番外編 イグニとの出会い
アメリアの幼少期から聖女になるまでを描いたお話です。
本編を読み返さなくても、こちらだけでも楽しんでいただける内容になっています。
わたし、アメリアには――前世の記憶がある。
それがぼんやりと意識の表層に浮かび上がり始めたのは、まだ物心がつく前。
けれど確信に変わったのは3歳のある日、庭で遊んでいて転び、石に頭をぶつけた時だった。
ジン、とした痛みと一緒に、まるで水面に映った記憶の断片が逆流してくるように、知らないはずの風景や言葉が鮮明に胸の奥に浮かび上がってきたのだ。
「――あれ?わたし、もしかして転生してる……!?」
思わず零れた言葉は、自分でも驚くほどすんなりと口から出てきた。
地球、日本。そこで女子高生として過ごしていた記憶。
どうしてわたしはこの世界に生まれ直したのか。前世のわたしは死んだのか?それとも、別の理由が……?
いくら考えても、答えは出なかった。だからわたしはそれ以上深く考えず、「今」を生きることにした。――少なくとも、そう努めた。
ここは王国のとある町の片隅にある、小さな孤児院。
暖炉のある広間と、石造りの簡素な建物。食事は質素だけれど、先生たちは優しかったし、子どもたちも明るくてにぎやかだった。
なにより、あれこれ干渉されすぎない。ここには自由があった。わたしは本が好きで、棚の隅にある古びた図書を何度も何度も読み返した。
読みながら、何度も思った。「この世界、やっぱりちょっと変だ」と。
たとえば、部屋の明かりをつける時。
前の世界ではスイッチを押せば電気が灯ったけれど、ここでは先生が「ルーメン」と呟きながら指を鳴らすと、天井のランプがぽっと灯った。
魔法――それはこの世界ではごく当たり前に使われているものらしい。
興味を持って、わたしはさらに本を読み漁った。
紙がくたびれた歴史書、ぼろぼろの魔法入門、民話や冒険譚――どれも夢中になってページをめくった。
そうしてわかったことが、ふたつ。
一つ、この世界には本当に魔法が存在しているということ。
火を起こす呪文、水を呼ぶ儀式、怪我を癒す聖なる術――前世の常識ではあり得なかった力が、この世界では当たり前のように受け入れられている。
そしてもう一つ。
この世界には、人間のほかにもさまざまな種族が共存しているということ。
森の民エルフ、高山に住むドワーフ、獣の耳や尻尾をもつ獣人族たち。さらに、街の外には魔物があふれており、無防備に歩けばすぐに命を落とすような危険な世界であるということ。
わたしは本から顔を上げて、ふぅ、と深く息を吐いた。
「……とんでもない世界に来ちゃったなあ……」
呟きながらも、胸の奥がわずかに高鳴っているのを感じる。
「魔法かあ。ドラゴンにエルフ……すごい。まるでファンタジー小説の世界みたい」
夢中になって読んでいるうちに、いつの間にか夜はすっかり更けていた。気がつけば室内の空気は冷え、ひやりとした感触が肌を撫でていく。
「わわっ、さぶっ!」
慌てて暖炉のそばに近寄る。
パチパチと燃えている炎。目と目が合った。……え?炎の中に目?
『お前、オレのコトが見えるのか?』
部屋にはわたし以外に誰も居ない筈なのに、声がする。そう、誰も居る筈もない燃え盛る暖炉の中から……。
『おい、無視すんな!お前、オレのコトが見えてんだろ?』
見えなかった振りをしようとしたが無理だった。そもそもばっちり目が合ってしまったから、バレバレだった。このままスルーする訳にはいかず、一度逸らしてしまった視線を戻す。
「……なに?」
『へぇ、オレらの姿が見える人間なんて珍しいな。』
やっぱり炎が喋ってる!ごくり、喉を鳴らし覚悟を決めて問い掛ける。
「オレら……。貴方は一体、何者なの?」
『オレは火の精だ。お前達人間が呪文を唱えて使役する者だよ。フツーは人間には姿は見えないもんなんだけどな。』
「え!なんで、わたしには見えるの?」
『さあな、そんなことはどうでもいいよ。なあ、オレの姿が見えるなら契約しろよ!』
あまりにも唐突な申し出に、思わず眉間に皺が寄る。
会ったばかりの相手にいきなり契約だなんて、どう考えても怪しい。わたしは首を縦に振らなかった。
『あー警戒すんなよ!暖炉で産まれちまったせいで、火が消えたら死んじまうんだよ。でも、契約を結んでお前に縛られればオレは此処を離れられるんだよ』
「つまり貴女は直ぐ死んじゃうってこと?見える人間なら誰でもいいのね。けど、契約してわたしにメリットはあるの?」
『あるよ!代わりにお前はチカラを得られる。』
「チカラ?」
『つまり、魔法が使えるってことさ!』
その瞬間、心臓がどくんと鳴った。
『なあに、契約は簡単だぞ。オレに名前をつけるだけ』
どうだ?と問いかけられて、わたしはいつの間にか頷いていた。
不安がなかった訳ではない。けれど、魔法が使える!という誘惑には勝てなかった。だって、ずっと憧れていた魔法なんだもん!
「貴方に名前を与えるわ。貴方の名前はイグニよ」
炎の妖精だからイグニなんて単純過ぎたかな?
「……イグニ」
その名を口にすると、暖炉の中で燃えていた炎は激しさを増した。
バチバチと爆ぜて、天井に届きそうな程に燃え上がる。そして突如、ゆるく波打つ真っ赤な髪に燃えるような赤い瞳の男の子が目の前に現れた。
『――っしゃあ!』
健康的な小麦色の肌に勝ち気な表情。
『もしオレが必要になったら呼んでくれよ!』
それだけ言い残すとパッと姿を消す。そうやら、これで契約は成立したみたい。果たして魔法は使えるようになったのだろうか……。
火の精が居なくなると暖炉の火も消えていた。途端に部屋の温度も下がった気がする。
くしゅん、小さなくしゃみをひとつした。
お久しぶりの更新です。お待たせしてしまい、申し訳ありません!
今回は、はじめて出会う妖精イグニとのエピソード。ここから、物語が少し動き出します。
全てで3話。明日と明後日も更新予定です。
また、拙作『悪役令嬢のダイエット革命~〜前世の知識で健康美を手に入れてざまぁします!~』が書籍化いたしました。発売日は5月1日になります。
下記にリンクを掲載しておりますので、ご興味がございましたらぜひご覧いただけますと幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。





