23
夕方から降り続いた雪は夜になっても止むことが無く大粒の塊が地面に落ちていく。
屋敷の周りは真っ白になり、あたり一面雪景色だ。
「足首ぐらいまで積もっているわよ」
セバスと外を見回っていたエマーリエは肩にかかった雪をはたきながら室内へと入ってきた。
「嫌ねぇ。朝起きたらどれぐらい積もっているのかしら」
ブランデーを垂らした紅茶を配りながらメアリーは顔をしかめる。
館全体が寒いため、エマーリエとエイン、メアリーそして父のロズベールは暖炉が炊いている部屋へと自然と集まっていた。
「お父様は久しぶりに会う気がするわね」
紅茶を飲みながら暖炉の前に座っているお腹の出た白髪交じりの父を見た。
エマーリエが実家に帰ってから顔を合わせた覚えがない。
「婚約破棄された娘に会いたくはないよね」
エインが同意を求めるように言うと、ロズベールは顔をそむけた。
泣いて暮らす娘にかける言葉が見つからなかったのだ。
そして、今怒りを秘めているエマーリエに関わるのも避けたかった父だったが寒さには敵わず暖炉の前でブランデーをすすっている。
「いろいろあったが元気になってよかった」
ボソリと呟くロズベールにエインはため息を付く。
「お父様は本当に頼りにならないよ。だからウチは貧乏なんだ」
「それもそうね。私もそう思うわ。ウチが貧乏になったのはお父様のせいね」
「あれ、そういえばセバスはどこにいるの?エマーリエと外を見回っていなかったかしら」
セバスの紅茶を手に言うメアリーに部屋を見回すが姿は見えない。
「一緒に玄関から一緒に入ってきたけれど、また外を見回っているのかしら」
心配したエマーリエが立ち上がると、青い顔をしたセバスが音を立てずドアを開けた。
「わっ、ビックリした」
「静かに!」
セバスは口元に人差し指を当てて、エマーリエ達に静かにするように指示をする。
セバスのただならぬ様子に皆顔を合わせて頷いた。
「屋敷が盗賊に囲まれております」
「え?」
「見慣れぬ足跡を見つけまして、偵察に向かいましたら黒い服に顔を隠した男が数名裏庭に居るのを発見しました」
小さな声で言うセバスにメアリーは震えながらロズベールに駆け寄った。
「ど、どうしましょう」
おろおろするばかりのメアリーを見て、エマーリエは部屋の隅に立てかけてあった練習用の剣まで駆け足でいく。
エインが騎士の訓練に行くときに持っていく剣だ。
剣を手に取ってエインに投げる。
運動音痴のエインは投げられた剣を受け止めることができず、受け止めそこなった剣が床に落ちた。
エインは姉を睨みつけて小声で抗議をした。
「何するんだよ」
「剣で戦うしかないわ。助けを呼びに行っている暇はないわよ」
「無理だよ、僕達は素人!あっちは、本物の盗賊!かなうわけない!」
お互い小声で言い合っていると、セバスが背広の上着を脱いでソファーにかけた。
上着の下には小さなナイフがサスペンダーに収納されている。
「私が行きましょう」
どこから取り出したのか大きな大剣を手に持っているセバスをエマーリエとエインは口を開けて見上げた。
「セバス・・・いつもそのナイフを身に着けているの?その大きな剣はどこにあったの?」
驚いているエマーリエにセバスはにやりと笑う。
「いつ何時敵に襲われるかもしれませんからね。この大剣は私の愛刀でございますよ」
エマーリエはセバスが持っている剣を見る。
銀色の剣は傷がついておりかなり使い込まれているのが解り、エマーリエは頷いた。
「昔から使っているのね。愛刀・・・なのね」
「敵って何?」
混乱しているエインが聞くと、セバスは大剣を背負うように身に着けてどこから取り出したのか黒い指ぬきの手袋をはめた。
「敵は敵でございますよ。ぼっちゃま」
「セバスに任せておけば大丈夫だ。昔は名のある傭兵だったそうだから」
珍しく父、ロズベールがエマーリエ達に言うと、セバスは満足げにうなずいた。
ロズベールは暖炉の前から動かず、大きなおなかを隠すようにソファーの前でうずくまっている。
その後ろでメアリーもうずくまって身を隠して居るのが見えた。
両親は頼りにならないとエマーリエは前に立って戦う用意をしているセバスを見上げる。
「そうでございます。前職は傭兵をしておりまして、妻と掛け落ちした際にこちらで雇っていただきました」
「あ、そういう・・・感じ・・・なのね」
理解が追い付かずエマーリエとエインは頷く。
幼少期から働いているセバスが剣を扱えることなど知らなかった為二人の思考は追いつかなかったが、とりあえずセバスは強いのだろうと身を引いた。
セバスは落ちている剣を拾い上げると、エインに渡す。
「いいですか、ぼっちゃま。もし敵が来たら喉を突いてください。完璧にやるのですよ」
「そんなことできないよ!」
喉を突けというのはアラン王子も言っていたなとエマーリエは思い出しながら手招きしている母のもとへと向かった。
「いいですか、私が戻るまで動かないでくださいね」
「動きたくても怖くて動けないよ」
エインが小さく言うのを聞いてセバスは頷く。
「敵が来たら喉か頭を突いてくださいね」
「だから無理だって!そんな残酷なことできないよ!」
青ざめるエインにエマーリエは横っ腹をつねった。
「騎士の端くれなんだからそれぐらい頑張りなさいよ」
「騎士なんて微塵たりともなるつもりはないよ」
暖炉の前に集まり一家で丸くなって見をひそめているのを確認してセバスはドアを開けて出いく。
「本当にセバスは強い傭兵だったの?僕達、死なない?」
エインは剣を抱きしめながら恐怖のあまり震えている。
エマーリエも恐怖で喉がカラカラになりながら声をひそめて囁いた。
「剣が合わさる音がするわ」
「ほんとだ。本当に盗賊が来ていたんだ」
耳を澄ませると遠くで金属音が聞こえ始める。
セバス一人にしては剣が重なり合う音が多い気がしてエマーリエは窓を見ようと少し身を起した。
「危ないわよ」
ソファーの下に身を隠している母に頷いてそれでもよく見ようと目を凝らした。
窓の外は暗く、月明りに照らされて雪が降っているのが見えた。
「見えないわね」
男のうめき声と剣がぶつかり合う音が近づいてきた。
「こ、怖いよ」
エインは両手を頭に置いて地面に伏せて震えている。
「しっかりしなさいよ」
剣を習っているくせに意気地がないとエマーリエは剣を奪い取って手に持った。
こんなことなら、剣を習っておくんだったと後悔した時に、リビングのドアが開いた。
「こ、殺される」
足元で震えているエインはもう頼りにならないとエマーリエは剣を構える。
入ってきた男のシルエットはセバスにしては細く背が高い。
「エマーリエ!無事か」
会いたいと思っていたアラン王子の声が聞こえエマーリエの体が震える。
幻じゃないかと目を細めてみるが、近づいてくる姿はアラン王子そのものだ。
黒い騎士服を着て剣を片手に歩いてくる姿にやはり幻ではないかと床の上で震えているエインを揺さぶった。
「幻が見えるわ」
「アラン王子だ!助かったんだ!」
部屋に入ってくるアラン王子を見てエインは飛び上がって喜んでいる。
「本当に、アラン様?」
そんな都合のいいことがあるのかとエマーリエはもう一度アラン王子をよく見る。
アラン王子はエマーリエのすぐそばまで来ると顔を覗き込んでくる。
「怪我は無いか?」
久々に聞く低い声と、黒い瞳に見つめられて目を見開いていたエマーリエの両目から大粒の涙が流れた。
会いたいと思っていた人物が目の前に居て自分を心配しているという喜びと、恐怖から解放された安心感で身動きが取れずにいるエマーリエの体を確認してアラン王子はそっとエマーリエを抱きしめた。
「無事でよかった」
アラン王子の髪の毛は雪が降っているせいか少し濡れていて、エマーリエの肩を濡らしていく。
エマーリエも震える手でアラン王子の少し冷たい背中を抱きしめた。
「アラン様、会いたかった」
抱き合っている二人の後ろで、ロズベールとメアリーは複雑な顔をして二人を見つめていた。婚約破棄を言い渡した相手がエマーリエを心配してやってきたのだ。
声を掛けられずにいる両親とは対照的にエインは顔を輝かせている。
殺されるかもしれないという恐怖から解放されたエインは喜びながら抱き合っている二人を気にする様子もなくアラン王子の手を握りしめた。
「アラン王子!ありがとうございました!僕、死んじゃうかと思いました!命の恩人です!」
「いや・・・。俺が来るまでもなかったかもしれない。この家の執事のセバスがほとんど片付けていた。一体何者なんだ?」
エインに手を取られ上下に振られ、アラン王子は戸惑いながら部屋を見回した。
隠れてきたメアリーが立ち上がって神を拝むようにアラン王子に両手を合わせる。
「執事のセバスの前職が傭兵なのですわ。王子が来て下さらなければ私たちは死んでいました!本当にありがとうございます」
「傭兵・・・ただの傭兵とは思えないが・・」
エインと同じように感謝されてアラン王子は戸惑う。
ちょうど部屋に入ってきたセバスが背負っていた大剣をそのままにアルベルト王子の前で頭を下げた。
「アラン王子、駆け付けて下さりありがとうございました。アラン王子が連れてきた騎士達のおかげで盗賊は拘束しております」
腕まくりしているセバスの白いシャツに血がとびっているのが見えてエマーリエとエインは軽く悲鳴を上げた。
いつも穏やかなセバスが剣を使って人を傷つけたのが信じられず数歩下がる。
「殺しえてはいませんよ」
「そ、そう。良かったわ。我が家で人が死んだなんて嫌だから」
引きつった顔で頷くエマーリエとエインにセバスは肩をすくめた。
「でも、どうして私の家が襲われているってわかったの?」
アラン王子に抱き着きながら言うエマーリエに、王子は言いにくそうに周りを見回した。
ここでは言えないようなことなのだろうかとエマーリエが首を傾げるとセバスは納得しているかのようにニッコリと微笑む。
「お二人でごゆっくりお話しされてはいかがですか。積もるお話もございますでしょう」
「そ、そうよ!ゆっくり話したらいいわよ。婚約破棄の件も含めて・・・あっ」
同意して頷いたメアリーが口にした婚約破棄という言葉にエマーリエの体が固まった。
「お母さま、それは禁句ですよ」
エインに囁かれてメアリーはごまかすようにセバスの背中を叩いた。
「おほほほ、とりあえずお茶を淹れるから、どうぞ別室でお話なさって」




