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SINJÜ  作者: 平乃ひら
怪獣『出目金』と遭遇すること
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12/23

怪獣『出目金』と遭遇すること3

 二人があらぬ方向へ走っていくのを見た大人の二人は、自分達がこの謎の生命体――と呼んでいいのかは二人して疑問を抱くが――から彼女達を守り切れていないことを意味している。

 これでは護衛をしている意味が無い。

「ま、待つんだ君達! ええい、こいつら倒しても倒しても沸いてくる! 壁を作る! 彼女達を追ってくれ!」

「分かったわ! それにあの子気になることを言ってたからね、身柄は確実に確保するわ!」

「ああ!」

 男は返事をしながら、誰か一人でもあの二人と一緒にいてくれればいざという時はどうにでもなると思い、今度こそ男は魔術師としての本領を発揮する。

 本来ならばこんな道の往来で魔術を使うなど言語道断なのだが、さすがにそうも言っていられない。後で幾らでもお咎めを喰らってもいいが、何の罪も無い子供達が襲われるのを放置しておけるほど、この男は人としての理性を失ってはいなかった。

「魔術で消せるなら障壁を張れば!」

 魔術を構築し、辺り一帯に魔術の透明なドーム型をした壁を作る。それらは少なくとも男から見える範囲にいる出目金達を全て捕らえているはずだった。

「……っ」

 負荷が大きい。

 魔術とは体内を循環する魔力に意味を持たせ、具現化する技術だ。魔術の規模は本人が有する魔力の量に比例する。男の魔力量は巨大というほどではないものの、それなりにあるつもりだった。が、ある程度の範囲において『特定の相手』だけを通さない透明な結界ともなれば魔力消費も激しい。魔術は巨大であればあるほど、複雑であればあるほど消費が比例して大きくなっていくものだ。

「……はぁ、はっ……」

 出目金達が透明の壁に弾かれてはまたもやぶつかって弾かれることを繰り返している。方向は全て同じであり、彼女達が逃げていった方向だ。

(やはり小此木美穂を狙っている……何故……?)

 彼女は『魔術師ではない』と結果が出ている。実際に彼女達と面談した魔術師が目の前で魔術構成を見せてみてもまるで反応しなかったことから確実だった。ただの一般人を襲う理由など、大昔の妖怪が跋扈していた時代ならまだしも、現代においてメリットはほとんどないだろう。尤もこの出目金達が妖怪と同じ頭脳の持ち主であり、理性的な判断を下しているとは到底思えないが――

(だとしたら本能的に追ってるってことになる。どういう本能だよ。そんなに旨そうに見えるのかね!)

 動物の本能なら、大体が食欲だろう。

 小此木美穂、あるいは西城穂花のどちらかを捕食しようと出現したと考えるのは当然だが、どうしても腑に落ちなかった。

(――そんな単純な話なのか、これは)

 とりあえず自分の魔力が持つ間は出目金達を抑え込めておけそうだと思っていた矢先だった。

 出目金達が一斉に振り返る――男の方へと。

「……え?」

 まさか、という嫌な予感と疑問は、出目金達が一斉に男へと襲いかかることで答えとなって返ってきた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 美穂と穂花が結構全速力で走っているところへ、あの女性――黒ずくめスーツの魔術師があっさりと追い着いてくる。確かに二人とも陸上選手でも何でも無いが、それでも常人を超える見事な身体能力を目の当たりにして、特に穂花が驚いていた。

「すっげ……陸上の日本代表か何か……?」

「違います。詳しい説明は後で。二人とも、私から離れないでください。今応援を呼びました。すぐに私を目印に車が来ますから、それに乗って下さい」

「うっわ!」

 穂花が後ろをチラリと見ると、有象無象の出目金の群れが追い掛けてきていた。幸いなことに見た目通りさほど速くはないということだろうか。もし見た目と違って速かったなら、最初に遭遇した次の瞬間には美穂の身体に出目金の突撃がぶちかまされていただろう。

「なんかもう笑えてくる」

「笑ってる場合じゃなくないかなぁ!」

「最近の女子高生ってほんと緊張感無いんだから……!」

「お姉さん、ソレ結構おばさんくさいよ」

「まだ二十代なんですけど! あと名前! 空月よ! そ・ら・づ・き! はい復唱!」

「急に先生っぽくなった」

「じゃあ空月先生でよくね?」

「おっけ、採用」

「採用すんな!」

 空月は振り返りながら声を張り上げて魔術を唱える。彼女から発せられた雷が視界を埋めようとしてくる出目金達の中央を貫き、幾つもの個体を焼き、消滅させる。確かに凄まじい威力ではあるのだが十や二十を殺したところで対して状況に変化は無かった。

「何匹いんだっつーの!」

 穂花が悲鳴の代わりに問いを投げると、

「既に三百二十二匹いるわよ」

 あっさりと空月が答える。

「なんでわかんの! こっわ!」

「ああもう、魔術よ魔術! 探知魔術ってのがあって、それで数を読んでみたのよ! そんなことはどうでもいいから逃げて逃げて!」

「いやもう限界なんですけどー!」

 目一杯走っているにも関わらず、ゆらゆらと飛んでくるだけの有象無象とした出目金達がどうしても振り切れない。

 それも当然だ。その出目金達は動きこそ遅いものの、まるで障害物が無いかのように建物をすり抜けているのだ。どうしたって道路に沿って走っている美穂達では距離を空けることができない。かといって追い着かれたらどうせ碌な事にならないだろうと、あの巨大鳩の一件で思い知っている。一連の報告を受けているだろう空月もまた同じ考えであり、とにかく美穂と穂花を守るならあの出目金達から離れるのが最善手だ。――が、到底逃がしてくれそうもなかった。

「……っ、そもそもどうしてあんなモノに狙われてるの!」

「それが分かったら苦労しないよ先生ぇ!」

「だから先生じゃないって! くっ、刻め!」

 一番先頭を『泳いでくる』人の頭ぐらいありそうな出目金を魔術の疾風で切り刻む。

「拙いわね……!」

 空月一人ならなんとかなるかもしれないが、そもそも出目金の狙いが空月ではない以上、自分が逃げたところで根本的な解決にならない。自分の身だけを守りたいなら最初から護衛なんて引き受けないし、恐らくは何も識らないだろうこの二人を放っておくことは――魔術師以前に人として許せることではなかった。特に魔術という人ならざる力を持つ者ならば、だ。

 これだけの数といえど、空月はアルファベット持ちの位である魔術師だ。立ち止まり魔術を唱えればどうにかなる自信はあった。問題は立ち止まって魔術を唱えている時間的余裕があるかどうかだが、恐らくは無理だろう。こうして寄ってきた出目金をちまちまと叩き落とすことでなんとか美穂と穂花に触れさせていない予断を許さぬ状態が続いているのだ。

「魔術が効くなら、突風そのものはどうよ!」

 少しだけ強めに息を吸って、身体中に巡らせていた身体強化用の魔力を魔術に回す。どっと疲労が身体に押し寄せてくるがそれは無視することにして、彼女は頭の中で組んだ構成をできるだけ省略して唱える。

「吹っ飛べぇ!」

 彼女の後方から凄まじい風が吹きすさび、襲い来る出目金達の行進を足止めするに留まらず、まるで風船よろしく無数の出目金達が後ろへと転がり、吹っ飛び、散っていった。

「――ぶはぁっ! やっば! めっちゃくちゃ疲れた! さ、逃げるわよ!」

「すっげ……」

 思わず呆然とする穂花の背中を叩いて、空月が催促する。見える限りの出目金が吹っ飛んでいったが、それも一時的なものだろう。本気で対処するならもっと大人数の魔術師が必要だ。

(単純な火力でどうにかなりそうにないわね。物理無効持ちだけど、魔力を含む攻撃なら通じる……警察には頼れない、か)

 それにもう一度今みたいな魔術を使うのも難しい。体内の魔力を総動員したことによる魔力の消耗が激しいというのもそうだが、強い魔術であればあるほど詠唱は長くなる。つまり言葉による具現化が大事なわけだが、そこを強引に短縮したのだ。広範囲に影響を及ぼしながら詠唱の短縮による肉体への負荷は相当なもので、すぐに魔力操作で肉体強化による痛みの軽減を狙ったのはいいものの、走っているだけで足下から首元まで嫌な痛みが奔り抜ける。

(ち、A級やB級なら簡単にできるんでしょうね)

 D級魔術師である空月は、途方もない怪物とさえ称されるアルファベット級魔術師達の顔をいくつか思い浮かべる。中には自分より歳下――護衛対象とほとんど同い年の子までいるというのだから、つくづく才能の差が恨めしい。

「あ、なんか悪い親分が乗ってそうな車!」

「わかる。黒塗りの外車ってなんかそういうイメージあんね」

「あれ護衛の車だから! アレに乗って!」

 走るのより断然良いという三人の思いはこの一瞬間違いなく重なり合った。三本の矢の逸話になぞるかの如く強い気持ちで車の後部座席へのドアノブを掴む。

「開かないんだけど!」

 美穂と穂花が同時に叫ぶ。

「ロック! ロックかかってる! 開けて!」

「ごめんよ!」

 運転席から謝る声より僅かに早くロックの開く音がする。空月がドアを開いて二人を蹴り飛ばして中へと入れる。そのまま扉を閉めると、運転手はすかさず車を発進させた。

「ちょ、空月先生!」

「先生ー!」

「上にいるわよ!」

「うおわっ!」

 天井から声が聞こえてきて、さすがに心臓が跳ねる。

「感動の別れが!」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 上から奴らが来るのを阻止するから、このままアマテラス支部へ!」

「手はず通りに!」

 運転手が応えると、ものすごい急加速で二人の身体が後部座席に押し付けられる。

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