表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
甘露の革命 ―泥に堕ちた聖パティシエは、光の結晶で世界を溶かす―  作者: 時空院 閃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/10

第8話:泥の盟約と、魂を撃ち抜く一粒

いつも『甘露の革命 ―泥に堕ちた聖パティシエは、光の結晶で世界を溶かす―』をお読みいただき、本当にありがとうございます!


前回の第7話では、泥と飢餓に支配された最果ての貧村に、突如として不釣り合いな「極上の富」が運び込まれました。

帝都の貴族すら容易には口にできない純白の白麦、黄金の動物脂、そして重厚な鉄のオーブン。それはルカの圧倒的な腕が勝ち取った正当な報酬でしたが、明日食べる泥水すらないこの村においては、匂いが漏れただけで村人たちが殺し合いを始める「猛毒」に他なりません。


「殺される。明日、夜が明けりゃ、俺たちは全員殺されるぞ……!」


ガタガタと震える父ジャックの言葉は、決して大げさなものではありません。極限の飢えは、人間の理性をいとも簡単に獣へと変えてしまうからです。

そして本日更新の第8話『泥の盟約と、魂を撃ち抜く一粒』では、その底知れぬ恐怖が、最悪の形でルカたちに牙を剥きます。


強大すぎる富を隠し通し、村全体を「パンの香り」で支配するため、ルカが最初の共犯者として選んだのは、父の親友である巨漢の農民・バルカスでした。

しかし、深夜の土砂降りの中、無理やり納屋へ引きずり込まれたバルカスが目の当たりにしたのは、希望ではなく「死の宣告」でした。


想像してみてください。

明日生きるかもわからない貧農が、親友の家に隠された「国を滅ぼしかねないほどの莫大な物資」を見てしまったら。

親友がついに狂い、商人を襲って強盗を働いたのだと誤解してしまったら。


怒号が響き渡り、愛する家族を巻き込まれまいとするバルカスの手が、ついに恐ろしい凶刃なたへと伸びます。

血の雨が降る一歩手前。大人の男たちが恐怖と絶望でパニックに陥る中、七歳の少年ルカだけが、静かに歩み寄ります。


激昂する巨漢の男に対し、ルカが差し出したのは、たった一粒の「飴色に光る小さな塊」でした。


刃物を突きつけられた極限状態の中、前世で頂点を極めた聖パティシエは、飢餓で干からびた男の脳髄に、一体どのような「甘美な暴力」を叩き込むのか。

泥水しか知らない人間の舌が、完璧に計算され尽くした『究極のプラリネ』に触れた瞬間、生存本能はどう狂わされていくのか。


泥濘の村で結ばれる、狂気と快楽に満ちた「盟約」の瞬間。

ルカの放つ甘美な毒が、大人の常識をドロドロに溶かしていく様を、どうか本編で見届けてください。


それでは、第8話『泥の盟約と、魂を撃ち抜く一粒』、どうぞお楽しみください!

土砂降りの雨の中、ジャックは巨漢の男の腕を力任せに引いて納屋へと戻ってきた。

寝巻きの上に粗末な外套を引っ掛けただけのバルカスは、真夜中に叩き起こされた苛立ちと、親友のただならぬ様子への困惑を隠せずにいた。


「おいジャック、一体何の騒ぎだ。こんな夜更けに……」


バルカスが不機嫌に納屋に足を踏み入れた瞬間、彼の言葉は喉の奥で凍りついた。

暗い納屋の中に、不気味なほどに白く浮かび上がる麦粉の山。そして、奥に鎮座する 巨大な鉄の怪物。その傍らには、泥の村には到底似つかわしくない、冷ややかな瞳をした上流階級の女が立っていた。


「……なんだ、これは。ジャック、お前……」


バルカスの顔から血の気が引いた。彼は反射的に腰に提げたなたに手をかけ、じりじりと後ずさった。

「……白麦。それに鉄の道具。こんなもんがこの村にあるとバレりゃ、兵士が飛んできて村ごと火の海にされるぞ! お前、ついに気が触れて商人の馬車を襲ったのか! 俺を……俺の家族まで地獄に道連れにするつもりか!!」


バルカスの怒号が、雨音を切り裂いた。それは親友への怒りではない。明日にも家族が理不尽に殺されるかもしれないという、農民としての本能的な恐怖の絶叫だった。


「違う、バルカス! 落ち着け!」

ジャックは、逃げ出そうとするバルカスの胸ぐらにしがみついた。

「これは盗んだもんじゃねぇ! ルカが、俺たちのルカが、その腕一本で帝都の貴族からむしり取ってきた正当な報酬なんだ!」


「ふざけるな!」

バルカスはジャックを力任せに突き飛ばした。

「七歳のガキが、どうやって白麦の山を稼ぐんだ! 嘘をつくにしても、もっとマシな嘘をつけ! 悪いことは言わねぇ、今すぐこれを川に捨てろ。でなきゃ、俺が今ここでお前を……っ」


バルカスが鉈を引き抜こうとした、その時だった。

ルカが、静かにヴィクトリアの傍らから歩み寄り、巨漢のバルカスの前にスッと小さな手を差し出した。


「おじさん。……これ、食べてみて」


ルカの手のひらに乗っていたのは、親指ほどの大きさの、飴色に光る小さな塊だった。

バルカスは血走った目でそれを睨みつけた。

「……なんだそれは。毒でも食わせる気か」


「僕が作ったお菓子だよ。これが、この白麦の『答え』」


バルカスは荒い息を吐きながら、半信半疑でその塊――アーモンドのプラリネを指でつまみ、乱暴に口へ放り込んだ。そして、奥歯で力任せに噛み砕く。


カリッ。


小気味よい音が頭蓋に響いた次の瞬間。

バルカスの全身の動きが、まるで雷に打たれたようにピタリと止まった。


「…………ぁ、……っ?」


飢えで干からびていた彼の脳髄を、未知の『暴力』が容赦なく殴りつけた。

香ばしく焦がされた砂糖の、突き抜けるような甘み。噛み締めるたびに溢れ出す、アーモンドの濃厚な油脂と深いコク。そして、それらを引き締める微かな岩塩の刺激。


泥水を啜り、酸っぱく固い雑穀のパンを胃袋に流し込んで生き延びてきた男にとって、それはただの食べ物ではなかった。

全身の細胞が歓喜の悲鳴を上げ、麻痺していた生存本能が強烈な快楽に支配されていく。


「あ……が、ああ……っ」


バルカスは喉から獣のような呻き声を漏らし、その場に両膝をついた。

飲み込むのが惜しい。だが、喉の奥へ消えていくたびに、冷え切っていた腹の底から、猛烈な「生きる力」が湧き上がってくるのが分かった。

気がつけば、泥だらけの頬を大粒の涙が伝っていた。


「……これが、ルカの力よ」

ヴィクトリアが、冷たく、しかし絶対的な確信を持って言い放った。

「その一粒が、帝都の権力者を狂わせた。この納屋にあるものは、すべてその一粒の価値がもたらしたものよ。……これで、理解できたかしら?」


バルカスは、口の中に残る甘美な余韻に震えながら、ゆっくりと顔を上げた。

目の前に立つ七歳の少年は、怯えることも誇ることもなく、ただ静かにバルカスを見下ろしていた。その瞳の奥には、村を、いや世界すらもこの手で書き換えてみせるという、底知れぬ狂気と知性が宿っていた。


「……ジャック。お前……とんでもねぇもんを産んじまったんだな」


バルカスは鉈から完全に手を離し、泥の床に両手をついた。

「……これ一粒で、俺の今まで信じてきた恐怖が全部どうでもよくなっちまった。……こんな美味いもんがあるって知らされたら、もう二度と、あんな泥水みたいな生活には戻れねぇよ」


バルカスは立ち上がると、今度は自ら、白麦の袋を力強く撫でた。

「……分かった。俺も地獄の底まで付き合ってやる。この味を、俺たちの家族を、誰にも奪わせねぇ。……で、どうするんだ? この粉をまた一粒ずつ、あの甘い塊にするのか?」


「ううん。それじゃ村の人たちは味方にできない」

ルカが、闇の中で重厚な光を放つ鉄のオーブンを指差した。


「粉のままだと奪い合いになる。でも、誰も食べたことがないくらい美味しくて、お腹が膨れる『形』にして配れば、それは村のみんなの『命綱』になる。……二人とも、手伝って。みんなの胃袋を掴む、最高のパンを焼くんだ」


深夜の納屋。

死の恐怖は、一粒の甘い毒によって、強固な「共犯関係」へと姿を変えた。


第8話を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!


ついにルカの最初の「共犯者」として、巨漢の農民バルカスが仲間に(物理的に胃袋と脳を掴まれて屈服)加わりました。

明日をも知れぬ飢餓の世界において、前世の至高の技術が詰まった「アーモンドのプラリネ」は、文字通り大人の常識と防衛本能をぶち壊すほどの『甘美な暴力』。鉈を握りしめていた大男が、たった一粒の輝きに魂を撃ち抜かれるシーンは、執筆していて特に力が入った場面です。


恐怖に支配されていた農民たちが、ルカの生み出す「甘み」によって、少しずつ、しかし確実に狂わされていく。これこそが、ルカの目指す『甘露の革命』の第一歩となります。


さて、無事に(?)バルカスを共犯者に引き込んだルカですが、次回の第9話『深夜の共犯者と、琥珀のカンパーニュ』では、いよいよあの納屋の奥に鎮座する巨大な鉄の怪物――「鉄のオーブン」が本格的に火を噴きます!


作るのは、お菓子ではなく、村の連中を完全に支配下に置くための「最強の香りの兵器」。

土砂降りの深夜、大人二人が汗だくになって7歳児の指示で生地を捏ね上げる、奇妙で熱い共同作業が始まります。


さらに次回は、読者の皆様にもルカの企む「村を支配する香り」を体感していただけるよう、作中に【現代版・再現レシピ】を掲載いたします! ぜひルカたちと一緒にパン作りの熱気を感じていただければ幸いです。


「バルカスの落ちっぷりが最高だった!」「続きのパン作りが気になる!」と思ってくださった方は、ぜひ下部にある【ブックマーク登録】や、広告下の【評価の星(☆☆☆☆☆⇒★★★★★)】で応援していただけると、執筆の凄まじい原動力になります!


それでは、次回の更新もどうぞお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ