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首元に冷たい感覚にエマーリエは目を覚ました。

部屋の中は薄暗く、寝ていても目が回る感覚と胃が燃えるような吐き気に横を向いた。

吐ける気配もなく荒く呼吸を繰り返すエマーリエの前に水の入った水差しが差し出される。

侍女かと思うがゴツゴツした剣ダコのできた大きな手に視線を辿るとアラン王子の心配そうな瞳が見つめていた。


「水分を多めに取った方がいい」


静かに言うアラン王子の言葉にエマーリエは頷いた。

起き上がろうとするとすかさずアラン王子の腕が背中に差し込まれて起される。

水を受け取って一口飲むと、喉の渇き気に気づき一気に飲み干した。

空になった水差しをアラン王子が受け取り、そのまままたベッドへと横になる。


「気分は?」


静かに聞くアラン王子にエマーリエは弱々しく答える。


「気持ちが悪いし、目が回るわ」


「痺れはないか?手の痺れや舌が痺れるとか」


エマーリエの額を冷たいタオルで拭きながらアラン王子が聞く。

エマーリエは首を振った。

部屋にはベッドに寝かされたエマーリエとすぐ横に椅子を持ってきて座っているアラン王子以外居ない。

カーテンが引かれた部屋は薄暗く、窓の外も暗い。


「今は何時?」


部屋を見回して聞くエマーリエにアラン王子は答える。


「夜中の2時だ。先ほどまでエマーリエの母上も居たんだが俺が付いているからと帰ってもらった」

「そう・・・。毒が入っていたの?」


毒で倒れるのはアラン王子だったはずなのにとエマーリエは思いながら聞く。


アラン王子は頷いた。


「テレッサが渡したワイングラスに即効性の毒が入っていた。入れたのは傍に居たテレッサの侍女だ」


「そんな分かりやすいことをなぜしたのかしら」


吐き気を押さえながら言うエマーリエにアラン王子は肩をすくめた。


「自分は何をしてもつかまらないと思っているんだろう。実際、母国ではやりたい放題だったようだ。今回も、侍女がやったと言い張り無罪を主張している。侍女もテレッサ姫も同じ毒を持っていたから姫がやったという証拠はない」


「そうなの」


「努力はするが、テレッサ姫を断罪することはできそうにない。我が国に永久に立ち入ることを禁止することぐらいしかできない。すまない」


「もう二度と私に関わらないでくれればそれでいいわ」


手を伸ばしてアラン王子はエマーリエの額を撫でた。

長く冷たい指が気持ちよくエマーリエは目を閉じる。

閉じた瞼の裏に、美しいテレッサ姫の顔が思い浮かんだ。

魅惑的な体に、美しい顔、自信がある言動や行動、そして地位。

なぜ、アラン王子は私など選んだのだろうかとエマーリエはぐるぐると考える。

初めてあった日に、一目ぼれしたのはエマーリエの方であり、王子ではない。

アラン王子の冷たい指先を額に感じながらエマーリエは夢と現実の合間で呟いた。


「ねぇ、どうして私なの・・・。私の事なんて本当は一目惚れしたなんて嘘でしょ」


瞼が重く、開けることができない。

目を瞑っていても目が回る感覚に夢なのか現実なのか分からず思わず口に出た言葉も本当に声に出して言ったのかさえ分からない。


「嘘ではない」


遠くでアラン王子の静かな低い声が聞こえる。


「ずっと、エマーリエに恋をしていた」


都合のいい夢を見ているのだとエマーリエは眠りに落ちた。




次にエマーリエが目を覚ましたのは翌日の昼過ぎだった。

目を覚ましたエマーリエに母メアリーが涙ながらに頭を撫でてくる。


「具合はどう?」


「気持ち悪い」


相変わらず胃が痛く、吐き気と頭痛に襲われエマーリエは横を向いた。


「先生、エマーリエが気持ちが悪いって言っていますわ」


「どれ、診てみましょう」


控えていた医師が、血圧と脈を測り問診をしていく。


「まぁ、大丈夫でしょう。昨日、アラン王子の応急処置のおかげで重篤な中毒症状はでていないようです。2・3日療養すれば治るでしょう」


「よかったわ。ありがとうございます」


メアリーが深々と頭を下げると、医者は薬を置いて部屋を出て行った。


部屋に居るのはエマーリエとメアリーだけだ。


「侍女は下がらせました。落ち着かないでしょ?」


侍女が居る生活もだいぶ慣れたのでエマーリエは大して気にしないが、母親としては他人が部屋に居る環境が落ち着かないらしい。

母親が剥いたリンゴをエマーリエはゆっくりと口にした。


「気持ち悪いけれど、食べないとだめよ」


「わかってるわ」


吐き気はあるが、食べないと体は持たないとエマーリエはリンゴを食べる。


「アラン王子は今までいらしたのよ、会議とかで退出したわ」


「そうなの」


お茶の用意をしながら言う母親にエマーリエは頷いた。

昨晩、ずっとエマーリエに恋をしていたというアラン王子の言葉を思い出してエマーリエは、一人恥ずかしくてジタバタする。

あれは夢なのか、現実なのか分からないが、あの言葉だけで生きていてよかったと思えるほど嬉しい。


「具合が悪いの?」


嬉しさと恥ずかしさで悶えているエマーリエに心配したメアリーが声を掛ける。

エマーリエは慌てて首を振った。


「大丈夫よ。だいぶ良くなってきた気がする。吐き気はするけれど」


「ちゃんと食べて、薬を飲んで寝なさいね」


「はーい」


メアリーがお茶を出しながらベッドサイドに置いてある椅子に座った。

ゆっくりとリンゴを食べているエマーリエにメアリーは深刻な顔をして話を切り出した。


「エマーリエ。王宮は怖いところよ。毒殺をされそうになるなんて・・・。今からでも遅くないわ、結婚は止めたらどうかしら」


母親のまさかの提案にエマーリエは首を振った。


「嫌よ。何度も言うけれど、私はアラン王子に一目ぼれをしたの!そんな人と結婚ができるなんて嬉しいわ」


「そうでしょうけれど、命には代えられないわよ」


「今回だけよ、命を狙われたのは」


断言するエマーリエに母メアリーは小さく首を振る。


「今回だけ?違うわよ。アラン王子は花嫁に殺されそうになったり、馬車の車輪が壊れて大変な事故になるところだったと聞いているわよ。それもエマーリエが防いだって言うのも聞いたわ。もう危ないことは止めて一緒に家に帰りましょう」


「お母さま、絶対に私は帰らないわ」


リンゴを口の中に入れたままエマーリエは母親を見る。


「でも、エマーリエ。危ないわよ。今回も毒を盛られて死んだらどうするの」


「それでも帰らない!私が帰ったら、アラン様の危機を知らせることができないわ。そうしたらアラン様が死んでしまったり怪我をしてしまうかもしれないじゃない。私はそんなの嫌よ」


強い決意をしたエマーリエにメアリーはため息を付いた。


「こんな目にあっても貴女は帰らないって言うのね」


確認するように言う母に、エマリーエは頷いた。


「私だって怖いし、命は惜しいわよ。でも、アラン様をお守りしたいの。それができるのが今は嬉しいわ」


「そう。何を言っても決意は固いのね。それだけ貴方が、アラン王子を想っているってことが解って良かったわ。ただの憧れではないのね」


確認するように言われてエマーリエは少し考えて頷いた。


「憧れではあるかもしれないけれど、愛だとか恋だとかわからないわ。でも、ずっと傍に居てお守りできるならそうしたいと思っているの。こんな目に合っても」


しっかりと答えるエマーリエにメアリーは頷く。


「わかったわ、お父様にもそう伝えるわね。心配していたから」


「ありがとう」


「もっと食べなさい」


剥いたリンゴを半分残してフォークを置いたエマーリエは顔をしかめてベッドへと横になった。


「もういらわないわ。気持ち悪くて、胃も痛いし」


「なら、水分を取りなさい。お医者様もたくさん飲んで、出しなさいって言ってたわよ」


アラン王子も水を沢山飲めと言っていたことを思い出してエマーリエは仕方なく少し起き上がって水分を取った。

きりきりと胃の痛みが増した気がしてまたベッドへと横になる。


「お腹痛い」


「毒ですもの。生きていてよかったわ」


頭を撫でる母の体温を感じながらエマーリエはまた眠りについた。




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