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甘露の革命 ―泥に堕ちた聖パティシエは、光の結晶で世界を溶かす―  作者: 時空院 閃


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10/10

第9話:深夜の共犯者と、琥珀のカンパーニュ

いつも『甘露の革命 ―泥に堕ちた聖パティシエは、光の結晶で世界を溶かす―』をお読みいただき、本当にありがとうございます!


前回の第8話では、恐怖から凶刃を振るおうとした大男バルカスが、ルカの差し出したたった一粒の「プラリネ」によって完全に陥落しました。

明日を生きる保証すらない泥の村で、極限まで高められた「至高の甘みと脂質」は、大人の防衛本能や常識をいとも容易く粉砕する『暴力』そのものでした。


こうして、ルカの最初の狂信的な「共犯者」となったバルカス。

本日更新の第9話『深夜の共犯者と、琥珀のカンパーニュ』では、彼らを巻き込んだルカの次なる一手がいよいよ動き出します。


舞台は、激しい雨音が響く深夜の納屋。

帝都の貴族すら容易には手に入れられない「純白の麦」と、圧倒的な熱量を誇る「鉄のオーブン」。

これらを使い、ルカが作り出そうとしているのは、村全体を支配するための『最強の香りの兵器』です。


大人の男二人が汗だくになりながら、七歳の少年の指示で無心に生地を叩きつける異様な光景。

ただの泥のようだった粉が、命を吹き込まれ、生き物のように膨れ上がっていく熱気。

そして、重厚な鉄の扉の奥で起きる「変容」――。


さらに今回は、読者の皆様にもこの「村を支配する香り」を体感していただくべく、作中に【現代版・琥珀のカンパーニュの再現レシピ】を掲載しております!


泥の村に初めて漂う、暴力的で圧倒的な「幸福の匂い」が産声を上げる瞬間。

深夜の密室で繰り広げられる、熱くて奇妙なパン作りの儀式を、どうぞ最後までお楽しみください!

激しい雨音がトタン屋根を叩く深夜の納屋。

だが、その冷たい暗闇の中には、これまで泥の村には存在しえなかった「熱気」が満ちていた。


一粒のプラリネによって完全に屈服し、狂信的な共犯者となった巨漢のバルカスは、腕まくりをして白麦の袋の前に立っていた。隣には、親友のジャック。二人の大人の男が、七歳の少年ルカの指示を待っている。


「……で、ルカ。俺たちは何をすればいい?」

バルカスの声には、恐怖ではなく、未知の儀式に挑むような高揚感が混じっていた。


「二人には、僕の『手』になってもらうよ。この粉を、村のみんなを従わせる最強の武器に鍛え上げるんだ」

ルカは木箱から粉を掬い出し、大きな木の鉢へ移した。


「全部を白麦にはしない。真っ白なパンなんて、村の連中は警戒して食べられないからね。あえて少しだけ、村で採れた雑穀の粉を混ぜるんだ。それが香ばしさを生む『魔法』になる」


【読者の皆様へ:ルカの琥珀のカンパーニュ(田舎パン)再現レシピ】

※現代の家庭で「村を支配する香り」を再現するための分量です。


材料


強力粉(白麦の代用): 400g

全粒粉またはライ麦粉(雑穀の代用): 100g

塩: 10g

水(ぬるま湯): 350ml(加水率70%。しっとり感を出すため多めに)

ドライイースト: 1g(※作中ではルカが密かに育てた野生酵母を使用)


ルカの技術指南


オートリーズ(水和): 粉と水をざっくり混ぜたら、絶対にすぐ捏ねず、30分放置する。「慌てちゃダメだ。麦が自分で甘く目覚めるのを待つんだよ」


力強い手捏ね: 塩と酵母を加え、生地が滑らかになるまで叩き、伸ばす。


長時間発酵: 室温でゆっくりと2倍に膨らむまで待つ。(現代なら冷蔵庫で一晩寝かせるとより旨味が増します)


焼成: 表面に十字の切れ込み(クープ)を入れ、250℃に熱したオーブンで約30分、琥珀色になるまで焼き上げる。


ルカの指示に従い、ジャックとバルカスが鉢に手を入れる。

水と合わさったばかりの粉は、手にべったりと張り付く泥のようだった。だが、ルカが「30分休ませて」と指示し、再び捏ね始めたとき、生地は劇的な変化を見せた。


「……なんだこれ。さっきまで泥みたいだったのに、生き物みたいに吸い付いてきやがる」

バルカスが驚きの声を上げる。


「麦の力が目を覚ましたんだ。さあ、そこからが二人の力の見せ所だよ。生地に空気を叩き込むように、力一杯捏ねて」


ダンッ! ダンッ!


深夜の納屋に、二人の大男が生地を叩きつける重い音が響く。汗だくになりながら、男たちは無心で生地を鍛え上げた。赤ん坊の肌のように滑らかになった生地は、ルカの手によって布に包まれ、静かな発酵の時間を迎えた。





数時間後。

ヴィクトリアが火の番をしていた鉄のオーブンは、暴力的なまでの熱を放っていた。

ルカは、大きく膨らんだ生地の表面に、鋭利なナイフでスッと十字の切れ込み(クープ)を入れる。


「ここから、命の香りが噴き出すんだ」


重厚な鉄の扉が開かれ、生地が熱の中へ滑り込む。

扉が閉じられた瞬間、納屋に静寂が戻った。雨音だけが響く中、鉄の箱の中で起きている「変容」を、大人たちは祈るような思いで見守っていた。


やがて――。


パチッ……パチパチッ!


「……おい、中で何か弾ける音がするぞ?」

ジャックがオーブンに顔を近づける。


「『天使の拍手』だよ」

ルカが微かに微笑んだ。

「パンの皮がこんがり焼けて、外の空気に触れてひび割れている音。美味しく焼けたよっていう、合図なんだ」


ヴィクトリアが分厚い布巾越しに扉を開けた。

その瞬間、納屋の空気が爆発した。


全粒粉が焼けたナッツのような深い香ばしさと、極上の白麦が放つ濃厚な甘い香り。

それは、泥と汗の匂いしか知らなかった彼らの脳髄を直接揺さぶる、圧倒的な「食」の気配だった。

鉄板の上には、見事な琥珀色に焼き上がり、十字の切れ目から純白の生地を覗かせた大きなカンパーニュが鎮座していた。


「……これが、パン……」

バルカスが震える手を伸ばす。


「食べてみて、おじさん、父さん」


熱さをこらえ、大人の男二人がパンをちぎる。

バリッと力強い音を立てて硬い外皮クラストが割れ、中からは、湯気とともに吸い付くように瑞々しく柔らかい中身クラムが現れた。

二人は、それを無言で口に運んだ。


「…………ッ!!」


バルカスは、天を仰ぎ、声を殺して泣いた。

先ほどのプラリネが「快楽」だとしたら、このパンは「救済」だった。

噛みしめるたびに、硬い皮の香ばしさと、中の生地の驚くほどの甘みが混ざり合う。  これまで食べてきた、酸っぱくて喉に詰まる黒パンとは、同じ麦という植物からできているとは到底信じられなかった。


「……美味ぇ……。ジャック、美味ぇよ……」

バルカスは、涙と汗にまみれた顔で親友を見た。

「これなら……説得なんていらねぇ。この匂いを嗅がせて、これを一口食わせりゃ、村の連中は全員、喜んで俺たちの言うことを聞くはずだ」


ジャックもまた、パンを握りしめたまま力強く頷いた。恐怖は、完全に「決意」へと変わっていた。


「ルカ。……夜が明けたら、これを広場に持っていくぞ」

ジャックが、息子の小さな肩を抱き寄せた。

「お前が作ったこの奇跡を、俺とバルカスで、命に代えても守り抜いてやる」


ルカは静かに頷き、窓の外を見た。

雨が上がり、東の空が微かに白み始めている。


琥珀色の香りが、隙間風に乗って、眠りにつく泥の村へと静かに、そして確実に浸食し始めていた。


第9話を最後までお読みいただき、ありがとうございます!


深夜の納屋で繰り広げられた、泥と汗と熱気の入り混じるパン作り。七歳のルカの容赦ない指示のもと、大の大人二人が必死に生地と格闘する姿はいかがでしたでしょうか?


今回登場した『琥珀のカンパーニュ』は、飢えにあえぐ村人たちの鼻腔と胃袋を容赦なく蹂躙するための、ルカの「香りの兵器」第一号です。

作中に掲載した【現代版・再現レシピ】は、ご家庭でも実際にあの「圧倒的な暴力の匂い」を体感できるよう調整してあります。読者の皆様もぜひ、休日の深夜などにこっそり焼いて、ルカたちの共犯者になった気分を味わってみてください。


さて、無事に焼き上がった極上のカンパーニュですが、次回の第10話ではいよいよ夜が明け、この「暴力的な香り」が村中に解き放たれます。

泥水しか知らない村人たちが、初めて本物の焼き立てパンの香りを嗅いだ時、一体何が起きるのか……。ルカの仕掛ける『甘露の革命』の真の恐ろしさが、ついに牙を剥きます。


「深夜にパンが食べたくなった!」「村人たちの反応が早く見たい!」と思っていただけましたら、ぜひページ下部から【ブックマーク追加】と、【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけますと、ルカの次なる企みを書くための最高のモチベーションになります!


それでは、次回の更新もどうぞお楽しみに!

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