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王国情勢を整理しよう(またの名をあらすじ回)

第一王女ファスティナ殿下、処刑。


その報せが王都を駆け巡ってから、数日が過ぎた。


最初の一日は、誰もが耳を疑った。


二日目には、街中で噂が飛び交った。


三日目には、第五王女フィフィ殿下と、第二王女セカリナ殿下、第三王女サーシャ殿下の連名による声明が、王都の広場という広場に貼り出された。


曰く。


第一王女ファスティナは、旧体制の象徴である。


曰く。


王国を腐敗させた貴族勢力と結託し、民を苦しめた罪は重い。


曰く。


よって、第二、第三、第五王女は、王国を救済するため、旧き王権を断罪した。


つまり、雑に要約すると。


「第一王女を処刑しました。これからは私たちが王国を救います」


である。


いや、重い。


要約しても重い。


しかも問題は、ここで終わらない。


俺、コーメイこと諸田光明は、王都の片隅にある第八王女陣営の屋敷で、目の前に並べられた資料を見つめていた。


地図。


貴族家の一覧。


商会の動向。


王都の警備配置。


そして、王位継承候補たちの勢力図。


どう見ても、ゲームの攻略メニュー画面ではない。


いや、見方によっては攻略メニュー画面かもしれない。


ただし、失敗したらセーブデータが消えるタイプのやつだ。


「コーメイ殿。現状の整理をしてほしいのじゃ」


向かいの席で、第八王女エイテ殿下が真剣な顔をして言った。


小さな体。幼い顔立ち。


だが、その瞳はまったく幼くない。


この子、やっぱり将来が怖い。


いや、将来というか、すでに今が怖い。


「なぜ俺が」


「コーメイ殿が一番、盤面を正しく見ておるからじゃ」


「見てません」


俺は即答した。


見ていない。


できれば何も見たくない。


王位継承戦なんていう物騒な単語からは、両手で目を覆って、耳も塞いで、ついでに布団に潜り込みたい。


だが、俺の否定を聞いても、エイテ殿下は小さく笑うだけだった。


「いつもの謙遜じゃな」


「違います。いつもの本音です」


「コーメイ様」


隣に立つレイアさんが、穏やかな声で言った。


「まずは、これまでの流れを確認すべきかと」


「レイアまで……」


俺は助けを求めるように、部屋の奥へ視線を向けた。


そこには、第四王女フォス殿下がいた。


美しい微笑みを浮かべながら、紅茶を傾けている。


目が合った。


フォス殿下は、ゆっくりと首を傾ける。


「私も興味があります。コーメイ様が、どのようにこの戦局を捉えておられるのか」


駄目だ。


この人も敵だ。


いや、味方ではある。


味方ではあるのだが、俺の胃には敵だ。


「では、コーメイ殿。まずは我が陣営の現状から頼むのじゃ」


エイテが言った。


完全に授業の空気である。


やめてほしい。


俺は教師ではない。


元ニートだ。


ゲームだけが取り柄の、死に戻りもリセットもできない一般転生者である。


もちろん、そのことは誰にも言っていない。


言えるわけがない。


「実はこの世界、俺がやり込んだゲームとそっくりなんです」


などと口走ったら、良くて狂人扱い、悪くて危険人物として処分である。


なので俺は、あくまで偶然知っていたこと、たまたま推測できたこと、なぜか思いついたこととして処理している。


周囲からは、それがすべて神算鬼謀に見えているらしい。


勘弁してほしい。


しかし、全員の視線がこちらに集まっている。


逃げられない。


俺は諦めて、資料に視線を落とした。


「……まず、第八王女陣営ですが」


口に出した瞬間、胃が痛くなった。


陣営。


俺の人生で、自分がその単語の内側に入る日が来るとは思わなかった。


「第八王女エイテ殿下を中心に、軍事力としてレイアを軸に軍の再編、ハンゾーさんが諜報部隊の管理、資金源としてゼンニーン商会が協力。


さらに第六王女シーク殿下、第七王女セブ殿下も先日の闘争を経てこちら側に付きました。ついでにその紐付きの冒険者達にも発言力ができています。


そして、第四王女フォス殿下がご一族衆を纏めて後援についています」


「うむ」


エイテ殿下が頷く。


「改めて聞くと、なかなかの勢力になっておるの」


「なかなかどころじゃないんですよ」


俺は思わず突っ込んだ。


「最初は第八王女殿下が生き延びるだけの話だったはずなんです。それがなぜか、商会を押さえ、アーティファクトを回収し、双子王女を取り込み、第四王女殿下まで味方につけている」


「すべてコーメイ殿の神算鬼謀によるものじゃ」


「違います」


違う。


断じて違う。


俺はただ、マホロバの知識で死亡フラグを避けようとしただけだ。


ゼンニーン商会を選んだのも、ゲーム内で伸びる商会だったから。


レイアさんを変なダンジョン攻略に送り出したのも、アーティファクトが強かったから。


双子王女を取り込んだのも、ゲーム知識で弱点を知っていたから。


フォス殿下に関しては、正直よく分からない。


あれは事故だ。


美人の知性フェチに目をつけられる事故。


いや、事故としてもだいぶ怖い。


「次に、第五王女フィフィ殿下の陣営です」


俺は話を進めた。


ここからが本題だ。


「現在、表向きに王都の主導権を握っているのは、第五王女フィフィ殿下です。第二王女セカリナ殿下、第三王女サーシャ殿下と連名で、第一王女ファスティナ殿下を処刑したと発表しました」


部屋の空気がわずかに重くなる。


第一王女ファスティナ。


元々、王位継承戦の最有力候補だった人物だ。


マホロバでも、序盤から強い存在感を持っていた。


少なくとも、簡単に消えるようなキャラではない。


それが、処刑。


しかも第二、第三、第五王女の連名。


ゲーム知識持ちの俺から見ても、これは明らかにおかしい。


「第五王女殿下の声明は、旧体制の打倒と民の救済を掲げています。王都の一部官僚と近衛、さらに不満を持っていた貴族層が、すでにそちらへ流れているようです」


「救済、か」


エイテ殿下が小さく呟いた。


「響きは美しい言葉じゃな」


「響きだけなら、ですが」


フォス殿下が静かに言う。


「救済を掲げる者は、救われる側の意思を軽んじることがあります」


怖い。


さらっと本質を刺してくる。


さすが第四王女。


この人を敵に回したくないランキング、現在かなり上位である。


「問題は、第五王女殿下の動きが、いささか手際よすぎることです」


「手際がよすぎる?」


エイテ殿下が首を傾げる。


「はい。第一王女殿下を断罪し、第二、第三王女殿下を連名に加え、王都中枢の一部を掌握し、さらに救済という大義名分まで用意している。普通の政変にしては、筋書きが整いすぎています」


もちろん、本当はそれだけではない。


俺が違和感を覚えた理由は、フィフィ殿下の動きがマホロバの別ルートに似ているからだ。


軍師として王女を支えるルートではない。


王女自身の視点で、腐敗した王国を救済するルート。


その中に、血の粛清と呼ばれる展開がある。


旧体制を切り捨てる。


貴族を断罪する。


民を救う。


プレイヤー視点なら、劇的で爽快な革命イベントだった。


だが、現実でやられると洒落にならない。


血は赤い。


人は死ぬ。


処刑台に乗るのは、ドット絵ではなく、生きた人間だ。


しかも、もしフィフィ殿下が俺と同じ転生者なら。


もし、マホロバの知識を持ってこの筋書きをなぞっているなら。


最悪だ。


同じ攻略情報を持った相手と、殺し合い込みの王位継承戦をやることになる。


そんな対人戦、俺は申し込んだ覚えがない。


「誰かが、先の展開を読んでいたように見える、ということですか?」


フォス殿下が言った。


「可能性はあります」


俺は慎重に答えた。


「第五王女殿下本人か、あるいはその周囲に、王位継承戦の流れをかなり正確に予測している人物がいるのかもしれません」


嘘は言っていない。


かなり苦しい言い換えだが、嘘ではない。


「勘にすぎませんが、第五王女本人がそうだろうとみています」


何人かの息をのんだ音が聞こえる。


第五王女本人が未来の攻略情報を持っているかもしれない、とはさすがに言えない。


「次に、第一王女派です」


俺は資料をめくった。


ここも重要だ。


「第一王女ファスティナ殿下は処刑されたと発表されています。ですが、殿下に仕えていた旧臣、近衛、官僚、貴族の一部は、王都の地下に潜ったのではないかと」


「地下勢力か」


エイテ殿下が確認する。


「はい。目的は、第五王女への復讐。あるいは、第一王女殿下の処刑に関する真相究明」


「危険じゃな」


レイアさんが言った。


その声は、騎士としての警戒を含んでいる。


「彼らが暴発すれば、王都はさらに混乱します」


「その通りです」


俺は頷いた。


「復讐に燃える勢力は、敵に利用されやすい。偽情報を流されれば、暗殺未遂や暴発を誘導される可能性があります」


復讐に燃える旧臣。


敵の偽情報。


暗殺未遂。


鎮圧。


そして、反乱分子として処刑。


ゲームならよくある流れだ。


現実で起きてほしくはない流れでもある。


「ですが、見方を変えれば、彼らは王都内に残る潜在的な協力者でもあります」


ハンゾーさんが、いつの間にか部屋の隅に立っていた。


相変わらず気配が薄い。


この人、壁から生えてくるタイプの執事なのだろうか。


「第一王女派は王宮内部の情報に通じています。処刑の経緯、警備配置、王宮地下の動線。そうしたものを知る者もいるでしょう」


「協力者にできれば強い、ということじゃな」


エイテ殿下が言う。


「じゃが、制御できねば火種になる」


「その通りです」


いや、本当にその通りです。


怖い。


味方候補が爆弾付き。


王位継承戦、全部そんな感じだ。


「中立諸侯はどうなっていますか?」


フォス殿下が尋ねた。


「大半は様子見です」


俺は答えた。


「第一王女殿下が処刑されたことで、最有力候補が消えた。ですが、第五王女殿下に全面的につくのも危険です。第二、第三王女殿下を抱えているとはいえ、やり方が急すぎる。第八王女殿下は勢いがありますが、まだ正式な王位候補としての立場が弱い」


「つまり、どちらが勝つかを見ておるのじゃな」


「はい」


貴族は勝ち馬に乗る。


これはゲームでも現実でも変わらないらしい。


嫌なところがリアルだ。


「そして、最後に帝国です」


俺は地図の端に置かれた別の資料へ視線を向けた。


王国の外。


国境の向こう。


そこに広がる大国。


「現時点では、帝国が直接介入した証拠はありません。ただし、帝国商人、傭兵、外交使節の動きが活発になっています。第五王女殿下の周辺にも、帝国と繋がる人物がいる可能性が高い」


「王国の混乱を好機と見ているのでしょうね」


フォス殿下が言う。


「もし第五王女殿下が帝国の支援を受ければ、王位継承戦は国内問題では済まなくなります」


「やめてください」


俺は思わず言った。


「今でも十分に済んでないです」


「コーメイ殿」


エイテ殿下がまっすぐこちらを見た。


「その帝国に対抗する札はあるのかの?」


「……今のところ、ありません」


俺は正直に答えた。


ゲーム知識を漁れば、帝国側のキャラやイベントはいくつか思い出せる。


だが、それはあくまでゲームの話だ。


今の盤面では、フィフィ殿下が何をどこまで利用してくるか分からない。


俺と同じ知識を持っているかもしれない相手に、ゲーム知識だけで勝つのは危険すぎる。


「ただ」


「ただ?」


「エイテ殿下には、まだほとんど知られていない背景があります」


俺はエイテ殿下を見た。


この子は、本来のマホロバではオープニング前に死ぬはずだった。


つまり、彼女のルートは存在しない。


母方の血筋。


幼少期の記録。


王家内での本当の扱い。


外部との繋がり。


それらは、ゲームでは描かれなかった。


だが、ここはゲームではない。


描かれなかったものも、存在する。


「第五王女殿下が王位継承戦の流れを読んでいるのなら、逆に、誰も注目していなかった部分が勝ち筋になるかもしれません」


口にした瞬間、部屋の空気が変わった。


エイテ殿下が、静かに目を細める。


フォス殿下が、楽しそうに微笑む。


レイアは、力強く頷く。


ハンゾーさんは、無言で資料を一枚差し出した。


やめてほしい。


俺がそれっぽいことを言った瞬間、全員が「さすが先生」みたいな顔をするのをやめてほしい。


俺はただ、ゲームで見たことがないから相手も知らないかもしれない、と言っただけだ。


だが、エイテ殿下は真剣だった。


「では、コーメイ殿。その未知の勝ち筋とやらを調べるのじゃ」


「はい……」


「それと、第一王女派の地下勢力についてもじゃ」


「はい……」


「さらに、第五王女が帝国と繋がっているかどうかも調べねばならぬ」


「はい……」


やることが多い。


多すぎる。


これはもう、王位継承戦というより、未実装ルートのデバッグである。


しかもバグったら国が滅びる。


最悪だ。


俺は資料を見下ろした。


第五王女フィフィ。


第二王女セカリナ。


第三王女サーシャ。


処刑されたとされる第一王女ファスティナ。


地下で復讐を狙う旧第一王女派。


様子見の諸侯。


帝国の影。


そして、正式な王位候補としての立場をまだ持たない第八王女エイテ。


盤面は、明らかに次の段階へ進んでいる。


そして俺は、ひとつの違和感から目を逸らせなくなっていた。


第一王女ファスティナは、本当に処刑されたのか。


遺体は公開されていない。


処刑の手続きも不明。


第一王女派は、まだ王都地下で動いている。


そして第五王女フィフィは、まるで何かを隠すように、第一王女の話題を早々に打ち切ろうとしている。


ゲームなら、こういう時は大体、生存フラグだ。


いや、ゲームなら、だ。


ここは現実。


人の命をフラグ扱いしていい場所ではない。


それでも。


俺は、声には出さず、心の中で呟いた。


本当に、第一王女は死んだのか?


もし生きているなら。


もし、フィフィ殿下が第一王女を殺さず、どこかに閉じ込めているのなら。


それは、第五王女の救済シナリオを崩す、最大の一手になる。


同時に、王都を爆発させる火薬にもなる。


「コーメイ殿?」


エイテ殿下が俺を見る。


俺は顔を上げた。


全員が、こちらを見ている。


やめてほしい。


そんな、俺が何か凄い策を思いついたみたいな顔をしないでほしい。


俺はただ、ものすごく嫌な予感がしているだけなのだから。


「……まずは、第一王女派と接触しましょう」


俺は言った。


「ただし、復讐は止めます。今フィフィ殿下に手を出せば、向こうに大義名分を与えるだけです」


エイテ殿下が頷く。


「では、真相を探るのじゃな」


「はい」


俺は資料の上に置かれた王都地図を見る。


王宮。


地下区画。


処刑場。


そして、第五王女フィフィの居城。


「第一王女ファスティナ殿下が、本当に死んだのかどうか」


その言葉を口にした瞬間、部屋の空気がさらに重くなった。


俺は内心で頭を抱える。


ああ、もう。


完全に次のイベントが始まっている。


しかもこれは、俺の知っているマホロバにはなかった。


第八王女エイテが生きていることで発生した、未実装の王位継承ルート。


攻略情報なし。


セーブなし。


リセットなし。


失敗したら死亡。


そんな最悪の追加シナリオが、今、静かに幕を開けようとしていた。

しばらくお休みしてましたが、再開します。

隔日で投稿していきますので、引き続きよろしくお願いいたします。

ブクマや評価もらえると頑張れます!!

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