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数日後エマーリエは実家に戻っていた。

自室のベッドの上で止まらない涙をぬぐい横になっていると、母のメアリーが愛想笑いをしながらカットされたフルーツを手にそっと覗き込んできた。


「エマーリエちゃん。美味しいフルーツがあるわよ」


「いらない」


ベッドに伏せた顔を上げず言うエマーリエはまた声を上げて泣き始めた。


「もう3日目よ。毎日泣いてばかりいたら、気が滅入るわよ」


「すでに気が滅入っているから構わないで!」


泣きながらも怒るエマーリエにメアリーはため息を付いた。


「怒る元気があるのなら、いい加減フルーツぐらい食べなさい」


「食欲が無いの。だって・・・アラン様が婚約破棄だなんていうから・・・」


やっと顔を上げたかと思うと真っ赤に腫れた目から涙を流すエマーリエにメアリーは水を差し出した。


「せめて、水を飲んだら?それだけ泣いたら水分がなくなってしまうわよ」


「うっっっ」


涙を流しながらもエマーリエは差し出された水を受け取って飲み干す。

その合間に、メアリーはフォークに刺したフルーツをエマーリエの口にねじ込んだ。

泣きながらも口に入れられたフルーツを咀嚼して飲み込むとまた声を上げて泣き始めるという生活にメアリーはうんざりしながら娘の涙をぬぐってやった。


「初恋は実らないっていうわよ。次を探しましょう。きっといい方がいらっしゃるわよ」


「適当なことを言わないで。アラン様以上の人なんて居ないわよ!」


キッと腫れぼったい目で睨まれてメアリーはゆっくりと頷く。


「そうねぇ・・。たしかに、あれだけ美形で、地位がある人は居ないわよね」


「そうでしょう?アラン様と結婚できないのなら死んだほうがましよ」


「そんな大げさな。王家なんて嫁に行く所じゃないってわかってよかったじゃない」


「アラン様に捨てられたら・・・もう、私はお終いだわ」


また大声で泣き出したエマーリエにメアリーは耳を塞いで立ち上がった。


「お母さん耳が痛いから、戻るけれどお腹が空いたら出てきなさいね。あと迷惑だから声の大きさを押さえて頂戴ね」


「酷い!お母さまは私の事なんてどうでもいいんだわ」


「どうでもよかったら放置しているわよ。それと、ベアトリス王妃が二人は喧嘩していることにしてあるっておっしゃっていたわよ」


「喧嘩って何?喧嘩したら婚約破棄っていわれるの?」


泣きながら顔を上げるエマーリエにメアリーは少し考える。


「そうねぇ。アラン王子は言いそうだわね。喧嘩の末にアラン王子が言い放ったということになっているからそんなに深刻に周りも受け止めて無いから安心してね」


「安心なんてできないわよー。喧嘩じゃないし、アラン様は私を遠くに置いておくつもりなんだわ。その間にアラン様が死んでしまったらどうするのよぉ」


大声で泣きだそうとしたエマーリエはぴたりと動きを止めた。

涙と止めて天井を見上げるエマーリエの様子にメアリーはとうとう失恋で可笑しくなったかと心配して声を掛ける。


「エマーリエちゃん?大丈夫?」


「そうよ、アラン様が死んでしまうわ」


エマーリエは呟くとメアリーの腕を掴んだ。


「何の話?」


「私がいつか見た光景よ。アラン様が剣で刺されて死んでしまう恐ろしい光景。私も斬られたけれど」


「そうね、それが原因でアラン様は婚約破棄したのでしょう?エマーリエを想ってことよ、愛ねぇ」


愛と言う言葉を思わず言ってしまいメアリーは口を押えた。

親としてはアラン王子との想いを断ち切らせてやりたかったが未練が残るような別れ方は良くないとあえて言わなかった言葉だ。


メアリーの言葉を気にした様子もなくエマーリエは掴んでいる手に力を入れた。


「アラン様が死なないようにしないと!なんとか当日式典に行かれないかしら」


「む、無理だと思うわよ。お父様は行く予定だけれど私とエマーリエはお留守番よ」


「なぜ?」


「なぜって、貴方婚約破棄された身でのこのこ行けるはずないでしょ」


「なんてことなの!当日私にしか分からないことだってあるかもしれないじゃない!あのままだとアラン様は数人の手によって殺されてしまうかもしれないわ」


「でも、そこまでわかっていたら騎士も増員されるだろうから大丈夫よ」


「大丈夫かどうか分からないじゃない!絶対に当日潜り込むわ!」


「無理よ・・・」


メアリーは首を振るがエマーリエは気にした様子もなく決意を決めて母親を見た。


「私が絶対にアラン様を殺させないから!こうしちゃいられないわ、体力と戦闘力を付けないといけないわ」


音を立てて部屋を出ていくエマーリエはすっかり元気を取り戻したようでメアリーは一安心する。


「戦闘力って何かしら・・・」





エマーリエが泣いて暮らしていたのは城から帰ってから3日だけだった。


「えっ、ほっ、えっ、ほっ」


メアリーは顔をしかめて庭で模擬刀を振り回して掛け声を上げているエマーリエを見つめた。

そこへ、通りかかった執事のセバスが足を止めた。

黒いスーツの上からも筋肉が盛り上がっているのが解るぐらいの巨体のセバスは両腕に大きな鉢植えを抱えている。


「お嬢様はいかがされたのでしょうか?」


「戦闘力を鍛えたいそうよ」


「一体なんのために、でございますか?お嬢様、運動は苦手でしょう」


遠い目をして言うメアリーにセバスは首をかしげた。


「婚約破棄されたからアラン王子に決闘でも申し込むつもりなんだよ」


後ろからメアリーの年の離れた弟エインが割り込んできた。

まだ13歳だが大人びいているエインもエマーリエと同じく運動は苦手という似た物兄妹だ。赤茶色の短い髪の毛を撫でつけながら言うエインにセバスは頷いた。


「それは無理がありましょう。アラン王子は騎士にも匹敵するほどの腕前とお伺いしております」


「セバスの言う通りだよ。僕なんて、毎日姉さんに剣の相手させられているんだから嫌になるよ。でも鍛えている理由なんてそれ以外考えられない」


エインはたしなみ程度に剣技を習っているが、騎士になるつもりもなく強くなりたいとも思っていないため剣については素人に毛が生えたぐらいの知識だ。

そもそも生まれた時から運動音痴なために剣技を習っているのも苦痛でしかなくいつ辞めようかと思っているほどだ。


それなのに毎日、エマーリエに教えなさいと言われて相手をさせられているエインはうんざりして庭で素振りをしている姉を見る。


「姉さんに付き合ってあげて。泣いて暮らしているよりはよっぽどいいわ」


メアリーに言われてエインは頷く。


「そりゃそうだけどさ、毎日付き合う僕も疲れたよ」


「エイン!見てないで剣の相手をしなさいよ」


庭で素振りをしていたエマーリエがエインに気づいて剣で命令してくる。

仕方なくエインは庭へと降りて行った。

二人で素振りをしている姿を見てメアリーはホッと息を吐く。


「元気になって良かったわ。エインが優しいから付き合ってあげてくれて助かるわね」


隣に立っているセバスもかしこまって頷く。


「お嬢様は剣の才能は全くと言っていいほどありませんね。剣の持ち方が全くなっておりませんな」


ウズウズしているセバスにメアリーは上品に笑った。


「ほほほっ、セバスさん、うちは危ないことはしないのよ。しっかり教えるなんてことしなくてよろしいですからね」


「解っておりますとも。しかし、ぼっちゃまもあれでは誰かに襲われたとき撃退できませんぞ」


「セバス、ウチは騎士ではないのだからやめてね。体力が付けばいいのよ」


教えたくてうずうずしているセバスにメアリーはもう一度釘を刺した。


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