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金獅子の二枚舌

エイテ様の執務室――ではない。


さすがに“外”の人間を、姫の私室のすぐ近くに入れるほど、俺は肝が据わっていない。


だから場所は、王宮の端にある小さな応接室。


窓は少なく、出入り口は一つ。


ハンゾーが扉の外に立ち、レイアが部屋の中で腕を組む。


俺?


俺はというと、胃がキリキリしていた。


「……で、話というのは?」


金獅子ナルキスは椅子に腰掛け、脚を組んで、涼しい顔をしていた。


ギルドで見た時と同じ。


女の視線を浴びて当然、勝って当然、損はしない。


そういう男の座り方だ。


(こいつ、見た目だけじゃなく“勝者の空気”を纏ってるのが一番ムカつく)


「単刀直入に言う」


俺は机の上に、茶も菓子も出さなかった。


出したら、それは“客”だ。


今日こいつは客じゃない。取引相手だ。


「お前に第七王女――セブの陣営のスパイをやってほしい」


「……」


ナルキスの眉が、ほんの少しだけ動いた。


笑わない。


でも、目が面白がっている。


「随分と率直だな。君はいつもそうなのか?」


「遠回しに言うと、俺が死ぬ」


「はは」


ナルキスは軽く笑った。


笑い方まで上手い。


女が落ちるポイントを、自分で把握している笑いだ。


「君は、俺が誰の手駒か知っているはずだ。セブ殿下の……」


「“恋人”のつもりでいる男、だろ」


「言い方が悪いな」


ナルキスは肩をすくめる。


「俺は冒険者だ。契約は契約。感情は感情。……殿下は混ぜたがるが」


(うわぁ。出た。都合のいい男の言い訳)


「セブ殿下は、お前を信じてる」


「信じている、というより」


ナルキスは指先で、自分の胸元を軽く叩いた。


「“信じたい”んだろう。殿下は強い。だが、強い者ほど弱い場所がある」


その言い方。


まるで、王女を見下ろしているのに、同時に“理解している俺”を演出している。


(野心家。自信家。で、たぶん――危険なほど、頭が回る)


レイアが一歩前に出る。


「ナルキス。姫様を侮辱するなら、私が斬る」


「侮辱? 違う」


ナルキスはレイアを見て、少しだけ目を細めた。


「俺は敬意を払っている。……だからこそ、殿下の“弱さ”を利用する者が嫌いなんだ」


(お前だろ)


俺が内心でツッコむと、エイテ様が机を指でトントンと叩いた。


「コーメイ。続きを」


「はいはい」


俺は咳払いを一つ。


「話を戻す。俺はお前に、“第八王女陣営に寝返ったように見せて”、セブ側の情報を抜いてほしい」


「寝返り、ね。見返りは?」


ここが本題だ。


野心家は、損をしない。


損をする時は、“もっと大きく儲かる”と確信した時だけだ。


「席をやる」


「席?」


「王女陣営に取り入るための席。……ただし、俺の前でな」


ナルキスは少しだけ笑った。


「面白い。君は自分が誰より上だと言いたいのか?」


「違う」


俺は即答した。


「俺は一番下だ。だからこそ、上に上がる奴の足を引っ張れる」


一瞬、ナルキスの笑みが止まった。


「……君は、自分を低く見せるのが上手い」


(違う。事実だ)


「……」


沈黙。


ナルキスは、指先で机を叩いた。


そして、決めた。


「いいだろう。引き受ける」


レイアが眉をひそめ、ハンゾーが扉の外で小さく息を吸う気配がした。


エイテ様だけが、変わらない。


この姫は、八歳のくせに、顔色を変えないのが一番怖い。


「条件がある」


ナルキスが続ける。


「俺は、セブ殿下を“無駄に傷つける”ことはしない。殿下は……姉上のために動いている」


「姉上?」


「第六殿下だ」


ナルキスはさらりと言った。


「双子の母君の病。あれを治すために、殿下は王位を欲している。……無茶だが、本気だ」


(来た。核心)


「だから俺は、殿下の期待に応えている。期待は……金より高い」


(出たよ。いい男ぶってる野心家)


俺は頷いた。


「分かった。セブを壊す気はない。俺が欲しいのは“分断”だ」


「ほう」


「第六の方は、救いたいと思っている」


ナルキスの目が、ふっと鋭くなる。


「……君が? なぜ」


「生存のため」


「相変わらずだな」


会談はそこで終わった。


正確には、これ以上話すと互いに“余計な本音”が出る。


だから切った。


「明日から、お前は“第八に接触した男”として動け」


「了解」


ナルキスは椅子から立ち上がる。


「それと、最後に一つ」


「なんだ」


「君は、思ったよりも面白い」


そう言って、ナルキスは去っていった。


――数時間後。


ナルキスは王都の別邸、セブの“隠れ家”にいた。


部屋の中央。


金髪が、光を弾く。


背は低い。……低いが、その目つきはやたらと偉そうだ。


「遅いわよ、ナルキス!」


第七王女セブ。


きれいな金髪をまとめておでこを出すようにしている。


年齢のわりに幼さが隠し切れない、特にエイテ比べればどちらが年上かわからないくらいだろう。


生意気で、思慮が浅い。


感情が先に走って、怒るとすぐ顔が赤くなる。


――そのくせ。


姉のこととなると、妙に大人びた顔をする。


「ごめんごめん、殿下。少し、面倒な虫がね」


ナルキスは笑った。


ギルドで女に向けたのと同じ笑み。


「虫?」


「第八の軍師。コーメイだ」


セブの瞳が、ぱっと燃える。


「は? あの貧相な男? 何しに?」


「僕に近づいてきた」


「エイテっ……!」


嫉妬が見えた。


それは恋。


セブはナルキスに惚れている。


恋に落ちた瞬間から、世界の中心がナルキスになっている。


「で? 何を言われたの?」


「セブ殿下のスパイをしてほしい、だってさ」


一瞬、セブの顔が真っ赤になった。


怒りで。


そして、怖さで。


「は? はぁ!? なにそれ! あいつ、私を舐めてるの!?」


「舐めてるね」


ナルキスは、あえて煽った。


「それに、レイアがいた。第八の護衛騎士」


「レイア……」


セブの唇が歪む。


「強い女は嫌い?」


「嫌いじゃない。……でも、嫌だわ」


「殿下は正直だ」


セブは机を叩いた。


「ナルキス。あいつらを潰す。次は私が行く」


「待って」


ナルキスは指を立てた。


「利用しよう」


「利用?」


「コーメイは僕を欲しがっている。なら、僕が“第八に寝返ったふり”をして――」


セブは瞬きをした。


理解が追いついていない。


「……二重スパイ?」


「そう」


ナルキスは微笑む。


「殿下は僕を信じる?」


「当たり前でしょ!」


即答。


思慮が浅い。


でも、その浅さが、今はナルキスにとって都合がいい。


「よし。じゃあ次の一手は、僕が組み立てる」


セブは胸を張った。


「さすがナルキス! 私のナルキス!」


その声は、子供っぽい。


だが、次の瞬間、ふと目が陰る。


「……姉さまを、必ず助けるのよ」


ナルキスの笑みが、一瞬だけ消えた。


「もちろん」


嘘か本当か。


それはまだ、誰にも分からない。


ただ一つ言える。


この男は、“勝てる方”に乗る。


そして勝てる方は――いつだって、最後に決まる。

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