表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NO PAIN~女神は眠りの中に~  作者: おじゃっち
9章 精霊の海
PR
105/107

82話 ナーガの痛み

神聖時代中期前半────────、

感情の精霊【フューリー】が蛇族の王様に恋をした。コブラの容姿、気高い女王は、感情の精霊の好意に応え、子を成した。その子供はコブラの頭を四つ持っていた。女王の面影を引き継いでいるが、その血は独自の変化を遂げていた。蛇族のみに具わる能力”奉ル神初メ”。ある条件を満たしたとき、己を神器に変える。血は具わった能力すらも変化させ、進化を終えた。

四つのコブラの頭は分裂し、七つの頭へ。肉体は天に届くほど大きくなった。肉体の肥大化に伴って、鱗も輝いた。堅牢な獣の防御。鷹の爪。そして、能力は天候を制御する力へと進化した。その力は、地上宇宙(バース)を支配する元祖を一網打尽にできた。蛇族に進軍するクヴァレ帝国の兵を退け、一族を守った。けれど、蛇族に伝わる容姿、能力がかけ離れていることに一族は恐れた。喜ぶと雨を降らすが、怒ると旱魃を齎し、突風を引き起こす。独自の進化を遂げた新たな人類の情報は、瞬く間に宇宙を巡った。彼女は、”竜”と呼ばれたのだ。畏怖と敬遠が重なり、居心地の悪くなった彼女は、親の制止を振り切って、里を出た。恐れられることを嫌い、人の姿に変化し、英傑の海へと旅立った。新たな人生を送ろうと決意したが、元祖に対抗できる稀有な人類の存在は広まり、誰もが、彼女を恐れた。彼女は嘆き、辺りを枯らし、旱魃を齎した。拭えぬ孤独に苛まれ、岩窟に自らを幽閉しようとした時、一人の人間が彼女の前に跪き、助けを求めた。

皓空(ハオア)と申します。クヴァレに勝る偉大なる竜の御方…私達を守ってください!!』

獣の息遣いのように貪欲で、突拍子のないことをほざく人間に、彼女は自然と目を向けた。皓空と名乗る人間を見守るように、後ろで五十人くらいの人間が屯していた。皆、裸足で、傷だらけだった。中には、赤子を抱いて、今にも泣きそうな顔をする母親の姿もあった。母親だけではない。老若男女が揃う人間たちは貧相な体をしていた。食事もまともに取れていないのだろう。それでも、一目散に跪いたのは、自分に用があったはずだ。素性も知らない人間達に、同情した。彼女は天を仰いで、旱魃の地に雨を降らせた。渇きの象徴、固形の土で覆われていた辺鄙に植物が茂り、局所の森林を創った。

『妾は譲葉(ラァンイエ)。貴様らが竜と呼ぶ新種の人類じゃ。話が長くなりそうじゃ。妾の知らぬ背景は退屈しない。即席ではあるが、貴様が連れた人間全員が満足に腹を満たし、寝、遊び、寛げるだけの森ではある』

彼女は名前を明かし、森へ招いた。警戒心を捨ててはいけない現状での誘い。試されていると、言葉の裏を探る。負けん気の睨み合いに突入する矢先、後方から赤子の泣きじゃくる声を拾った。大人たちの希望に沈む悲しみに反応してしまったのだ。

『赤子に罪はないじゃろう。ほれ』

毒気のない言葉。皓空は頷いた。

五十人の人間は、皓空の指示に従った。老婆や老爺は赤子と幼い子供の面倒を見て、残りの大人や青年期の子供達は採集に出掛けて行った。木の実や果実を摘み取り、川で水を汲み、魚を捕らえた。雨風を防ぐ森の中心に集まって、食事の準備をし始めた。大きな葉を皿代わりにし、薪を求め、落ちた木の枝を重ね、譲葉が点火する。焚き火の周りで、捌いた魚を焼く。久しぶりに満足な食が全員に行き届いた時、五十人の人間は恐怖を忘れ、食を頬張った。皓空も仲間の食いっぷりに押され、我を忘れ、食にありつく。

『ここの海は冷えるからのぅ』

譲葉が顔を覗かせ、人数分の毛布を差し出した。人間は喜び、感謝の言葉を列挙した。彼女に向けられる畏怖の念は消え、恩人の姿に見えているようだ。毛布を配り終わると、彼女は森の外に出ていった。

(粗相をしたのかな…)

仲間が安堵する中で、皓空だけは言いようのない不安を植え付けられた。ただ、それを打ち明けるには早計だ。一時的とはいえ、安住についた仲間が気を揉むきっかけを与えてはならない。コップを持つ手が震えた。

『皓空』

謝可(シェクァ)

瑠璃の髪を三つ編みに結び、肩に下ろした高身長の男が話しかけてきた。貧相な肉付きであるが、筋肉はある。

『夜食と薪を採りに、森に行く。子供の面倒は爺や達に任せるけど、早く終わらせたい』

『そうだね。梓俊(ズージュン)も子供の面倒見てくれるの?』

『是』

『じゃ、いこ』

心情を悟られないように、森の奥へと足を踏み入れた。

葉で編み込んだ籠が山盛りになるほど、木の実や果実を集め、両手いっぱいに持っても落ちそうな量の木の枝を集め終わった頃には、日は暮れて、空は群青色に差し掛かっていた。譲葉の言っていた通り、夜は寒く、ヒルトの寒暖差が目立つ。毛布に身を包み、焚き火の暖を取れば、事足りる。

『竜のお姉さん、帰ってきませんね』

野営の準備を手伝っている好青年の(タン)と雑談を交わす。

『これからどうしましょうか。命辛々、逃げおおせたというのに』

『ここも惑星も旱魃の地だ。ここが駄目なら、宇宙空間を飛んで、違う土地に行こう』

『そう簡単にはいきませんよ。今は人類の種族分岐の過渡期にあります。特殊な能力も持っていない、ましてや魔法の一つや二つも扱えない私達では民族を確立することは砂上の楼閣です』

『果然、そういうことか』

二人の間に、毒気のない言葉が介入する。黄色の眼光が夜を彩る。

『留守にして、すまんかったのう』

『い、いえ…どちらに…』

『里帰りに。心身に安らぎは届いたであろう。話を再開しようぞ、お主を含めた四人で』

『!?』

鼓動が大きく鳴った。自分自身でも分かっている。大袈裟な表現であることは分かっているが、こちらの事情を既に把握していることを裏付ける内容だった。食事後の震える手が再発する。

『里帰りの行き先は蛇族。そして、新興民族”原初一族”。貴様らがよく知る”血”、”猛”、”智”、”禍”の元祖。宇宙の情報統制を主として発足した。妾は貴様らを疑っているわけではない。客観的な事実も取り揃えたかった。公平な情報で、お互い認知の不足がない状態でこそ、対話は価値がある。今度は貴様らの話も聞かねばな』

ひときわ大きな中心にある焚き火を囲んで、話が進む。

『先ずは私たちの紹介をさせてください。私は”翼”の元祖です。実年齢は十五歳です。線先代から才を継承しました』

『”賭”の元祖梓俊(ズージュン)

淡藍色の髪をお団子ツインテールにアレンジした小柄な女。赤の組紐を触りながら、拙い言葉で自己紹介を終えた。

『”苑”の元祖謝可(シェクァ)。まだ才が完全に開花してない』

『明帝族の一人(タン)と申します。元祖ではありませんが、屈強さには自信があります』

『私達は元祖では珍しく才を継承することを前提とした元祖なんです。継承することに意義があるのではなく、継承した後に開花する才の限界値を高めることを意義としています。”翼”の元祖は私で五代目です』

基本的に元祖という類の人類は、欲に特化した種族だ。欲の根源たる才が開花した瞬間、細胞の老化が極限に抑制される。不死ではないが、細胞を蘇生する技術はすでに確立している。治療さえすれば、実質的に不老を持つ。悠久の時、研鑽を積み、習得した能力を唯一無二にする。元祖にとって、才を手放すことは一種の恐れだ。

『私達は初代ではありません。聞いた話では、初代は優しく、種族を超越した関係を築くことを夢見ていました。それがクヴァレ帝国の癪に触ったのか、捕縛され、実験対象になりました。私達は被検体であり、才の拡張実験の為だけに生み出されたのです。私が連れた仲間は才の継承に適合した…言わば、代替品です。だから…』

『逃げたのじゃな』

『これが正解であったと断言はできません。自己満足にはなりますが、自分だけでなく仲間も助けたいです。元祖と言っても強くはありません。それでも、この仲間と面白おかしく過ごせる国を創りたい。欲を言えば、人類の覇権を握る超大国にまで…のし上がりたいです』

皓空の欲望塗れで、それでも他者を想う意思が伝わる眼差しに、譲葉は焦がれた。

『力を貸してください。できることがあれば、申しつけください』

皓空が頭を下げ、他の三人も深々と頭を下げる。嘘偽りない覚悟に、応えるべきものがある。恐怖を抱いてはいるが、それでも可能な限り公平な立場で話をしてくれている。

(新鮮じゃな)

『顔を上げよ』

ゆるりと口角の上がった譲葉は、進化した独自の仮想物質を放出し、半竜半人に変化した。鹿のような龍の角。鷹の爪。先鋭化した手。馬鹿力と耐久力に特化していた。精悍だ。吸い込まれるような眼光に、四人は目が離せなかった。顔を赤らめる者までいた。

『妾は蛇族に具わる能力”奉ル神初メ”と血が独自の変化を遂げた。己を神器に変える代わりに、貴様らが呼称する龍・あるいは竜なるものに変化する。

能力は天候を制御し、ここのように森を創造することもできる。ただ、今、貴様らが見ているように半竜半人になることもできる。無論、基となる仮想物質も存在する。魔法使いがマナ、オド、エレメンタルを使うように。妾が独自の進化を遂げて得た仮想物質、竜に変貌するための根源、権能以外で人類が神と成りあがれる根源物質―名を【龍輝】』

『…神に?』

『厳密にいえば、神獣の類に分類されるであろうが、人類の枠組みは超える。妾が独自に進化させた根源物質であるのじゃが、限界が分からん。妾にとっての龍の輝きとは空を飛び、雲を掴む自由さ』

『では、【龍輝】とは竜の御方のみで終わるものではないのでしょうか?』

『うむ。じゃが、みなが妾を避け、関係を拒むのじゃ。継承できても誠意が無ければ、救うに値せん。妾は諦めておったのじゃ。浮世の関わりに、他者を慈しむ心に、母となる責任を手放した。このまま死に絶えてもよかろうと思っておったが、貴様らの野心に再建された』

ぎょろりと人離れした黄色の瞳が動く。

皓空(ハオア)梓俊(ズージュン)

(タン)謝可(シェクァ)。妾と共に、新たな民族を創る覚悟はあるか?』

『新たな民族を…それって』

『今は人類分岐の過渡期。原初一族、夜の一族、精霊族が新興民族の頂点に君臨しておる。超大国を創り上げようぞ』

人離れした黄色の瞳から、猜疑心の大志と洗練された仁愛が零れる。固執的な探求欲に染まった元祖の研究者らとは異なる慈しみに長けた感情に、四人は慣れなかった。だが、疑うことはなかった。信頼と信用がない間柄であるが、互いが野心に一目惚れしたのだ。ここで民族独立が宣言された。

不可視の重圧に押しつぶされそうだった皓空は涙を流し、譲葉の誘いに感謝した。

『ありがとう、ございますっ…』

『泣くでない』

『本当に感謝いたします。断られてしまうのではと気が気ではありませんでしたから!』

四人の緊張が解けた。四人とも、やっと年齢相応な反応を見せる。

『それで新たに設立する民族はどのようなものなのですか?』

『先ずは、妾の持つ【龍輝】をここにいる者に分配する。分配すれば、その瞬間から肉体の細胞は進化し、妾と同じ道を辿る。半竜半人の容貌になれば、悠久に近い時間を手に入れ、屈強な肉体を手に入れることができる。【龍輝】は軈て、その者の抱く存在意義を再現した【竜名(ロンミン)】を授ける。この時点で、【龍輝】という仮想物質はその者の意識から消え失せるが、稀に、【龍輝】を認知したまま、【竜名(ロンミン)】を授かる者も現れるであろう。その者こそが、妾と同じ神の領域に至ることができる』

『凄い…』

目を丸くした梓俊(ズージュン)が一言で褒め称えた。夢見事の能力は、支離滅裂な理想で終わらない。

『ですが分配となると、貴殿の持つ【龍輝】が大幅に減ってしまいます。仲間、いえ家族が増えるたびに、分配すれば、貴殿の掴んだ進化が無駄に…!』

(タン)の杞憂を言い切る前に、譲葉は首を横に振った。

『無駄ではない。妾の力が減るということは、家族の幸福が増えるということ。妾達が結んだ実現した証拠。決して、無駄になどしない。無駄にせぬ様、妾直々に貴様らを鍛えよう。異能力が跋扈する宇宙で、それらを無害化する能力や事象が起こりえるはずじゃ。妾達は【竜名(ロンミン)】を使いこなすと同時に、己のみの能力に向き合い、研鑽し続ける必要がある。皓空、貴様の才は何ぞや?』

『は、はい! 私の才は鵬に化ける程度の能力です。自分と背中に乗った者たちに無限の防壁を張ります。背中に乗っている限り、神の御業も防ぐことができます! この才のおかげで、宇宙空間を渡ることができました。飛ぶことしかできませんが…』

『良いではないか。至る所を飛び回るのは爽快じゃ。梓俊(ズージュン)、貴様は何が好きじゃ?』

『…好き、は分からない。でも、遊ぶのは楽しい。見えない可能性を考え、選択し、結果に賭けるのは…心地よい』

『寛ぎをよく知っておる。謝可(シェクァ)、やりたいことはあるか?』

謝可(シェクァ)は前の二人と比べ、頭を悩ませた。夜空を見上げ、月と星々が降ろす光に反射する木の葉が目に入った。

『この森は美しい。見たこともない生態系が形成され、渇きに苦しむ仲間に豊穣を与えた。この恩恵が一族に語り継がれる苑を作り続けたい』

『そうじゃな。妾も森は美しいと思ぅておる。(タン)、貴様は話すのが好きじゃな』

『相手を観察するのは好きです。人といるのは楽しいです』

四人の思考の概要を掴んだ譲葉が、一族の展望を示す。

『翼を研鑽する家門・白虎。

一族の娯楽を提供し、賭博を管理する家門・朱雀。

風光明媚な園を手入れする家門・玄武。

人類と交流し、一族の地位を維持する家門・青龍。

最も強き者・麒麟。

四つの家門と竜王で支え、継承し、繫栄する。それが妾達が目指す新興民族”竜族”じゃ!』

『へぇ~~! かっこいい!』

『嫡流に届くでしょうか…』

『届かせてみせよう』

『そうだな』

四人は反発しない。実現できるかと多少の不安を抱えるだけで、前向きな姿勢を見せた。譲葉はこの人間たちと共に歩むことを、もう一度覚悟し、嬉しく思った。そして、一族の掟も語る。

『約束じゃ。どんな者でも拒むな。一度は受け入れよ。そこから火炙りでも、極刑でもすればいい。じゃが、一度受け入れれば報われる命もある。手一杯であれば、泣きたい時、疲れた時、限界を迎えそうな者がいれば、家族として向き合え。それが無理なら、妾を呼べ。妾が名を変え、場所を変え、声を奪われ、足を失っても、生き続ける限り、竜族の母である限り、平等に愛す。親の愛に飢えた子でも、大罪を犯した子でも、全てが妾の愛すべき子供達。愛おしい存在。無論、お主らも(・・・・)

譲葉は四つの羽飾りを取り出し、四人に結びつけた。願望、私利私欲に近い掟であるとは重々承知であるが、譲葉も情熱をもって取り組みたい。

『家族が窮地に陥れば、妾は戦場に立つ。弱かろうが関係ない。子を守るのは、母の宿命。その代わり、幸せになれ。それが母の本望。忘れるでない。母は常に傍におる』


(一族の者が命を落とせば、分配しただけの龍輝は妾に戻る。じゃが、分配した龍輝を研鑽すれば、元の量よりも増幅することができる。増幅した龍輝は妾に戻ることはない。それは子供の努力で培ったもの。一族の名誉を妾が奪うのは筋違い。故に、妾が生まれ持っただけの龍輝で戦えばいい)

薄氷に打ち解けた腕が要となり、堅牢な赤黒い光沢の鱗に覆われていく。

「多くの子供たちが亡くなって、妾も頭に血が上っておる。正常な判断が出来ぬやもしれんが…」

「私は残念よ。あなたと相まみえても全盛期には到底及ばない堕落の竜…老いた竜に、私の奇跡が消化される…過去の闘争心を剥き出しにしても、竜族全てを根絶やしにしない限り…あなたは本気には戻れないの…」

当事者のようにアグネスは竜を憂い、悲嘆に暮れる。一方的に憐れだと決めつけられた杠だが、鼻で笑い飛ばす。

「よもや、妾が全盛期でないと勝てぬと進言しておるようじゃなぁ。云われるがまま、流されるまま、矛盾に身を投じた身でありながら、及第点の人語を扱う。貴様、神の言語を知っておるか?」

「………」

アグネスは沈黙した。基本的には宇宙共通の言葉があり、異種族にある言語は一族でしか基本的に使わない。神にも神の言語が存在するが、原初神は人類の言葉に合わせる。人類の言葉は天界宇宙(ゴットバース)にいる時代に発展した独自の言葉である。

「貴様は人類から選ばれた嫡流。例外を除き、人類の嫡流は神の言語を理解していない。習得していないと言えば、よかろうか。慕う存在のことを自らが進んで理解せぬ為体。貴様は神を慕っているのではない。神の眼に映る自身の姿に酔いしれ、依存し、生きる理由を他者に委ねておるだけじゃ。力の使い方も理解できぬ乳飲み子に、全盛でないだけの妾が負ける訳がなかろう」

杠の纏う雰囲気が一変した。見覚えがあった。それは、嘗てクヴァレ帝国の全盛期に突如として推参した究極の竜。盤石の威圧感に恐れ慄いた過去の感情が、アグネスの中で蒸し返される。

全盛期に近づいた。杠の全盛期は決して天候を操作するだけの力ではない。稀有な蛇族の能力が天候に、そして血は伝説上の仮想物質に進化した。龍輝は変化の根源物質。再現することを目的とした他の仮想物質とは、本質が異なる。竜族であれば受け継いでいる仮想物質だが、認知することが苦行の一つとなる竜族でも、その仮想物質単体のみを扱うことが困難である龍輝を、祖である杠は呼吸のように身近な生理現象として軽々と行える。変化を自ら興すための根源物質を機能反応も一部として使役する。

「恐れたな」

優美な悪意が零れる。飽和点に達した奇跡の領域に異変が生じる。外側からの圧力をいち早く感知したアグネスは原因を探った。探る必要がないというのに、目の前の存在を否定したかったアグネスは探る振りをして、現実逃避した。

「元祖は強大であると、魔法の開祖は強敵であると―普及した宇宙では、妾の進化は最適解なのじゃ。龍の輝きに、万物は変化する。強固な常識であるほど、変化の打率は上がる。それこそが〝龍輝〟の真髄」

奇跡のみを絶対とするアグネスの領域で、伝説が蠢く。表舞台を下りただけで、未来を通り過ぎたわけではない。悪は通り過ぎたと勝手に安堵すれば、再び表舞台に上がる悪に対して絶望だけが残る。

刹那に疑うことのなかった奇跡が音を上げる。過去の傑物が少し全盛の断片を取り戻しただけで、信奉心が揺らぐ。不変を真っ向から受け止め、可変にする。川の流れを変え、それでも流れ続けさせるように。そうやって、杠は生きてきた。

「不変を可変に。盤石を魔境に。古株らしく耐え凌ごうではないか。狂喜の聖女」

杠の誘いに、アグネスは証拠魔法陣を活性化させた。全面戦争だ。逃げも隠れもしない。

「相星だけはさせないわ!!」


杠の秘話

誕生日8月5日、誕生星はタリタ・アウストラリスで《魅力の内に秘めたさびしさ》を意味します。


彼女の本名は、譲葉と言います。呼び方はラァンイエとしていますが、ゆずりはの方が彼女の生き方には相応しいです。

彼女は竜族を新興民族として擁立し、四人の初代とともに繁栄させ、人類を代表する一族にのし上げました。竜族を導くため、他国に住み、客観的な視点から一族の動向を見続け、警鐘を鳴らす木鐸のような役目もありました。また、棟梁や竜王の相談役でもあります。竜王や棟梁だけは彼女の存在を知っていますが、一族には隠し通しています。

杠は強いことを誇りに思っていますが、蛇族にいた頃は恐れられることを恐れていました。彼女の母である気高い蛇の女王は寿命を迎え、その肉体を悪用されないよう、感情の精霊【フューリー】が自身の身に纏う外套にしています。親は杠のことを恐れていませんでしたが、子の自立を尊重し、何かあれば相談に乗ったりしていました。親子の仲は悪くありませんでしたが、環境は良くなかった。

杠は長寿ではありましたが、誰も近づいてくれなかったため、孤独を感じていました。そんな時に、皓空らに会い、歩み寄る健気さに感動し、もう一度奮闘することに。次第に彼女は、家族に囲まれたいと願い、生まれてきた竜の子供たちを守っていくのです。

老弱ではありますが、当時の杠の強さは最強の元祖ロワと渡り合えるほどでした。杠自身、強さにこだわりはありませんが、子を守るために強く在りたいとは思っています。今後とも竜族を影から守る母親であるのは変わりありません。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ