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8/12

釣りの時間

その日俺は、冒険者ギルドに顔を出していた。


冒険者といえば、聞こえはいいが、結局のところまともな職に付けなくて、


ふらふらしている食い詰め者たちの溜まり場だ。


なまじ荒事に適性がある分たちが悪いともいえる。


冒険者ギルドってのは、やっぱり独特の匂いがする。


汗、酒、鉄――それに、勝者の匂いと敗者の匂いがごちゃ混ぜだ。


受付の掲示板には依頼がずらり。


その前に、腕っぷしだけで飯を食ってる連中がたむろしていて、目が合うとやたらと品定めしてくる。


俺たち第八王女陣営は、着実に勢力を伸ばしている。


レイア隊は、日々ダンジョンアタックに精をだし、部隊のレベルアップに加え、


古代秘宝などのアーティファクトの収集も順調だ。


それに加え、商家に依頼した交易チャートの実施もうまくいっているようだ。


王都に送られてくる報告書に加え、商人のゼンニーンから直接俺に感謝の手紙が来ていた。


内容は、感謝通り越して若干崇拝レベルに達しており、気持ち悪くてすぐに見えないところに片づけたが……


そんな地力が高まっている状況だからこそ、次の一手を打ちに冒険者ギルドに来たってわけだ。


第6第7王女の攻略方針は双子の王女を分断して叩くってシンプルな作戦だ。


まずは挑発に弱い第7王女をつるため、奴の弱点がいる冒険者ギルドに……


「ハンゾー、またコーメイがぶつぶつと自分の世界に入っておるぞ」


「そうですな、この感じがなければ、メイドたちからも嫌われないとは思うのですが……」


「わしはそこまで嫌いではないぞ」


「姫、いけません。ただでさえ姫はババ臭いんですから、釣り合いのためにもっとフレッシュな連れ合いをですな」


「あーもうごちゃごちゃ言ってないで、折角、釣り堀に来たんですからお魚ちゃんを見逃がさないように」


俺がそっと呟くと、背後でふん、と鼻を鳴らす音がした。


「コーメイ殿、ここは釣り堀ではありませんぞ。冒険者ギルドです」


「知ってますよ。比喩です。比喩」


「比喩というには目が真剣すぎるのじゃ」


エイテ様が腕を組んで、のじゃ顔で見上げてくる。


今日の姫は、外套のフードを深くかぶっている。目立つからな。王女だし。


“第七”の釣り餌。


つまり、双子の妹――セブの、惚れた男。


ハンゾーに探らせたら、噂は簡単に出てきた。


このあたりのイベントはゲームと大体同じなんだろう。


ギルドの酒場スペースに一歩踏み込んだ瞬間、女の視線が一点に集まっている。


中心にいるのは、一人の男。


背が高く、冒険者にして華奢に見える姿。


鎧は軽装だが、手入れが行き届いていて、装備の質も良い。


髪はきれいな金髪でサラサラ、いわゆる王子様ヘアといったところ。


顔?


そりゃイケメンだった。


ただし――


笑ってるのに、目が笑ってないタイプ。


(あー……いるよね。こういう女殴ってそうな奴)


男の左右には、女冒険者が二人。


片方は笑いながら酒を注いで、もう片方は上目遣いで腕に触れている。


なのに、男は二人とも平等に扱っている。


期待だけ与えて、決定的には踏み込まない。


そのくせ、言葉だけは甘い。


「君の剣筋は、美しいね。努力を積んできた人のものだ」


「そんな……やめてくださいよ、もう……」


「それと、君は――危険なときに前に出る癖がある。守りたいって言いたくなる」


言いたくなるじゃねぇよ、言ってんだよ。


その男がふ、と俺の方を見た。


一瞬だけ。


そしてすぐに興味を失ったみたいに視線を外す。


(へぇ……俺を“脅威じゃない”と判定したわけだ)


そこそこ上から目線である。


「コーメイ、あやつが釣り餌か?」


エイテ様が小声で聞く。


「ええ、王都最大手のギルドの中でもトップ層に所属する金獅子ナルキス。


冒険者は自由を愛しているせいか、どの王女派閥とも一定の距離を置いているが、あいつは例外。


第7王女の陣営に深く入り込んでいて、最近は第7王女もメロメロになっているとか。


自由より権力を愛するタイプなんでしょう」


「口の利き方がむかつくのじゃ」


「わかる。俺も今、むかついてる。でも今日は我慢。生存のためだ」


俺が前に出ようとした瞬間、ずん、と圧がかかった。


横からレイアが出てきた。


今日は護衛として連れてきてる。フードをかぶってても隠しきれない存在感。馬力で空気が揺れる。


「姫様。あの男、嫌な匂いがします」


「魔物臭か?」


「色魔臭です!」


なんだ色魔臭って。


こいつ、たまに妙に語彙が強い。


「レイア、今日は喧嘩を売るなよ。売るのは俺がやる」


「……コーメイが売るのですか?」


「売る。お前はどちらかというと釣り竿だから」


「釣り竿?」


「まあまあ、ただし何があってもアイツを殺すんじゃないぞ」


「よくわかりませんが、コーメイが変なことを言っているのは分かります」


そうこうしているうちに、男が立ち上がった。


周囲が自然に道を開ける。トップクラスって噂は伊達じゃない。


男は受付の方へ向かい、依頼書を一枚剥がすと、さらりと懐に入れる。


そしてその帰り――ちょうど、俺たちの前で足を止めた。


「……珍しい顔ぶれだな」


甘い声。それでいて通る声。


そのくせ、馴れ馴れしい。


「ギルドの客じゃない。護衛……いや、貴族筋か」


ぱっと見で当ててくるのは、経験値だ。


こいつ、場数が違う。


「はじめまして」


俺は、あえて一歩前に出て、ニコッと笑った。


こういう営業男には、こちらも営業で返すのが一番効く。


「俺はコーメイ。ちょっと“腕の立つ冒険者”を探しててね」


男が眉をわずかに動かす。


「腕の立つ……ね。ギルドにはいくらでもいる」


「いくらでもいる中で、“王女に取り入れるくらいには器用な”冒険者が欲しい」


一瞬、空気が止まった。


周囲の女冒険者の視線が刺さる。


こいつの取り巻きの二人が露骨に不快そうな顔をした。


だが、男だけは笑った。


……笑ったが。


目の奥が、すっと鋭くなる。


「面白いことを言う。で、君は何者だ?」


「何者でもない。……ただの、死にたくない男だ」


「はは」


男が短く笑う。


「率直でいい。嫌いじゃない」


(嫌いじゃないって言えば落ちると思ってるタイプだ。最高に嫌だな)


「君が探してるのは、“護衛”か? それとも、“攻略”か?」


「両方。けど本命は後者だね。護衛は――」


俺は、ちらっとレイアを見る。


レイアはにこっと笑った。


やめろ。笑顔が圧なんだよ。


「この人がいるから、たぶん足りる」


男の視線がレイアに向く。


一瞬だけ、呼吸が止まったのがわかった。


強い奴は、強さの匂いを嗅ぐ。


レイアは、それだけで“警戒すべき災害”だ。


「……なるほど」


男は、そこでようやく本気の声色になった。


「じゃあ、俺に何をさせたい?」


「まずは話をしたい。静かな場所で」


「雇い主の顔も見せずに?」


「雇い主は慎重でね。今は出せない」


エイテ様がフードの影で、ものすごく偉そうに頷いた。


やめろ、今の頷き、王女の頷きだ。


男は顎に手をやり、ほんの少しだけ考える仕草を見せる。


――そして、結論を出した。


「いいだろう。話は聞く」


うん。食いついた。


理由は単純だ。


こいつは野心家で、王女陣営に入りたい。


なのに目の前に、明らかに“王女の匂い”がする護衛と、“胡散臭いが情報を持ってそうな男”が出てきた。


嗅ぎに来ないわけがない。


「ただし条件がある」


男が言う。


「俺は、“実力”を安売りしない。話だけで終わるなら、時間の無駄だ」


「安心して。今日は“会談の約束”だけでいい」


俺は両手を上げ、武器も札も見せないと態度で示した。


「お前みたいな男は、餌を見せたら噛みつく。だが今日は噛みつかせない。噛みつかせたら、俺が死ぬ」


「……ほう?」


ナルキスの口角が上がる。


「信用の担保がないのに、会談を求めるのか」


「担保ならある。お前の好奇心だ」


俺は笑ってみせた。


「明日、場所と時間を指定する。来なければそれまで。来れば――王女陣営に取り入るための“席”を用意してやる」


「席、ね」


「俺は嘘はつかない。……いや、つくけど、命を賭けてる嘘は外さない」


「ふふ」


ナルキスは愉快そうに息を漏らした。


「いいだろう。会談の約束だけなら、安い」


俺は頷いた。

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