12 悲しい事後精算
まぶしい朝日が目に染みる。
ムカムカする胃には、さわやかな空気さえ忌々しい。
すべての二日酔いの人間が、間違いなくそう感じる朝だった。
がんがんと響く頭を振りながら、リンとガイは天球の灯の執務室に向かっていた。
「…はよーっす」
「…っす」
だらだらと入室すると、エレオノーラの鋭い視線が突き刺さった。
…っひ、と小さく息をのむ。
二人が視界にはいると扇子で不快そうに口元を覆った。
「アルコールの匂いがひどいですわね」
相変わらずゴミくずを見るような目だ。
絶対零度の威圧に背筋が凍り付くが、残念なことにアルコールの抜けていない体は正直にダルさを訴えている。
結果として、とてもしんどい。
「さて、あなた達に確認したいことがあります」
言葉だけは丁寧だが、これから断罪するときに聞く声音であることを、リンとガイはよく知っている。
温度の無いエレオノーラの目が、二人を突き刺す。
「俺たち、なんかしたっけ?」
「ハゲの救済?」
額を突き合わせて小声でささやきあうが、見当がつかない。
「それです」
「どれだ?」
「本気で分からないの?…嘆かわしいわね」
エレオノーラが、ぴしりと扇子を突きつける。
「あなた達は昨日ヴァレリウス司教に、人材の紹介を行い紹介料を請求しましたね?」
「したけど、合法的なやつだぜ?」
「そうだよ、裏組織の人材派遣でもないし?」
二日酔いのせいで動きが鈍い二人が、パチパチと目を瞬かせる。
その様子は少しだけ幼さを感じさせた。
「当ギルドは副業禁止です」
「は?」
「人材紹介または斡旋は、料金を請求するなら副業ですわ」
「…え?知らないんだけど、そんなこと」
淡々と述べるエレオノーラは、傍に控えていたオスカーに目くばせをする。
オスカーが恭しく、契約書を取り出しそっと裏返す。
「こちらに…」
二人が覗き込むと…
「小っさ!!!」
「なんで、わざわざ薄い水色で書いてあるの???」
そこには確かに副業禁止の一文と、それに伴うペナルティが記されていた。
――完全に背景と同化する色味で。
「残念です。…契約書により、あなた方は三か月の減給処分ですわ」
呆然と契約書を見つめるリンとガイにエレオノーラの冷たい声が無慈悲に落ちた。
言いたいことはそれだけだと、エレオノーラがすっと立ち上がる。
執務室を後にしようと一歩踏み出したところで、思い出したように振り返った。
「そうそう、レオンが来るそうよ?」
面白そうに細められたエレオノーラの目に、リンとガイには嫌な予感しかしなかった。
「…何の用だか知らんけど、逃げよう」
「……賛成」
その時。
ぎしり…という床のきしむ音がした。
「……残念だな」
背後からぬっと伸びる手が、がっしりと二人を抱き込む。
聞き覚えのある低い声に、二人は振り向きたくない。
だが、確認しないわけにもいかない。
「…レ、オン…さん?」
「は、早かったんだね…」
「ちょーっと、聞きてぇことがあったもんでな?」
見なくてもわかる。
獲物をなぶり倒す前の猛獣の顔で笑っている気配がする。
「ほら。昨日、俺の都合で訓練できなかっただろう?」
「気にしねぇでいいのに」
「そうだよ。急な仕事で疲れたんじゃない?」
必死で逃れようと、もがこうとするのだがびくともしない。
レオンのがっちりとした腕の中でリンとガイが徐々に顔色を失っていく。
「お前ら、…よりにもよって一番いいヤツから飲みやがったな?」
「はは…。あれはカトリーナが…」
「そうだよ、カトリーナが…」
そっと伺うと、獰猛なレオンの目が不穏に煌めく。
「女の不始末も、つけてやるくらいの男気はあるよな?」
「そういうの!時代錯誤っていうんだぞ!」
「そうだよ、逆差別だ!」
有無を言わさないレオンの手が二人の首根っこを押さえて引き摺っていく。
面白そうに様子を伺っていたエレオノーラにすれ違いざまに、レオンが確認する。
「今日は、こいつらに急ぎの用務は無かったよな?」
「ええ。存分に鍛えていただいて構いませんわよ」
死の宣告に近い会話にリンとガイは震え上がった。
「最悪だ!!」
「巻きこまれ損!!」
「ははっ!よかったなー、お前ら。しっかり鍛えてやるから覚悟しておけ」
――数時間後
「なんか、ごめんねー?」
カトリーナが少しだけ眉を下げて、訓練場に転がるリンとガイの顔を覗き込んだ。
「…お前の『お願い』は、二度と聞かねぇ」
「もう、無理。立てない…」
「ごめんって。治してあげるからそれで許して?」
いや、お前の治療は心を抉るんだよ…。
声にならない声をあげて、リンとガイの顔がひきつった。
訓練場にパンッというカトリーナのビンタの音が響き渡る。
「痛ってぇぇぇ!!!」
遠くで響く悲鳴にエレオノーラは方眉をあげて、嘆息した。
「騒がしいこと」




