第9話「Noisy working hours」
夜の港湾に銃声が響く。レヴは盾にしたアタッシュケースを構え、射撃で牽制しながら倉庫の陰に滑り込んだ。壁面に背を預け息を整え、レヴは耳を澄ませて気配を探る。
駆け寄る足音。一つ。もう1人は後詰か回り込みか。
拳銃を右脇に挟み、ハーネスを漁る。取り出したグレネードのピンを歯で抜き取り、足音へ向けて転がした。
止まる足音、直後に響く甲高い破裂音。
EMPグレネード。走り寄っていた傭兵は倒れ込み、置換していた足を不随意に震わせ、アスファルトの上でのたうち回る。範囲内にいたレヴは未改造。EMPの影響は皆無。不規則に動く頭に、レヴは狙いを定め引き金を引いた。着弾音だけを聞き届け、レヴは生死の確認も置いて走り出した。
殲滅は仕事では無い。ケースさえ届ければ、あとは運び屋の責任である。
手錠の鎖が揺れ、弾む呼吸が肺を乱す。それでもなお、レヴは脳内の地図に拠って走り、周囲の音に耳を澄まし続けていた。
目標地点まで道半ば。雨が降り始めた。レヴのスーツはより深い黒に染まり始め、張り付くシャツの不快感に舌打ちをした。その直後、レヴの耳が違和感を捉えた。
右前方の交差路。水滴の蒸発する異音。レヴは咄嗟に体勢を低くし、スライディングの形で交差路に突っ込んだ。
レヴの頭があったその高さに、橙赤の軌跡が走る。雨粒を蒸発させながら振るわれたその異様に長い刃の主は、素早く構え直してレヴへ体を向けた。
赤熱ブレード。ハモン社の主力商品にして最高傑作。人体はおろか下手なアーマーであれば溶断せしめる武器を携えた傭兵は、笠のような帽子の下から、ディスプレイに置換された顔でレヴを見据えた。
レヴは低い体勢のまま銃を構え、傭兵の胴に向けて連射した。傭兵が無造作に左腕を構えると、肘を中心にして扇のような形のシールドが一対展開。銃弾を受け止め、そのまま立ち上がろうとしたレヴへ突進し、肘を胸部へ叩きつけた。
咄嗟に挟み込んだケース越しでも、生身のレヴにとっては有効打足りうる重み。肋骨を軋ませながら、レヴは数歩後ずさった。
体勢を崩したレヴに向かい、シールドを格納した傭兵は両手でブレードを握り突きで追い討ちを狙う。
左腕を狙ったブレードはほんの少し狙いを逸れ、レヴのスーツの袖口を溶かし、手首に火傷を与えるに留まった。
痛みに顔を顰めながら距離を取るレヴを、傭兵は無理に追うことはなかった。ただブレードを正眼に構え直し、レヴの出方を伺っていた。
雨足は強まり、レヴの頭髪は乱れきっていた。濡れそぼった前髪からは雫が垂れ、その奥の目はじっと傭兵を観察していた。
無機質に構えた刀身には絶えず雨粒が降りかかり、その端から蒸発し白い揺らめきへ変わる。雨音すらどこか遠く、自身の心音だけがレヴの鼓膜を揺らす。
刹那、橙赤が揺らいだ。
弧を描き、レヴの左半身へ吸い込まれる赤い閃光。それをレヴは待っていた。
右手をブレードへ向けて突き出す。静止する剣戟。
レヴの読みは当たった。傭兵らを雇った陣営の狙いはあくまで投票用紙の奪取。ならば。
「壊せねえよな、コイツは」
レヴは傭兵の懐へ飛び込み、渾身のタックルを浴びせた。金属を多分に含んだ身体は重かったが、レヴのタックルは見事に傭兵を転倒へ追い込んだ。
手早くハーネスを探りグレネードを投擲。倒れる傭兵へ。脚部のモーターが唸り、傭兵はグレネードを蹴返した。レヴの顔面へぶち当たり、甲高い破裂音が鳴る。それは、密かに転がされていたもう一つのグレネードから、濃い黒の煙幕が湧き出るのと同時であった。
本命のEMPが防がれたときのサブプランが発動し、倉庫街の一角は黒い煙に包まれた。加えてレヴの顔面で炸裂したとはいえ、傭兵はEMPの影響下。震える金属がアスファルトを叩く音がレヴの耳へ届く。溶けた袖で鼻血を拭い、レヴは傭兵に背を向け走り出した。
焼け付く左腕の痛みを、染み込む酸性雨の雫が加速させる。戦闘の興奮が冷めつつある今、レヴが感じる各所の痛みは徐々に強くなっていった。周囲を確認し、追手の気配を探る。ひとまずの安心を得たレヴは、落ち着けて体制を整えるために端末に仕込んだウイルスを使い、セキュリティを解除して手近な倉庫へと入り込んだ。
荷物のほぼ無い倉庫の中、端末の僅かな光で手元を照らし、レヴは作業に取り掛かる。左手の火傷を確認。予測よりも酷い状態に閉口しつつ、リュックの中の肌着を千切って巻き付ける。
弾薬を込め直し、動作を確認。問題なく稼働。息を整えたそのタイミング。入口から赤熱ブレードが突き込まれた。
目を見開き後退るレヴの眼前で、扉は溶断され鉄クズと化した。傭兵はグルリと倉庫を見渡し、レヴへ顔を向けた。
「良い腕だ。だが、俺の勝ちだ」
安っぽい合成音声が、笠の下から鳴った。傭兵はあくまで警戒は解かないままで、レヴへ語りかけた。
「これ以上はお互い損だ。そいつを渡してくれるとありがたい。見たところ、どこかの勤め人だな?ペナルティはあるだろうが、殺されることはあるまいよ」
荒いドットのm(_ _)mの顔文字がディスプレイに浮かび、レヴの情緒を乱す。
「舐めてんのかその画面は」
「ああ済まない。好きでこんな姿になってわけでもなくてな。せめてもの人間性だ(・・;」
「どうやってここを割り出した」
レヴはさして重要でもない質問で間を持たせつつ、疲れの見える頭を必死に回していた。この傭兵を出し抜くための一手を打つために。
「アレだ^_^」
傭兵が指した倉庫の天井の一角には監視カメラが設置されており、今もまさに、会話する二人にじっと視線を向けていた。
「カメラのハッキングは便利だ。ハッカーからプログラムを買ってるやつも少なくない(^_^)v」
「さて」
ディスプレイから顔文字は消え、傭兵はレヴへ向かって赤熱ブレードを構え直した。
「お喋りはここで切り上げようか。何か思いつかれてしまう前に。ケースを渡してくれ」
雨水とはまた違う湿り気が、ケースを掴む手の中に満ちる。万事休す。唯一の出入り口を塞がれ、油断なく眼の前で武器を構えられている現状、レヴが打てる手はもう無かった。
本土での仕事。待遇。支部長。どれに対しても「クソッタレ」と思っていたはずのレヴであったが、いざ我が身可愛さに仕事を放棄することを現実として考えると、自身でも不可思議なほどの悔しさがレヴを襲った。
ため息を一つ。ケースから水滴が落ちる。レヴはゆっくりと、ケースを持ち上げ始めた。
その間、二人は気づくことはなかったが、何かが高速で倉庫へ接近をしていた。
雨音が掻き消していたのだ。黒い鼠の咆哮を。
倉庫の壁面が砕け、ヘッドライトの灯りが夜闇を割いた。前方に装甲を集合させた濡れ鼠が、野蛮なエンジン音を立てて倉庫内へ突入したのだ。
スラスターにより加速した黒い大質量は、不意を付かれた傭兵を横から跳ね飛ばし、耳障りなブレーキ音とスラスターの逆噴射で急停止した。
呆然と眼前の光景を眺めるレヴ。焦げたタイヤの匂いの中、車内からは何やら言い合う声が聞こえていた。
「ジャックポット!!良いナビだよイブリン!!」
「何考えてるんですか!?せめて一言先に言ってくださいよ!」
レヴの目の前に止まった黒い装甲車のウインドウが下がり、咥えタバコの女が顔を出す。黒いジャケット、青いインナーカラー。
「……お前がターコイズか?」
「大正解。あんたがパペティアの使いで良いね?」
支部長のハンドルネームを出され、レヴは安堵した。目の前の女にケースを渡せば、今晩の仕事は終わりとなる。
「ほら早く渡しな。ローニン……あの傭兵はコレでくたばるほどヤワじゃないからさ」
レヴは反射的に跳ね飛ばされた傭兵の方へ目を向けた。倉庫の床に転がった機械混じりの肉体は、手をついて起き上がるべく震えていた。
「ご挨拶……だな、ターコイズ(+_+)」
ノイズの混ざった合成音声が返ってくるが早いか、レヴは手錠のロックを外し、ケースをターコイズへ放った。ターコイズは事もなげに受け取り、流れで助手席のイブリンへ預ける。イブリンはケースを受け取ると、律儀に膝の上に安置した。
「受領確認お疲れさん。あとは任せな」
「早く行け」
ローニンはブレードを支えに立ち上がり濡れ鼠へふらつきながらも向かう。
「さがりな、焼かれたくなきゃね」
レヴが数歩下がるのと同時に、濡れ鼠の装甲板が動き形を変えた。複数のスラスターが前方に向き、熱の籠もった唸りを上げる。
点火。爆音。青い残光。
濡れ鼠はバック走で倉庫を飛び出し、雨降る港へ姿を消した。
エンジン音はあっという間に遠ざかり、瓦礫の散った倉庫の中は再び雨音だけが満たしていた。
レヴは倉庫に空いた穴から、ローニンへと視線を移した。
「俺の勝ちだ」
「参ったな。ぐうの音も出ない^_^;」
ローニンはブレードのスイッチを切り、背負った鞘へ納めた。
「だが、まだ俺の仕事は終わってない(`・ω・´)」
ローニンは耳の通信機に手を当て、通信を開始した。
「こちら1班ローニン。ブツは運び屋の手に渡った。特徴は黒い可変装甲車両。2班追跡を頼む。オーバー」
通信を終えたローニンは、レヴを横目に外へ向けて歩き出した。
「難儀だな傭兵ってのも」
「それはお互い様だろう?(^_-)」
ローニンは振り返り、レヴに向けて笠を傾けた。そして雨の中へ駆け出し、そのまま夜に紛れた。
一人残ったレヴは、襲い来た疲労に耐えかねて埃っぽい床に仰向けに倒れ込んだ。
そしてふと気になり、重い腕を持ち上げ、腕時計を確認した。
「クソッ。チェックインに間に合わねえよ」
そのぼやきも、ノトリの雨にかき消えた。




