番外編 イグニとの出会いⅡ
翌日。
わたしはさっそくイグニを呼び出し、魔法の使い方を教わることにした。
昼食後、わたしはひとり孤児院の裏庭に来た。周囲に人が居ない事を確認してから、息を整える。
「イグニー?どこにいるの?早速だけど、魔法を教えてほしいんだけど……」
名前を呼ぶと、空気がわずかに揺らいだ。何もなかった筈の空間に、ふっと赤い火の粉が散り、次の瞬間にはイグニの姿が現れる。まるで、最初からそこにいたように。
呼び出されたイグニは、露骨に顔をしかめた。
『はぁ? 朝っぱらからかよ……』
「そういう約束でしょ!」
ぴしっと言い返すと、イグニはわざとらしく大きなため息をついた。
『……ったく、仕方ねえな。よーし、じゃあ今から教えてやる。ちゃんと聞いとけよ!』
「うん!」
思わず前のめりになる。
ついに憧れの魔法を使える時が来たんだ……!
『よーし、アメリア。まずは見とけ。魔法はこうやって使うんだ!』
イグニがひらりと宙に舞い、炎の小さな球を指先に浮かべて見せる。
揺らめく橙色の光。
「おおっ……!」
思わず歓声をあげる。
この魔法をわたしも使えるようになるんだ!?と、興奮を覚える。
「それで、どうやるの?」
『おう、今見たとおりにすればいいんだっ!』
「……うん。具体的には?」
間。
『具体的ぃ?だから魔力を溜めて、こう、どんってやるんだよ』
「えーと……その魔力はどうやって溜めるの?」
『え、それは……感じるんだ』
「感じるって……どこで? 指先?」
『どこ???……うーん、お腹?いや違うか……。身体全体で……、こう?』
「……魔力を感じた後は、どうするの?」
『そしたら、ガッとするんだ!!!』
「ガッって???具体的にはどうするの」
「思い切り出す感じだよ!心でぶつけるんだ!」
心で……でぶつける……?
『だから、魔力をぎゅーってして、がっーってして、どんっ!!だ!!』
まるで説明になっていない。
……こいつのアドバイス、ぜんぜん当てにならないな?
『とりあえず、やってみろって!契約結んでるから、魔力は俺が貸してやるから!』
自信満々に言い切るイグニに、わたしは肩をすくめた。
こうなったら仕方ない。わたしは過去に読んだ魔法書の内容を思い出して、自力でやることにする。以前試したときは、魔力とそのものが分からず、なにも起きなかった。
けれど、今は違う。イグニが魔力を貸してくれると言うなら、少なくともなにかを掴めるはずだ。
「分かった。やってみるね……」
わたしは小さく頷く。目を閉じ、ゆっくり呼吸を整えると、胸の奥でぴくりと何かが動いた。
あ、これが……魔力?意識を向けると、それは確かにそこにあると分かった。
確か……、
“魔法はイメージ”だと魔法書にはあったな。
呪文だって、そのイメージを補うもの。呪文は単なる言葉の羅列ではなく、意図と集中が込められた「心の操作ツール」とも言える存在、だとか。
なんでも、魔法を使うためには、言葉や図形など形にすることが効果的だとか。だから威力が強かったり複雑な魔法には、発動の補助に詠唱が必要な場合もあるらしい。
つまり――とにかく、イメージが大事ってこと!
わたしは頭に思い浮かべる。
火。昨夜も暖炉の中で揺れていた、あの温かな炎。ぱちぱちと音を立てて燃える、赤くて、優しい光。
「……っ」
息を吸い込む。
手を差し出すと、指先にぽっと温かい感覚が広がる。まるで小さな太陽が手のひらに生まれたみたいだ。
「――ファイヤー!」
次の瞬間。ぽっと、指先に小さな火が灯った。
「……っ、ついた!」
思わず声が弾む。
けれど火はすぐに揺らぎ、ふっと消えてしまった。
「ああ~っ!」
『まあ、最初はそんなもんだろ』
思わず情けない声が漏れる。ファイは腕を組み、満足げに頷く。
『慣れりゃもっとデカいのも出せるようになるよ』
「ほんとっ?」
顔を上げる。興奮のせいで、じんわりと頬が熱を帯びている。
さっき、確かに魔法を使えた。それだけで十分すごいことのはずなのに、もっとやりたい。胸の奥方じわじわとやる気が湧いてくる。「……よし」と小さく拳を握る。
「そうと分かったら、特訓だ!」
ぐっと力を込め、もう一度集中する。
さっきの感覚、胸の奥にあったなにかを逃さないように掴もうとする。
「……ファイヤー!」
ぽっと、再び小さな火が灯る。さっきより、ほんの少しだけ安定している気がした。
「もう一回……!」
間を置かず、次へ。
「ファイヤー!」
ぽっ。ぽっ。
繰り返すうちに、火は少しずつ形を保つようになっていった。
『お、いいじゃねえか』
イグニが感心したように頷いた。その一言が嬉しくて、また呪文を唱えた。
何度も何度も、失敗しても繰り返して。気づけば時間を忘れ、孤児院の先生が探しに来るまでずっと特訓をしていた。
「アメリアー! 夕飯の時間よーどこにいるの?」
遠くから、先生の呼ぶ声がする。
はっとして顔を上げれば、空はすっかり色を変えていた。夢中になっているうちに、こんな時間になっていたらしい。わたしは手元を視線を落とす。指先には小さな火が灯っていた。揺らぎはあるけど、消えたりしない。ちゃんと保てている。
「……できた」
こうしてわたしは、火の初期魔法をようやく自分のものにしたのだった。
***
こうしてわたしは魔法を使えるようになった。
まず最初に試したのは、狩りだ。
孤児院の近くにある森に近い林で、大きな鳥を仕留めた。……とはいえ、魔法を覚えたばかりのわたしではなかなか当てることが出来なかったので、イグニが仕留めたようなものだったけど。わたしは見てただけだった。
それでも獲物を持ち帰れば、孤児院のみんなは顔を輝かせた。魔法をきちんと学んでないのに使えると知って、大人たちは吃驚していたけど、それ以上に喜んでくれていたと思う。それからは、わたしが狩りをした日にだけ、食卓にささやかだけど肉が出る様になった。
……ただ。相変わらず、孤児院の子供たちとは距離は埋まらないままだったけど。
もともと親しかったわけではない。同じ場所に住みながら、どこか別の世界の人のようで。何故かそんな疎外感を感じていたのだけど、今なら理由が分かる。前世を思い出してからは、精神年齢的にも釣り合わなくなって、会話すらほとんどしなくなってしまった。
でも、寂しくはなかった。だって、イグニがいたから。
もっとも、妖精は他の人には見えないようだから、イグニと会話しているところを見られないよう気を付けた。
そしてイグニと契約してから、彼以外の妖精の姿も見かけるようになった。
噴水の縁や屋根の上、路地の影。町のあちこちに、まるで風景に溶け込むように彼らはいた。
イグニのように契約を持ちかける子はいなかった。けれど、こちらを気にするように、ちらちらっと視線を向けてくる。
「それにしても、魔法って便利だなー」
『だろっ? オレと契約して良かっただろ?』
そう調子良く聞いてくるファイに「まあね」と肩を竦める。
魔法を使えるようになったことで、出来る事は増えた。
きっと、未来の選択地も。
今のわたしの居場所は、ちっぽけな孤児院だけど、
どこか遠くの場所で、まだ見ぬ景色を見たい。
そして、わたし自身の人生を、自分の足で歩いてみたい。
魔法が使えるのなら、世界はもっと広がる。
前世では夢物語のような“冒険者”という生き方が、今なら、本当に手を伸ばせば届く気がする。
だから、わたしは目を閉じてそっと願う。
――いつか、わたしも冒険者になるんだ。
折角、異世界に転生したんだもん。この足で、広い世界を歩いてみたい。魔法を使って、見知らぬ場所。魔物を倒しちゃったりして。美味しいものをいっぱいたくさん食べて。
そんな未来を、わたしは思い描いた。
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