6 司教と聖女、合意か否か
神殿の秘密通路は、苔むした石の匂いがした。
薄暗い通路には人影もない。
カトリーナの案内で、二人は奥へ進む。
「この先よ」
うっすらと明かりが漏れている部屋が見えた。
「…もっと、強くやりなさい」
「…司教様、でも…!」
「いいから、強く…」
乱れた呼吸のいかがわしい気配に、カトリーナの眉間に皺がよる。
薄く開いた扉の向こうに司教が見えた。
床に頭を擦り付けるように這いつくばった司教の頭を、少女のすらりとした足が踏みつけている。
「……聞いてた以上に、ひでぇ絵面だな」
「…司教の頭を踏んでる子、涙目じゃん」
そっと扉の隙間を閉める。
二人は揃って天井を見上げた。
「「…帰りたい」」
カトリーナの目が、狙いを定めた猛禽類のように細められた。
その目が逃さないと告げている。
「…いや、あれはねぇよ」
「マジで、変態だね」
「今さらキャンセルは無しよ」
がっちりと腕を捕まれ逃げ場を失ったリンが、ガイに目をやる。
視線を交わしたガイが首を振った。
「諦めよう、リン。引き受けちゃったし」
「マジで、最悪だな。この案件」
揃ってため息をつく。
そして覚悟を決めて扉に手を掛けた。
その瞬間。――二人が開く前にその扉は開かれた。
「何をしてるのかね?…カトリーナ」
落ち着いた清廉な声だった。
しかし、同時にその場を支配するような風格を持ち合わせていた。
「…っ!…ヴァレリウス司教…」
カトリーナが身構える。
「…はぁ。また、隠し通路を使ったね?それは以前禁止したはずだが?」
先ほど見た光景が、幻であったかのような落ち着きで、カトリーナを諭すように見つめる。
「切り替え、はや!!」
「いや、ハゲ頭にヒールの跡が残ってる、騙されんな」
何事もなかったかのような司教の態度に流されそうになり、リンとガイが思わず声をあげる。
司教はカトリーナの背後の二人組に軽く視線を流した。
だがすぐにカトリーナに戻り、さらに言葉を繋げた。
「部外者を連れ込むのは、論外だ」
「…っ、それは!…すいません。けど…!」
厳粛な司教は、しかしその寛大さで困ったようにカトリーナの肩に手を置く。
「君が何を見て、どう思ったかの想像はつく。しかしこれは合意だ」
……。
「…合意、なのか?」
「え、お姉さんも、そういう趣味の人なの?」
衝撃の事実に思考が停止したカトリーナに代わり、仕方なくリンとガイが口を開いた。
「そ、そういう趣味ではありません!!」
司教の背後から、少女の悲鳴のような声があがった。
リンが片眉をあげ、ガイが薄く笑う。
「だってさ?」
「合意って意味分かってる?」
だが、司教に動じる様子はなかった。
「勘違いをしないでもらおうか。合意は彼女の『家』とだ」
リンとガイがぴくりと揺れる。
嘲るような表情が抜け落ち、冷笑が取って代わった。
「つまり、あんたの性癖のために売られたってことか?」
「…最低だね?」
二人の目が冷える。空気が一気に張り詰めた。
それでも司教はその余裕を崩さない。
その張り詰めた緊張を破ったのは、室内で司教を踏みつけていた少女だった。
「違いますわ。勝手なことをおっしゃらないで」
涙目で司教を足蹴にしていた面影は少しも残っていない。
責任感に燃える目がまっすぐ二人に突き刺さる。
「これはヴァレリウス司教の心の安寧のために私に任された、大切な使命なのよ」
痛いほどの沈黙が落ちる。
少女の熱量と自分たちの白けた空気の差に、がっくり力が抜けた。
「……この案件、クソすぎるだろ」
「分かる。でも、聞かないと終わらないやつだよ」




