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第6話「Riot and Celebration」

「Logout.Logout.Logout.」

 歪み、ノイズに塗れた合成音声の耳障りなコーラスが響いた。ボロ布の下から、赤褐色に変化したガラクタのような改造四肢が覗く。最早人とも言えぬまで改造されきった侵入者達は、各々の武器を祈るように掲げ、布の下のスピーカーから再度唱えた。


「Logout.Logout.Logout.」

 先頭に立った侵入者が、錆びた腕で掲げた仕掛け斧のトリガーを引き、斧の刃が帯電し始める。

 その瞬間。間を置かず生み出された2つの衝撃が、ココアの水面を揺らした。

 ステップが奇襲を掛けた。

 目にも留まらぬ速さで天井まで跳躍し、再度天井を蹴り加速。勢いのまま、忍ばせていたククリナイフを振り抜いたのだ。

 首が落ち、錆まみれの身体が崩れる。それが開戦の合図となった。


 歪んだ合唱は一人失ってもなお高まり、各々の持つ仕込み武器の駆動音が虫のさざめきのように唸る。

 ステップは一度距離を取り、血を振り払って武器を構え直す。

 集団は散らばり店の各所へ走り出し、客は不敵に笑いながら席を立った。怒号、衝突音、発砲音。考え得る限りの野蛮な音が、不快な合唱に伴奏を添えた。


 侵入者の1人が、イブリンを捉えた。焦点の合わない生身の目と、くすみながらも赤く光る義眼。縛られたかのように動かない身体と思考。死の予感。

「Logout.Logout.Logout.」

 帯電する鉈を振り上げ、向かってくる侵入者。

 イブリンに向いた機械的な殺意を、黒い背が遮り、代わりに叱責を飛ばした。

「ボサッとしてんじゃないよ!死にたくなきゃ隠れてな!」

 前蹴りを入れて侵入者を迎撃しながら、ターコイズはイブリンに怒鳴った。四肢に血の気が巡り、動きを取り戻す。辺りを見渡した後、イブリンはカウンターの裏へ滑り込んだ。


「いい判断よイブリンちゃん、ここで大人しくしてなさい。ナナフシ、守っておやり」

「了解」

 許可を取ろうとしたイブリンに先手を打ち、クイーンは伏せるよう指示しながら答えた。

 イブリンが伏せたそのすぐ隣に、ナナフシのマニピュレータが2本伸びた。収納スペースから引き抜かれたその先には、重厚なショットガンが2丁、掴まれていた。


 銃剣のように取り付けられた小振りなチェーンソーのエンジンを別のマニピュレータが駆動させ、ナナフシはショットガンをクイーンに差し出した。

「店長、これを」

「気が利くわね」

 アイドリング音と燃料の匂いを残し、イブリンと入れ替わるようにしてクイーンは悠々とフロアへ向かった。


 懐から取り出した拳銃を、各マニピュレータに握らせるナナフシの傍ら、イブリンはカウンターの裏に伏せて聞き耳を立てていた。自分を守るよう立ちふさがったターコイズの悲鳴が聞こえぬように願いながら。


 蹴り倒した侵入者が起き上がろうとする中、ターコイズは腰に吊るしたホルスターから自身の得物を取り出した。艶消しの黒い銃身のそれを右手に構え、そのまま殴りつけるべく振りかぶった。

 頑強な中折作りの、単発式グレネードランチャー。狭い店内では早々撃てないそれを鈍器として扱うことは、ターコイズにとってはそう珍しくない事態であった。

 命中。甲高い金属音。舌打ち。ターコイズの打撃は侵入者の頭部を捉えた。しかし額の皮膚を軽く抉ったのみで、その下の強化骨格に弾かれた。


 意に介せずに立ち直る侵入者。錆びた義肢を軋ませながら鉈を突き出す。それに合わせてターコイズは前に踏み込んだ。耳元で電気が爆ぜる。鉈の放つ電熱を頬に感じながら、ターコイズは銃口をクロスカウンターの要領で喉に叩き込んだ。

 何かがひしゃげた感覚が腕を伝い、潰れた喉の立てる呼吸音が鳴る。仰け反り後退した侵入者の顎に、ターコイズは飛び蹴りを入れた。


 生身のチンピラ程度であれば無力化、ないしは死亡もあり得る負傷。しかし喉を凹ませ顎を歪ませながらも、侵入者は出来の悪いマリオネットのように立ち上がり、淡々と唱え続けた。

「Logout.Logout.Logout.」

「流石末期の改造者、腐っても頑丈だね」

 呆れながら呼びかけつつ、ターコイズは自身のポートにごく小さなモジュールを接続した。瞬間、ターコイズの靴が僅かに音を立てた。


 ぎこちない動きで突進する侵入者。袈裟懸けの鉈を半身で横にかわし、腕の上から回し蹴りを合わせた。

 打撃音。そして青い閃光。靴に仕込まれた放電機構がモジュールからの信号を受け作動。電流は改造部位を駆け巡り、ただでさえぎごちない動きを更に制限した。

 焦げ付くような臭いの中、ターコイズは得物を折り、手早く弾を込めた。

「高いんだよ、この弾」

 煙を発する義眼と視線を合わせながら、ターコイズは引き金を引いた。


 大気を揺らす轟音。砲撃にも似たその音に、イブリンは思わずカウンターから顔を覗かせた。

 ターコイズの銃口からは、弾丸は放たれなかった。ターコイズが込めた特殊弾薬は銃身内部で独自の反応を見せ、圧縮され鈍器と化した空気の塊が放たれ、侵入者の胴を歪ませて吹き飛ばしたのだ。


 蹴破られた入り口を通過し、肉の混ざったガラクタは外へ飛び出し転がった。降り始めた雨が剥き出しの回路を濡らし、バチバチと音を立てた。

 銃身が折れ、排莢と共に煙が上がる。武器を反動に痺れる右手から左手に移し替え、ターコイズは軽く右手を解すように振るった。

 爆音を間近で聞き、半ば麻痺したターコイズの聴覚。どこか遠く聞こえる騒音の中、1つの声が鮮明にターコイズの耳に届いた。

「ターコイズさん後ろ!」


 粟立つ背筋。生存本能。確認すら放棄し、ターコイズは前方へ飛び出した。受け身を取り反転。ターコイズの視線の先、一瞬前まで自身がいた場所には、赤錆塗れのハンマーが床にめり込んでいた。

 木の繊維から武器を引き抜く巨軀の侵入者。その奥。安堵と心配を滲ませたイブリンをターコイズの目が捉えた。

(礼を言わなきゃね。生きて)


 ターコイズは強張る右手を開閉する。まだ万全ではないが、動く。左手に握った武器に力を込める。短く息を吐いたターコイズに、ハンマーを構え直した侵入者は大上段に振り上げ襲い掛かった。長い柄と恵まれた体格から生まれるリーチに攻めあぐね、ターコイズはギリギリの間合いで避けることを強いられた。

 床を、壁を、机を粉砕する鉄塊に冷や汗をかきながら、ターコイズは場所を移しながら回避に専念し続けた。


 イブリンの正面から場所を変え、店中央の主戦場へと追いやられた。そしてまたしてもハンマーが振り抜かれた時。もしくはイブリンが8度目の無事を祈ったタイミング。鉄塊は肉を潰した。

 鉄屑交じりの肉は遺言代わりに「Logout」とだけ発し、機能を完全に失った。


 ハンマーを引き抜く侵入者。その一瞬。ターコイズの狙い澄ました前蹴りが鳩尾に刺さった。迸る電流。阻害される動き。生じた隙。無防備になった巨躯の頭を、赤熱したチェーンソーが輪切りにした。ターコイズの誘導により死亡した入者と対峙していたクイーンは、ターコイズに一言口を出した。

「貸し1つよ?」

「1杯奢るよ」

 それからそう長くもかからずに、乱戦は殲滅に姿を変えていった。元から多勢に無勢に加え、硬いだけの錆びた身体。囲まれ、或いは一方的に処理され、侵入者達は一人一人沈黙していった。互助会の烏合の衆は、生存本能と敵意の旗の下に結託し、外敵を嬉々として仕留めていったのだ。

 大声を出した喉の奥に若干の痛みを感じながら、イブリンはその様子を眺めていた。


 最後の侵入者が倒れ伏し、身体に埋め込まれていた部品が小さく爆ぜた。誰からともなく息をつき、血とガラクタの散乱した床の上では早くも弛緩した空気が漂い始めた。

 両手のショットガンを手近なテーブルに置いてから、クイーンは客に向かって声を張り上げた。

「本日当店にお越しいただいた皆様方にお礼とお詫びを申し上げます。不届き者共の侵入と狼藉を許し、皆様のお手を煩わせてしまったことをここに深く謝罪いたします。申し訳ありませんでした」


 いつの間にかクイーンの後ろに控えていたステップとナナフシも、クイーンに合わせて頭を下げた。頭を上げた3人。そしてクイーンは続けた。

「つきましてはお詫びとして」

 クイーンの背後でナナフシが端末を操作する。途端に鳴り出す客達の端末。

「この場にいる全員に、今後3カ月の互助会の会費と手数料の免除、当店のみで使える、5回分の飲食無料券を送付いたしました」

 ここで一度言葉を切り、通知を確認する客を眺める。

「心ばかりの補償ではありますが、ご笑納頂ければ幸いです」


 ニヤつき始めた客達。引き締めた顔のクイーンは、ここで表情を綻ばせた。

「それと今日はアタシの奢りよ、好きに飲みなさい!」

「チョロい仕事だったぜ!」

「おいおい良いのかクイーンよぉ!」

 野次が飛び、指笛が鳴る。戦闘の残骸を足で押しのけながら各々の場所を取り始めた客達の輪を、イブリンは呆然と眺めていた。


 ステップが店の奥から予備の調度品を運び始めた頃、店の外に装甲付きのバンが停まった。互助会のマークが描かれたツナギを着た集団が降り、店の中へ入る。すでに歓談のざわめきが店を満たし始める中、集団は淡々と死体と残骸の回収を始めた。


 手早くコンテナに物を詰め、付着した血を布切れで拭き取った。クイーンが見守る中、ものの数分であらかたを片付け、会釈をして集団は店を後にした。

 雨の中、互助会のマークが刻まれたバンがいずこかへ走り去る。イブリンは1人、その様子を目で追っていた。


 イブリンはまた、店の中へ意識を戻した。来店した時とさして変わらない、ざわめき。少しばかり床や壁、客が傷付き、調度品が新しくなっただけの店内。乱戦も、満ちた殺意も、イブリンを縛り付けた恐怖も。誰も彼も忘れたように、楽しげに騒いでいた。イブリンは一瞬、自分が白昼夢でも見ていたのではと疑った。しかし喉に淡く残る痛みが、虚構でなかったことを教えていた。

「なに辛気臭い面してるんだい」

 胡椒を強めに効かせたポテトをつまみながら、ターコイズはイブリンに声を掛けた。

「いえ、その」

 一度俯き言葉を探す。咥えた芋をゆっくりと噛みながら、ターコイズは言葉を待った。

「皆さんの割り切りが早すぎて」


 浮かれ騒ぐ客の声を背に、イブリンは続けた。

「さっきまで殺し合いしてて、死にかけた人もいた訳じゃないですか。それに……」

 イブリンは「実際に人を殺めた人も」という言葉を咄嗟に飲み込んだ。ターコイズを責め立てている、と思われたくなかったのだ。

「何もできなかった私が言えることではないのは、分かっているつもりです。でも……」

「納得はできない、と」

 言葉を引き継いだターコイズに、イブリンは静かに頷いた。

「まあー、そうだねぇ」


 新しい芋を咥えたまま、椅子のうえでターコイズは難儀そうに仰け反った。歯と口で芋を弄いながら、ターコイズは頭を振った。

「あたしも皆も、慣れちまったのさ。不意に殺し殺されるような日常にね。それは褒められたことじゃないんだろうけど、そうなっちまったんだから仕方ない」

 油に汚れていない左手でカップを傾け、喉を湿す。いまだ血色の悪い顔で視線をよこすイブリンに、ターコイズはいつかの自分を垣間見た。

「正しいのはあんただよ、イブリン。鉄火場に放り込まれりゃ怯えるし、敵だろうが死体が雑に扱われりゃ哀れむのが人間さ」

「いいんだよ割り切れなくたって。それが正しいんだから。でも、そうだね」


 半分ほど空いたポテトの皿を、ターコイズはイブリンに向けて滑らせた。

「折角揃ってカルト共から生き延びたんだ。あたしはあんたとそれを祝いたい。それくらいは良いじゃないか」

 袖をまくり、細い指を伸ばす。イブリンはつまみ上げたポテトを、ゆっくりと口へ運んだ。

 硬い外側を噛み切る。よく揚がった軽い食感。強い塩気と胡椒の香り。嚥下した喉と腹はじんわりと熱くなり、イブリンは今更ながらに空腹を自覚した。

「ありがとうございます」

 鼻の奥のツンとした痛みをこらえながら、イブリンはターコイズを見た。

「こっちこそ礼がまだだったね。あんたのおかげで死なずにすんだよ」

 ターコイズの不器用な笑みを見返しながら、イブリンもまた笑みを返した。目尻の涙を拭いながら。


 2人の間の空気が緩んだ頃、見計らったかのように重い足音が近づいた。

「ちょっといいかしらお2人さん?」

「おうクイーン。災難だったね」

「そうよ全く。ジャンクカルトの連中なんて災害みたいなものよ、話も理屈も通じないんだから」

 分かりやすく口を尖らせ、軽く愚痴を零す。侵入者相手に見せた物騒な一面はどこへやら、陽気な店主としての振る舞いを取り戻していた。

「で、何か用かい?」

「そうそう、イブリンちゃんに用があるのよ」

「私ですか?」

「ええ、まだ互助会への登録が済んでないの。さっきのゴタゴタで有耶無耶になっちゃったからね」


 イブリンは一瞬ターコイズに視線を移す。ターコイズの表情から、イブリンは肯定の意を受け取った。

「じゃあ、今からお願い出来ますか?」

「もちろんよ、さあ、端末を出して頂戴」

 クイーンの端末の画面に表示されたコードを自身の端末で読み取り、イブリンは登録画面に移った。クイーンの指示の元手続きを進ませ、イブリンからすれば拍子抜けな程あっさりと、互助会への登録は終わった。

「これで互助会のアカウントが作れたわ。これがあればここの掲示板使ったり、自分のチャットルーム作ったり、とにかく色々できるようになるわ。それとアカウントに付随して、互助会の口座もあるから使って頂戴。会費とかもここから引くことになるから覚えておいてね」

「ありがとうございます。改めてよろしくお願いします」

「こちらこそ。それと、互助会へようこそ。大変なことも多いと思うけど、ターコイズと頑張るのよ」


 そしてクイーンはターコイズに向き直った。

「ターコイズ、イブリンちゃんに愛想尽かされないようにするのよ」

「うっせ」

 そうして満足げに笑ってから、クイーンは店の奥へ姿を消した。

「あ、あたしにもアカウント教えな。一応雇用主だし」

 イブリンが端末の画面をターコイズに見せ、ターコイズは自身の端末を操作した。

 イブリンの画面にポップする2つの通知。ターコイズからのアカウント承認要求と、1件のメッセージ。ターコイズを承認し、ターコイズから送られたもう一つのメッセージを開く。それはビッシリと文字の詰め込まれた、硬い文面の書面であった。


「えっと、これは……?」

「雇用契約書。ちょっと遅くなったけどね」

 目を白黒させながら画面をスクロールするイブリン。その指と目が、ある一点で止まった。

「あの、ターコイズさん」

「ん?」

「ここ、見間違いじゃないですよね」

「どこ?」

「ここです」

 端末をターコイズに向け、指で画面を示す。

「あってるよ。「違約金、修繕費、端末代、外部講師への受講代、その他込みで総額1000万クレジット これを返済するまで雇用契約及び条件の更新はなされない」。そういう話だったろ」


 ポテトを食べながらこともなげに言うターコイズ。改めて具体的な金額を目にし、尻込みするような様子のイブリンを焚きつけるように言った。

「別にいいよ、嫌なら嫌で。そのかわり……」


 ターコイズが言い終わらぬうちに、受諾ボタンを勢いよく叩き、イブリンは端末を伏せた。目を丸くするターコイズを横目に、イブリンはカウンターの奥へ目を向けた。

「ナナフシさん!注文していいですか!」

 自棄気味に料理を頼み始めたイブリンを、ターコイズはゲラゲラと笑いながら眺めていた。

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