「疑い深いですね。貴女が魔術師なら私が夜夢を連れてきてない時点で察してくれるんですが、これだから一般人は面倒臭いんですよ。じゃ、話してください」
「……分かった。説明が難しいんだけど、私はあの怪物達の、なんつーか、身体の造り? 細胞? セル? ぶるあぁ? がなんか分かっちゃって、こう、分解できちゃうみたいな」
「……」
みそぎの両目がすっ……と半眼になり、今の説明をどうしたものかと、大きく息を吐いた。
「バカですか? バカなんですね」
後ろの穂花がより一層暴れたそうにもの凄い形相でみそぎを睨み付けている。
「バカじゃないんですけどぉ! これでもちゃんと赤点回避してんですけどぉ! この間もベンキョーしようとしたら巨大カメレオンに邪魔されたんですけどぉ!」
「まるで馬鹿な反論にいっそ頭痛がしますね」
「またバカって言ったな、この……!」
「で、私も解析が得意な方なんですけど、貴女がやったことを私なりに解析してみました。恐らく魔力による体内構成の解析、分析、そして組織間の構造えと魔力を流して生物としての繋がりを解除、それ故に分解したとみていますが、違いますか?」
「ぬぐっ、なんか頭の良いこと言われてるし……腹立つわぁ……!」
「肯定と受け取ります。で、魔力そのものの理解をしているかが問題なんですが、そもそも魔力とは何でしょうか」
「は? 知らないし」
「でしょうね。どう見ても魔術師ではないでしょうし」
「普通の家の子なんですぅー」
「普通?」
はぁ、とわざとらしく溜息を吐く。
「あんな怪物を瞬時に理解・解析・分解を行うような普通の高校生がそこらにいてたまるものかって話ですよ。やっぱ馬鹿ですね」
「ぬあー! もうむかついた! 泣かす!」
「はいはい、その前にこの問いに答えてください。生物を構成する魔力の基本的構造について」
「――っ」
彼女は思わず身体を止めていた。
「あれらの生命体の基本情報は魔力によって保存され、あれらの生命体を生物と成している肉体は有機物、そして魔力による結合がされている……」
「よく出来ました。何となく私の想像していた答えと一緒で正直ほっとしましたよ。――となると、これもやらないといけないわけですか」
「何を……?」
「団三郎さん、あとはよろしく」
「――ほいほい」
一気に背筋が凍る。
何者かが突然この部屋のどこかに現れた。
魔術師では無い彼女が魔術による探知、あるいは魔力の波動を感じ取ることはできない。それでもまるで部屋の温度が一気に氷点下へと下がったような、あり得ない感覚に顔が青ざめる。
本来なら人間の前に姿を顕すことなどないだろう、御伽噺や神話、あるいは伝承の中でしか見聞きすることのない、人間とは一線を画すモノ。魔術師は決して普通の人間とは違う。だけれども人間である。故に恐ろしい存在として過去から――
(――過去から、なに?)
今、何も聴いていないことを勝手に想像しようとした。あるいは眼前の少女を解析することでその歴史を紐解こうとしたのかもしれない。宗近みそぎという少女はそれだけ魔術師らしい魔術師ということなのだが、そもそも魔術師という存在を数える程しか識らない彼女にとって、さすがにそこまでの判断材料は無い。だが、それでも確実に真実へ近付こうとしたのだ。
(なに、これ、怖い……?)
己の身体がまるで己のモノではない、気色の悪い誰かが記憶や思考力を改ざんでもしているようだ。吐き気がする。吐いたところで全く気分など変わらないが、それでも何もかも吐き棄ててしまいたくなる。
「次、その生命体が一個体を狙う理由について」
「……恐らく欠けた情報の穴埋め。あるいは本能に根付いた行動原理。または両方。あの生命体は生命体であって地球上のどの生命体とも違うから、そもそも食すという行為が本能にあるのかは不明。行動原理そのものについては目的があることから地球上の生命体のような意思はあるものと思われる」
「欠けた情報とは?」
「分からない。わたしのなかにあるわたしのことはわたしにもわからない」
「……。なるほど、まだ情報が足りない、か。いいでしょう。それにそろそろまた限界が来るでしょうから」
「……?」
「その間、貴女の親友は借りていきますよ」
「へ?」
「ちょっ!」
立ち上がったみそぎは穂花の後ろへと回り、襟首を掴む。同時に穂花の全身がビクッと震え、穂花が睨むものの、どうやら身体が動かないらしい。
「な、なにするの……!」
「ああ、動かない方がいいですよ。貴女、あの出目金退治の時に相当触れたでしょ。あの怪物達の特徴の一つとして、魔力食いがあるんです。尤も生命維持のための魔力食いなのかは知りませんけど、それに触れた貴女は相当体内魔力を吸われたんですよ」
「魔力を……え、魔力って私にもあるの?」
「魔力は『全てのものに存在している』エネルギーですよ。人間の歴史では発見されず、現時点では魔術師しか感知できませんが、全ての生命体は魔力が必ず宿っています。で、その魔力がゼロになるということは――この言葉が適当かどうかはさておき、肉体のカロリーがゼロになると死ぬように、魂のエネルギーがゼロになると死ぬ、という訳です。そういう精神的なものだと思ってください。現にあの時貴女を庇った――」
「?」
「いえ、何でもありません。じゃあ私はこの子を連れていきますので、貴女はそこで休んでなさい」
「待って! ちょっ……っとぉぅわ! んげ、か、からだが、動かないいぃぃ……!」
「当然です。何のために問答したと思ってるんですか。貴女、解析にも魔力を使ってるんですよ。魔力はあらゆるエネルギーなんですから、貴女が『識らない』ことや『本来存在しない思考能力』を魔力で肩代わりしたようなものです。回復した魔力を使わせたんだから、当然からっけつでしょ。そういうわけで、それじゃ」
「んぐおぉぉぉ……!」
抵抗できない穂花を引き摺りながら部屋を出て行くのと入れ替わるように、彼女はより恐ろしい存在がひょっこりと入ってくるのを観て、顔中から汗が溢れ出した。
「じゃ、アタシとお話しよっか~ぁ?」
宗近みそぎも実に馬鹿らしいぐらい別格の人間だと理解できたが、彼女の代わりに現れたその少女はまさしく桁違いの存在だった。
「この夜夢ちゃんと喋れるなんて贅沢っしょ~?」
――浪木夜夢。
現代最高峰のA級魔術師として登録されている、極東魔術協会においての切り札。あるいは大量破壊兵器とも称されることのある、単体で大妖怪と真正面から戦うことを可能とする規格外の生命体。
その彼女がここに現れ、にやにやと笑みを浮かべている。
彼女は浪木夜夢のことは何も識らない。識らないが、彼女から溢れる魔力を皮膚で吸収でもしたのか、何故か唐突に理解してしまったのだ。具体的な言葉ではなく、単純に彼女が得体の知れ得ない怪物だということを、だ。
「あ、うっ……」
「みそぎも人使いが荒いよね。この部屋にアタシがいないなんて言いながら、部屋の外で待機させてたんだよねー」
「な、なんで……?」
「んあ? あー、あーあー、なんでウチがアンタのコト観てるのかって? 決まってんじゃん。あの怪物が出てきてもアタシならどーとでもなるし。つーかさぁ、あの怪物魔術が効いたんしょ? んならアタシが結界張ってるこの建物に現れるなんて無理無理。そゆこと~。建前上はね」
浪木夜夢が魔術による結界を張っている。あの怪物達は実際に魔術による効果が認められた。その魔術によって結界を張っている以上、外部からあの球が転がってくる余地はどこにもない。もし彼女達がまだ把握していない手段で仮に巨大不明生物が現れたとしても、今まで出てきた三件の例を挙げる限り浪木夜夢ならば全てに対処可能だという判断ということだった。
誰がそう判断を下したのかまでは不明なものの、この夜夢を動かせる人間となるとごく一部の人間しかいない。極東魔術協会の会長クラスか、あるいはごく親しい人間だ。
「それとさ、みそぎは敢えて言わなかったみたいだけどさ~、あんた名前思い出せるん?」
「……え?」
「みそぎ、わざと名前言ってなかったじゃん。ま、自分で自分の名前って言わないけどさ~! ねーねーねー、覚えてる? 魔力欠乏症って記憶の欠如も起こるらしーしさぁ!」
「なま、え……?」
「あ、やっぱダメだこれ。勝手に使っちゃってるわ。アンタ壊れちゃってるねぇ?」
――自分の名前。
彼女は、ぞっと襲ってきた怖気に。
両腕を掴んで震えだしたのだった。




