22
どんよりとした曇り空が広がっている。
今にも雪が降り出しそうな寒さにエマーリエは両手を擦りながらリビングから窓の外を見た。
暖炉には火がともっており室内は暖かいが窓際はひんやりとした空気が漂ってきて肩にかけていたショールの前を合わせた。
「寒いわね。今日の訓練は中止にしましょう」
エマーリエはそう言って暖炉の前に腰を降ろす。
すでに暖炉の前で手をかざして温まっていた弟のエインが頷いた。
「雪降りそうだからね。こんな時に外に出たら風邪引いちゃうよ」
「でも、昨日も訓練をしていないわ。これでは勝てないわ」
握りこぶしを作っている姉を見てエインは顔をしかめた。
「何回も言うけれどさ、アラン王子には勝てないからね」
「解っているわよ」
本当は守るために訓練をしているのだが、未来が見えるなどという事は言えないのでアラン王子に決闘を申し込むと勘違いしているエインに頷いておく。
あと数日で戴冠式だというのにエマーリエはちっとも強くなった気がしない。
「戴冠式には出席したいのにできないし、どうしようかしら」
呟くエマーリエにエインはぎょっとして姉を見た。
「姉さん行くつもりなの?まさか、戴冠式で決闘を申し込む気?」
「そんなわけないでしょ!」
「よかった。戴冠式でそんなことしたらさすがの僕達も貴族界を追放されるよ」
「しないってば!」
「お嬢様、お客様がお見えです」
「わっ、ビックリした」
音を立てずに近づいてきたセバスにエマーリエとエインは驚いて飛び上がった。
物心ついたころからセバスは館で働いているが、毎回音を立てずに近づいてくるのにエマーリエは驚いてしまう。
「申し訳ございません」
「お客ってまさか、アラン様?」
手紙一つよこさないアランにエマーリエが目を輝かせるとセバスは首を振った。
「残念ながら違います。マドリーヌお嬢様でございます」
「マドリーヌちゃんか・・・」
アラン王子がもしかしたら来たのかもしれないという期待を裏切られて落ち込むエマーリエにセバスは軽く頭を下げた。
「どうされますか?」
「せっかく来たのだから会うわよ」
「客間にお通ししております」
暖炉の傍に座っているエインは立ち上がった姉を見上げる。
「姉さん。婚約破棄されたのにアラン王子から連絡が来ると思う?期待するのやめなよ」
「うるさいわね!言っておくけれど、私はアラン様に嫌われたわけじゃないもの」
嫌われたわけでもないのに婚約破棄などされるのかとエインはエマーリエに言いそうになり口を噤んだ。
これ以上言って姉の大声で泣く声を聞くのは精神的につらいし耳が痛い。
たった3日間だがエマーリエが大声で泣く声は屋敷中に響きエインは頭痛がする日々を過ごしていた。あの日々に戻ることはできればしたくはない。
「マドリーヌさん、待っているんじゃない?」
「そうね、お会いしてくるわ」
寒さに耐えながら客間へと向かうと、久しぶりに見るマドリーヌが微笑みながら立ち上がって迎えてくれる。
「エマーリエお姉さま、お久しぶりです」
「お久しぶりです」
「お元気そうで良かったですわ。アラン王子と喧嘩をされてお城から出ていかれて心配しておりましたの」
言いにくそうにエマーリエの顔を見るマドリーヌ。
「喧嘩と言うか、一方的に婚約破棄だって言われて追い出されたのよ。アラン様はお元気?」
納得がいかないと怒りながらエマーリエは頬を膨らませて自らの手を握りしめる。
マドリーヌはエマーリエの気迫に引きつつ頷いた。
「あまりお見掛けはしませんけれど、普段と変わりなく過ごされておりますわ」
「そう、私が居なくても普通に暮らしているのね」
「エマーリエお姉さまは、以前よりお元気そうに見えますわね。ショックで臥せっているってベアトリス王妃様からお伺いしておりましたが」
「えぇ、そうよ。泣いて過ごしていたけれど、それじゃいけないって私、運動を始めたの」
手を前後に動かしてアピールするエマーリエにマドリーヌはまた引きった笑みを浮かべる。
「そ、そうなんですのね。お元気そうで良かったですわ」
「ちっとも良くないわよ!アラン様にお会いしたいし、近づきたいし、触りたいわ!」
触ったら何か視えるだろうとエマーリエは手を空中で握る仕草をする。
今にも発狂しそうなエマーリエにマドリーヌはそくささと席を立った。
「お元気な姿を確認できて良かったですわ。わたくし、お見舞いに来ただけですのでそろそろ失礼いたしますわね」
「もう帰るの?」
もう少しアラン王子の様子を聞きたいと思ったがマドリーヌは急いでいるようだ。
エマーリエも仕方なく立ち上がる。
「エマーリエお姉さまこの家は大きくてご立派ですわね。さすが、昔からの貴族と言われているだけありますわね」
廊下の寒い空気に震えてエマーリエは頷いた。
「大きいだけよ。お金は無いからこうして廊下も寒いでしょ」
「そう言われると、使用人も少ない感じですわね」
辺りを見回すマドリーヌにエマーリエは頷く。
これだけのお屋敷なら、使用人が数人いるはずだが廊下は人気がなく静まり返っている。
「使用人なんてほぼいないわよ。通い出来ている執事のセバスと料理を作ってくれる人ぐらいね」
「それではお掃除など大変ですわね」
「慣れているからいいけれど、掃除は大変だわ」
「お姉さまのお世話する方もいらっしゃらないのですか?」
「居ないわ。昔っからよ!私も貴族のお嬢様みたいな暮らしがしたかったわ」
廊下を歩いているとセバスがワゴンを押しながら歩いてきた。
「おや、もうお帰りですか。奥様が作ったケーキがございますのに」
「ありがとうございます。雲行きも怪しいですし、お姉さまのお顔を見にきただけですから」
丁寧にお礼を言ってマドリーヌは帰って行った。
玄関のエントランスで遠くなるマドリーヌが乗った馬車を見送る。
「寒いわね」
エマーリエは空を見上げると白い雪が舞い降りてきた。
「降ってきたわ」
「雪でございますね」
後ろに控えていたセバスも空を見上げる。
灰色の雲からは白い大粒の雪が地面へと落ちていく。
「この寒さだと積もりそうね」
玄関ドアを閉めるセバスに言うとエマーリエはかじかんだ両手に息を吹きかけた。
少し外に出ただけなのに寒さで手が痛い。
「今夜、私はここに泊まりになりそうですね。雪が積もるとお屋敷の管理が大変ですから」
通いで来ているセバスの家は馬で10分ほどの所だが雪が降る日は毎回泊りで家の様子を見てくれている。
朝早くから雪かきをしてくれるセバスの背中をエマーリエは叩いた。
「そうね。いつも助かるわ。セバスの奥様と息子ご夫婦にはお知らせしなくていいかしら」
「わかっているからいいでしょう。毎年雪が降れば私はここに泊まりますから」
二人は歩きながら、暖炉の部屋へと向かう。
部屋に入ると暖かい空気にホッと息を吐いてエマーリエはまだ暖を取っているエインの横に座った。
「もう、マドリーヌさん帰ったの?」
「そう、挨拶だけして帰って行ったわ」
「姉さんが心配だったんだろうね。いい人だね」
暖炉に手をかざしながら言うエレン。
「そういえば、雪が降ってきたわよ」
「どうりで寒いわけだよ。明日はセバスと雪かきか」
ため息を付くエインにエマーリエはにやりと笑った。
「大変ね」
「姉さんも一緒にやった方がいいね。体力付くから」
「確かにそうね」
嫌がるだろうと思って言ったのだが意外な答えが狩ってきてエインはセバスを振り返って肩をすくめて見せた。
「姉さんが運動を進んでするって」
「お嬢様は、婚約破棄のショックで正常ではありませんから」
「なるほど」
「婚約破棄って言わないで!」
ギロリと睨まれてエインは両手を上げた。
「ごめん。でも真実だし」
「おや、雪がだいぶ積もりましたね」
セバスは窓の外見て呟いた。




