怪獣『出目金』と遭遇すること4
運転手が応えると、ものすごい急加速で二人の身体が後部座席に押し付けられる。
「ちょ、これ、高速走ってんじゃないんだから……」
「時間は稼げれば稼げるだけいいんだなこれが!」
運転席から後部座席に向けて親指を立ててくる。
「と、とりあえずこれで逃げられるってことだよね!」
美穂が問いかけると、運転手は大きく笑った後に。
「いや、早計過ぎるねソレは。相手は壁すらすり抜ける奇怪な連中だ。次にどういった手で来るかわからないぞ。油断はするな」
「と言われても」
後部座席に座っている以上に何をすればいいのだろうか。恐らくは心構えについてなのだが、巨大怪獣相手ならまだ二度の遭遇を経て心構えも出来ていたが、まさか無数の出目金となれば話は別だ。
「どうすればいいっていうのさ」
「だよね」
穂花の言葉にうんうんと頷く。とりあえずシートベルトをするかと手を伸ばすと、運転席からぬっと日焼けしまくった大きな手が伸びてきた。
「ダメだ。危険だがシートベルトはするな。いざとなったらそれが邪魔で助けられないぞ」
「ええっ……」
「走ってる車から放り出されてもなんとかしてみせる。それがE級魔術師の維持ってもんさ」
「や、魔術ってそもそも何さ」
「あ、それはさ、ほら以前にも花美お姉さんが使ってるっていってたアレだよ」
「ああ、美穂の冗談――」
「いやいやいや冗談じゃなくてマジだって! 花美お姉さんは私に魔術を見せてくれてたんだって! 魔法じゃないよ魔術だよ!」
「なんかちょっとリズムに乗って言うのやめろし」
「よーよーまほーじゃないよまじゅつだよ」
「むしろノリノリになってんじゃん?」
「ちょっと待てお前ら、それ誰のこと――ちっ、マジかよ! 空月!」
「見えてるわ! 道は作るからそのまま突っ込んで!」
「了解!」
まさか、と美穂が前方に目を向けると、十匹は超えるだろう出目金の群れがゆらゆらと真正面から突っ込んで来ようとしていた。
それらが突然突風らしき力で左右に吹っ飛んでいく。
「おお! 空月先生の魔術!」
「さすが空月せんせー! かっこいいー!」
「やるじゃねぇか空月先生!」
「なんであんたまで先生呼びなのよ!」
ツッコミは全員がスルーしつつ、運転手が開けた通りを奔り抜けていく。前を走る自動車をごぼう抜きしていくといえばまるで華麗なドライビングによって躱しているようにも聞こえるかもしれないが、実際はとんでもなく大暴れな運転で、避けるために左右に揺れまくる自動車の中は一種の地獄のようだった。
「ぎもぢわる……!」
「吐くなよ! これでも俺の相棒なんだ!」
相棒ならもっと大事にしろと言いたいところだが、状況が状況であり安全運転とはいかないのも確かだ。それが元で事故を起こされたら元も子もないのだが、だからといって規則を守っていて逃げ切れるような相手ではない。
幸い、というべきかは不明だが出目金は美穂達を追い掛けるだけで他に被害を出していないように思えた。
「案外触っても大丈夫じゃね……?」
「いやいや、あんな空飛ぶ出目金に触れられる?」
「言われてみれば普通の出目金もダメだったわ、私」
「そういうとこだぞ穂花。ちなみに普通の出目金は可愛いぞ」
美穂からすればあまりにも得体が知れない――というわけではない。ずっと追われて何度も目が合っていたからか、薄らとその生態を頭が理解しようとしていた。彼らの構造とその目的の先にあるゴール地点は何か。だが、それらがどういう意味を成しているのかまでは理解が及ばない。恐らくそこは解析すべき部分にないからだ。
「理解すべきことってなんだろ?」
「え、こんな状況で哲学か何か? ちょ、すっげ、心強すぎるし。美穂って時々やべーよね」
「いやいやいや! 大事だよこれ! 解析しないと倒せないじゃん!」
「『解析しないと倒せない』? 嬢ちゃん、それについて後でちょっと確認取らせてくれないか?」
「運転手さんは運転に集中しててください!」
「おっとぉ、ごもっともだ!」
華麗といえばそうだが、どちらかといえば豪快なハンドルさばきとそれに応える自動車、そしてその度に右に左にと身体を揺らす二人。揺られているというより押し付けられているという表現が合っているかもしれない。
「とにかく解析が必要なの! そうすれば消せるかもしれない! 段々思い出してきた! ってことで!」
「そんな曖昧な言葉で止まってやれるほど、今の俺とコイツは甘くはないんだぜぇ!」
「それただの走り屋じゃん! 峠でも攻めるの!」
「そいつもクールだ! だが今は都会のドライブといこうぜ! ゴールは俺達の支部だぜ!」
「なんか無駄話が聞こえる気がするんだけど、ちゃんと運転してるんでしょうね!」
天井からしっかりと空月の声が耳をつんざく。これだけ粗いドライブ中でも天井から落ちることなく、さらにこれだけの大声を出せるとも思えず、恐らく声を届けるために魔術を使っているのだろう。
「ラジャー、先生!」
「先生言うな! あんたのほうが年上でしょ!」
「年功序列なんて古いぜ! 時代は実力社会さ!」
「あーそーですか! とにかくまた前に集まってきてるわ。もう一度吹き飛ばすからスピードは緩めないでね。っていうかどうやって先回りしてるのよ……!」
確かに、と車の中の三人はその疑問に頷く。
さっきから曲がることなく、ほぼ真っ直ぐに自動車をかっ飛ばしている。となれば建物をすり抜けてショートカットを使ってきたとしても純粋な速度差で追い着けないはずだが、実際には車の遙か前で揺らめく出目金達が述体以上いる。
「物理法則無視どころか、魔術の法則すらも無視してんじゃないの……っつーの! 吹っ飛びなさい!」
またもや魔術が展開されて、道を塞ぐ出目金が吹っ飛んでいく。
「はっ……ふうっ……!」
空月は深く、しかし短く息を吸い、吐く。体内の残存魔力の確認を行った後、あと何回同じ魔術が使えるかを冷静に見極める。魔術師ならば如何なる状況であれ冷静であること、少なくとも彼女は魔術師の家庭で育ち、そう教わってきている。それが正しいかどうか、そんなこと今はどうでもいい。冷静であっても発狂しても陥る状況が同じならばせめて理性的であるべきだ、というのが空月の持論だ。
「あと二発!」
「少ねぇな!」
超法規的特殊現象対策機関『アマテラス』の最寄りの支部までもう間近ではあるが、それでもあと二回しか出目金達を吹き飛ばせないのは心許ない。
「俺も魔術を使うか!」
「運転に集中してお願いだから! この速度で事故ったら終わる!」
「おおう、ごもっともだぁ!」
ならと男は助手席に転がしておいた無線を手に取り話しかける。
「へい聞こえるか! こちらドライバー! お客さん二名搭乗! 敵に追われてる! 現在位置はすぐ近くだが、このままでは全員おじゃんだ! オッケー!」
無線機から色々な言葉が混じって聞こえてくるが、自動車の走る音が凄まじいのと、何か大事なところが聞こえそうなところで狙ったように空月の魔術が発動し、二人の耳には何も届かなかった。
「ああ! 情報アリだ! 絶対に護れ! 期待してるぞブラジャー!」
「ザー! ザーね! とんでもねー間違いしてるから!」
「古典的過ぎね? え、昭和?」
「これでも平成生まれなんだなぁ! っと、やべぇ、こいつはやべぇぞ!」
気付けば四方八方から出目金が沸いている。
「な、なにこの数……!」
先ほど空月は三百体以上いると言っていたが、今見える数だけでも三百どころではないだろう。とにかく見える範囲全てに人の頭ほどもある出目金が沸いて出てきている。当然前方にもだ。爆走する自動車に追い着ける速度ではないが、空月の魔術があと一回しか使えないとなると数の暴力で完全に押し負ける。
「や、やばくない?」
「やばい、めっちゃやばい」
「くっそ! 突っ込むしかねぇな! 空月、吹っ飛ばすんじゃなくて魔術で車を守ってくれ! 後はスピード勝負だ!」
「了解!」
空月が残った魔力で術式を切り替えて、自動車の形に合わせて魔術の結界を張った瞬間だった。
ふと、美穂と穂花の眼前に、出目金が現れた。
唐突に。まるで最初からそこにいたかのように。あるいはそこで瞬時に生まれ出でたかのように。
男が瞬時に異常を察知するが、手遅れだった。
穂花が反射的に美穂を庇おうとするが、何もかも遅い。
だから美穂は目を見開き、全身の感覚を開いて。
出目金に触れた。




