11 司教の言い分。ハゲか否か
心配だった刺客問題は解決しているのに、司教ヴァレリウスの気持ちは微妙だった。
理由は明白である。
同行者の感性が異常すぎる。その一言に尽きた。
そんな心持ちだったので、案内された娼館の一室にカトリーナの姿を見つけたヴァレリウスは、心底ほっとしたように微笑みかけた。
「君が傍にいてくれないことが、あんなに不安だったことはないよ」
カトリーナは笑顔で肩眉を上げた。
リンとガイを振り返ると、二人はすっと視線をそらした。
「あんた達、なにしたの?」
「…別に何も?」
「…予定通りだよ?」
妙な一拍が雄弁に語る事実を察して、カトリーナは短く告げた。
「あとでお仕置き!」
「酷ぇ!」
「横暴!!」
神殿でも見たような短いやり取りだが、見守るヴァレリウスの方は同じ心境ではない。
頼もしいカトリーナを見る目が、まぶしそうに細められている。
「ヴァレリウス司教?」
カトリーナが首をかしげると、「…いや」と一つ咳払いをしてごまかした。
「さて、おっさん。ここからが本番だ」
「アリー、ベス。本当に大丈夫?けっこうな変態さんだけど?」
扉を開けて入ってきた、「琥珀の雫亭」の二人が軽やかに笑う。
二人の目は相変わらず三日月形に固定されている。
「大丈夫、大丈夫」
「ヴァレリウス様、お待たせいたしました。こちらへどうぞ…」
誘われたヴァレリウスは重々しく頷く。
二人に案内されて、静かに奥の部屋へと消えていった。
「…。ところでさ、リン?」
「ん、…俺もちょっと気になってた」
見送ったリンとガイは視線を交わす。
そして、おそるおそるカトリーナに声をかける。
「これ、おっさんが出てくるまで、俺たち帰れないやつ?」
「終わる…。俺たちの休暇が終わっちゃうよ……!」
「見届けないわけにもいかないでしょうが」
カトリーナの宣言に、二人が揃って天井を見上げる。
「最悪!!」
「酒だ、酒を飲んでやり過ごすぞ!」
何が行われるのか、絶対に想像したくない。
手っ取り早くテーブルに置かれた酒に手を伸ばし、勢いよくあおる。
「いい飲みっぷりじゃん。あたしも飲みながら待とうかな」
「飲め!おまえもガンガン飲め!!」
そこから一時間ほど、三人はひたすら飲み明かした。
さて、妙にすっきりした顔のヴァレリウスが戻ってくると、そこには酒におぼれた三人の若者がグダグダになっていた。
テーブルには空になった数本の瓶が、転がっている。
「…飲みすぎだろう、何をしているのかね?」
「なにじゃねぇ!てめぇがナニしてたんだって話だろうがぁ」
「ねぇ、ねぇ。どうだった?良かった?満足した??」
立派な絡み酒だ。
しかし、その時のヴァレリウスは大変気分が良かった。
寛大な、そして清々しい顔で宣言する。
「……大変に良かった!」
「へぇ。良かったじゃん、この変態!!」
「やったね!おめでとう変態!」
酒臭い二人を押しやりながら、ヴァレリウスはカトリーナに視線を投げた。
カトリーナは機嫌よさそうにしているが、泥酔はしていない。
見つめられて少しだけ目元を緩める。
「お好みに合った?」
「気を使わせてしまったね。君にも、…神殿の彼女たちにも」
「いいよ。みんな、あんたの役に立ちたかったのは本当だもん」
二人の間にしんみりとした空気が流れた。しかし、それはリンとガイの大笑いにすぐ打ち壊される。
「ひゃはは、娼館でしんみり話す内容じゃねぇだろ、ハゲ!!」
「言えてる!坊さんの変態話じゃーん」
カトリーナは額に手を当て、微笑むヴァレリウスのこめかみには青筋が浮かぶ。
「こいつらは、笑い上戸かね?」
「まあ、多少…?」
曖昧に笑うカトリーナに、「そうか」と短く答えてヴァレリウスはリンとガイに歩み寄ると、そのままスパンと頭を叩いた。
普段の司教からは想像もつかない暴挙にカトリーナの目が丸くなる。
「痛ってぇな!何すんだ、このハゲ!!!」
「そうだよ、暴力坊主!暴力ハゲ!!!」
リンとガイはすでに反射神経で噛みついている。
「ええい、言おう言おうと思っていたが!!」
ヴァレリウスの鋭い視線がリンとガイをとらえ、圧倒的な力を放つ。
「私は剃っているだけで、ハゲではない!!!」
……。
静寂が訪れた。
言葉を理解した瞬間、弾けたようにリンとガイが体を折って転げまわる。
「ハゲじゃん!ハゲの常套句じゃん!!」
「気にしてたんだ!ずっとそこ!!!」
「まだ言うか!!!」
華やかな娼館にあるまじき怒声が響きわたり、カトリーナはそっとため息をついた。
「うん。全部知らなかったことにしよ」




