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NO PAIN~女神は眠りの中に~  作者: おじゃっち
9章 精霊の海
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81話 サクヤヒメの痛み

アグネス・カタリナ。狂喜の聖女。かの女への皮肉。かの女への怒り。二つを示す。

彼女の出生が、一般的と言われるのであれば、そうだろう。人類が天界宇宙(ゴットバース)で神から教育を受けている時代の話。紅魔族の夫婦の間に産まれた赤子は白髪と真紅の瞳を持つ人類最初のアルビノであった。信心深い人類は神からの贈り物だと、赤子を祀った。その赤子がアグネスだ。少女まで成長したアグネスは、ある時、死者を蘇らせた。人類は奇跡だと持て囃し、より、アグネスを祀り、遂には教派を創設した。後の教会の原形となる、かの宗教団体教派はアグネスを象徴としていた教派だが、その実、神を信仰していた。教派は人類の約五分の一を掌握した。神を信仰する宗教団体を当初、神は歓迎していたが、教派が真に信仰する対象は原初神であった。信者拡大に伴う思想の過激化で、遂には神を殺傷する事件が起きてしまった。ことを大きく見た原初神は教派の解体へ乗り出そうとした一歩手前で、原初神アザトース神の独断で、教派の象徴アグネスを嫡流にした。これはつまり、原初神が正式にアグネスを神の子として認め、神の語り部になることを許可した一大事件だった。

さらに、アザトース神はアグネスの奇跡の御業を褒め称え、自身の血を直々に与えた。

以後、教派はアザトース神を信仰対象にした。アグネスを筆頭に、アザトース神を批判する神々を謀殺し、洗脳し、かの原初神の勢力図を塗り替えた。


「私、原初神様が大好きなの。心の底から敬愛してる。原初神様の為に、たくさんの邪魔者を排除した。ただの子孫神の低級な願いを叶え続けるのは、威光が廃れてしまうわ。原初神は全宇宙の君臨者【多次元宇宙】の秩序を遍く調停者。本来、地上宇宙(バース)は人類の居場所ではなく、原初神の憩いの場所だった。神の国アウグスティヌスはその名残。名ばかりの神権の遺物。私達人間は神が残した遺産を糧に、原初神様の為だけに生きていればいいの。そのために神と人類の立場を改める必要があるようね」

重力に押しつぶされる前に、蝶は扇を薙いで、重力もろとも斬撃で打ち返した。拘束の解けた蝶は間合いにいるアグネスを殺せる好機であった。明確な殺意を向けられたアグネスの態度が豹変した。彼女は奇跡の御業を行使して、崩壊した城を再建した。廃れた古城ではなく、宮殿だった。二人は、アグネスが創り出した異空間に強制的に閉じ込められた。アグネスを含めた三人の居場所は、一定の範囲内にあるものの、その位置は完全にランダムだった。好機を逃してしまう形にはなったが、戦況の立て直しには最適だ。

蝶は、着物を着崩して、動きやすいように改良した。そして、過去の行動を振り返った。

片割れのロワと、自身は人造人間であり、教育という名の戦争を経験させられた。七洋の監視で、殺しを余儀なくされた。あの時の逃げられなかった絶望と断腸の思いを片時も忘れたことはない。いつだって、戦いの場は恐ろしい。足が竦む。

(アグネスは、子孫神と七洋の戦いに参戦した。七洋の手が届かないか、放置した非戦闘員の子孫神の避難所を奇襲し、一柱たりとも残さず虐殺した。最低、百万の神々を殺し、アザトースに献上した。狂気の聖女の二つ名を知らしめた血も涙もない所業…)

相手にしているのは、戦いを好んでいるわけではないが、恐れているわけではない。この戦いを危惧しているのは、アグネスが霊異魔術を扱うことだ。蝶だけではない。人類はアグネスの本気を見たことがない。

(霊異魔術、奇跡的要素の高い三つだけ存在する魔術。セレマを参考にするならば、回復と補強効果の術式はある。それに加え、限りなく魔力を圧縮し、光を媒介にした高威力の攻撃手段もある。突撃型ではなく、適応と援護型のようじゃが、アグネスの本気は霊異魔術の神髄に直結する。そもそも、霊異魔術を朕らの尺度で限界を定めてもいいかが危ぶまれる…セアもアグネスとの戦いには消極的だったしのぅ。かなり、煙たがっていたな。悪い未来(もの)でも見たか?)

蝶は霊異魔術について、考察する。不可解な点があった。異空間に閉じ込められる前、十四代目の才を行使した。十四代目の索敵能力は範囲制限はあるものの、ただの一度も対象を見失ったことはない。だが、アグネスだけは感知できなかった。それが引っかかる。霊異魔術なる奇跡の御業を発動させた動作を見たわけではないが、発動時の些細な変動は見られなかった。確定で、アグネスは奇跡の御業を使っている。

(まさかとは思うが、アグネスは簡易的な奇跡の御業を常時発動しているのか?…簡易的の指すレベルが、聖術セレマの限界値だとすれば、アグネスは化け物の領域に達する。非戦闘員ではあるが、神を虐殺した。アザトースからは、ノーヴァ以上の信頼を得ている。唯一、誉め言葉さえ与えれば動く玩具。愚かしい存在じゃ。ここまでくると、言葉でアグネスを説得するのは無理じゃ)

悪いことばかりが見えない壁を聳え立たせる。宮殿は白皙だけの耽美な空間。異変を感知できない。空間の主アグネスは微笑んでいる。

「…あ、よ、よう…こそ…神の空間、へ」

威勢の良かった態度が一変し、アグネス本来の訥々とした喋り方に戻っていた。彼女の熱が冷めたのだろうか。

「こ、ここは…天界宇宙(ゴットバース)を模し、た世界……ここは、私、の奇跡が、表現した場所」

「奇跡?」

「奇跡、は意図せず、起こる…現象…ここは、方針を決めちゃ、いけない…ここでは、考えちゃ、だめ」

空間の主の言葉は、空間に付与された効力を指しているのだろうが、掴めない。奇跡という確信的な単語に注目しても、常識では分からない。アグネスは竜名(ロンミン)を解放し、竜の姿を保つ杠を見つめた。

「あ、ああ、なたの姿は…偶然の進化、存在が、奇跡…でも…その、後は…奇跡じゃない」

嫡流として生きた時間の長いアグネスは、杠の出生に触れた。偶然と奇跡。少し酷似する言葉の意義。

アグネスは両手を広げた。すると、白皙の宮殿に、奇跡の御業を魔術の類に位置付ける一つの証拠魔法陣が浮かび上がった。

「わ、私の御業を、人間は…強引に、条件、に当てはめて…魔術にしたの。それが、解読され、て、聖術なんて…手に余る技、術が確立された」

訥々とした話し方が変わっていく。溌溂とした話し方につられて、アグネスは血走った目をしていた。

「あなた達は私の普通が聖術セレマとかいうものの限界に匹敵するって思ってる。当然よ。聖術は私を真似ただけの代物。大勢が使えるように改良されたもの。威力を故意に制御した魔法術式を編み出した苦し紛れの模倣が聖術。それを崇高に崇め、教会を創設した人類には同情するわ…アザトース神がいない宇宙に飽き飽きして、あの御方が復活なさるまで裏に潜んでいたけど、もうやめにしましょう。

これからは正しい始まりの知識を普及させる。私の手で人類を統括する。制御して、誰に仕えるべきかを…始めにあなたたちね?」

光の散弾を無数に構築し、飽和攻撃種を完全にアグネスは操作した。不可思議な軌道を描いて、光の散弾が嵐のように、全方位から打ち付けてくる。蝶と杠は個々に回避を始めるが、既に違和感を掴んでいた。蝶が才を、杠が竜名(ロンミン)を、発動した瞬間、抵抗があった。発動時間にぶれもあった。嫌な予感がする。

(アグネスの仕業。もう魔術なんて分野に収めて考えていい技術ではないが、必ず、発動には時間を有する。準備時間でさえも影響を与える奇跡の御業。なら、完成する前に殺す!!)

二人が一斉に動き出す。旱魃の限界出力を選択した杠は奇跡の御業を造り出す根幹のアグネスの魔力を吸収していく。吸収速度を加速させ、できる限り、御業の完成を阻害する。だが、吸収速度よりも構築速度の方が何倍も速い。上回ると言った次元の話ではない。

(…っ、この齢では…)

杠が諦めの選択肢を浮かべた。冷汗が止まらない。吸収の媒介の手に罅が入る。びきびきと音を立てる罅を見て、杠は昔に宿らせていた闘争心を投げ捨てようとした。だが、蝶が最前線を駆けていく姿に駆りたてられ、吸収速度を向上させた。

そして、蝶は十三代目の”祈祷”を使用し、天羽々斬を創造した。想像を断ち切る刀。奇跡の御業を想像するアグネスを斬る刀。そして、もう一つ。蝶は歴代の天皇の祈りを”祈祷”で再現した。それはかつて、十数名で構成された隠密特化型の元祖の戦隊を追い返した天皇の祈り。

「三十二代目は無を祈る。

―穢れを払え給へ」

あらゆる効果を一時的に無力化する純粋形成空間の祈り。空間能力に分類される祈りを再現し、アグネスが展開する術式を一時的に中断した。奇跡の御業の行使が不可能となったアグネスを天羽々刀で斬りつける。聖女から赤い血が滴る。心臓を斬った。

(────なぜ…死んでおらん)

刹那の達成感に酔いしれていた蝶は恐ろしい視線を感じた。聖女が見下ろしていたのだ。斬ったはずの、もう死んでいてもおかしくないはずの人間が、まだ鼓動を奏で、平伏しろと目で囁いている。そして、聖女は驚くべき行動に出る。

「至る理想郷」

奇跡の御業を行使する時、アグネスは心の中で言語化する。

「至福者の集」

脳で情報を完結し、その実態を悟らせない。

「鴇の弁証」

だが、アグネスは奇跡の御業の行使に必要な祈りの言葉を、口に出した。異例の事態。それはつまり、アグネスが本気を解禁するということだ。

不可思議な軌道を描いていた無数の光の散弾が合流し、線と線を結び合わせ、宮殿に刻まれる術式が完成してしまった。真紅の瞳が光り、奇跡が発足する。

「全宇宙の英知三分野を知る」

飽和点に達した奇跡が、当然を封じた。才も、竜名(ロンミン)も、全てが反応しなくなっていた。驚いた二人は即座に距離を撮ろうとしたが、飽和点の奇跡が働いて、二人を拘束した。身を焦がす熱を保有する鎖が全身を締め付け、二人の身動きを封じた。

「ここ、では奇跡しか…信じちゃだめ。あなたたちが、当たり前、に思ってる…こと全部、封じる」

始めと比べて、随分と流ちょうに話し始めたアグネスを、蝶は吐き捨てる。

「これが貴様の信じる奇跡の形か?」

「奇跡は常識とかけ離れた不可思議な現象。私はひ弱だけれど、こうしてあなたたちを捕縛した。常識では考えられない―奇跡よ!」

「運よがりな…」


”狂”の元祖アグネス・カタリナの才”神風”は、百パーセントの豪運を引き出す能力である。行使条件は、才を才であると知覚しないまま使用すること。通常、才は能力自体を知覚して扱う者であるが、アグネスが”神風”を開花させた時には、既に、神の魔力が織り混じった混合の技術”奇跡の御業”へと変貌を遂げていた。強ち、神から授かった天賦であると捉えてもいいが、神の魔力が原初神の所有物であった確証はない。だが、幸か不幸か、この時点でアグネスは自身に備わった能力を才であると知覚しないまま、神からの恩恵であると思い込んでいる。この時点で異能。

アグネスの奇跡の御業が魔術技術として捉えられたのは、神の魔力が含まれているため。


アグネスの言葉だけでは、彼女の能力の本懐を掴むことはできない。なにより、あらゆる能力を封じられた今、洞察力と機転だけで打開を狙う。

「私は神に愛されている…あなたたちが動けない在り様が証拠」

「くだらん!」

蝶は否定した。続けざまに言った。

「なぜ、神の崇高さを証明するため、すべての良き現象を神のおかげだと言う必要がある? それが堅実な実力で実現した当人の仕業であるかもしれんのに、なぜ、人間である貴様は嫡流というだけで神のために動く!?」

「あなた達は、始めに声を上げた人、発明した人、あるいは世間一般に普及した人が重要だと思う? それとも、その内容が重要だと思う?」

魔化不可思議な導入。アグネスも魔法の開祖として、曲がりなりにも多くの研究者を見てきた人物だ。研究者としての面持ちの彼女は、非常に饒舌だった。

「ラミアの”婚礼”は【進化論】を提唱した進化の哲学者ダーウィンによって、その内容をやっと認識した。それは術者であるラミアも同じであり、魂にかかる能力を選択圧と定義し、才の拡張を可能にした。けれど、【進化論】を提唱していたのはダーウィンだけじゃない。ほぼ同時期に、いえ、もしかすると共同で発見した人物がいた。環境圧が主を変える自然選択圧を独自に見出したアルフレッド・ラッセル・ウォレス―亡失の哲学者。二人の【進化論】は意にそぐわず、ダーウィンの提唱した内容も、ウォレスの提唱した内容も同じだった。

ラミアの考えを変化させたのは、二人いる哲学者ではなく、【進化論】の内容にあった。【進化論】は遅かれ早かれ提唱され、歴史を動かし、界隈を動かすきっかけになる運命にあったはずよ。けれど、それはあくまでも提唱される内容であって、提唱する人物がきっかけだったわけじゃない。ダーウィンが提唱していなければ、ウォレスが―ウォレスが提唱していなければ、ダーウィンが。

はたまた、【進化論】よりも早く、それにとって代わる【要不要説】をジャン=バティスト・ラマルクが―【反復説】をエルンスト・ヘッケルが―提唱し、一般に普及していたかもしれない。

要するには、立証された仮説こそが人類に影響を与え、それを立証した人物は歴史の穴を埋めるために、いとも簡単に変動するの。

ウロフタル国家初代元首ダーウィンが【進化論】を提唱した後、彼に続くように、彼の仮説をさらに拡張させたものは多い。特に、彼の地位を継承した三代目ユーゴー・ド・フリースは【突然変異説】を提唱し、ダーウィンの跡を継いだにもかかわらず、真っ向から否定した。徐々に進化は着実に起こる主張と、徐々にではなく突然が以前を一変させる主張。対立する論は宇宙を震撼させ、他分野に影響を及ぼし、当時の元祖に影響を与えた。その後、十代目メンデルは、【遺伝法則】を見つけ、生命の誕生に大きく貢献し、医療分野の発展に繋がり、そして、ド・フリーズの進化論と結びついた。

ウロフタル国家の進化実験研究内容は歴史的価値を持つ。それは提唱者に価値があるとは言っていないわ。彼らが見つけなくても、別の誰かが見つけていたはず。誰でもいいの。重要なのは、内容。

だから、原初神の威光を示す嫡流は誰でもいいの。嫡流として、神の代弁者として多くを挙げるノーヴァ、セア・アぺイロン、イニティウムは戦争を主導し、勝利を収めたり、武功を収め、あるいは武具や装飾を創ったり、元祖を育てたり、多くの功績を上げてはいるけれど…誰一人として、その功績が一番に原初神様の為だってわけじゃない。挙げられた三人は人類の域に達していない快挙を成し遂げたための称号であり、三人を嫡流だと知っている人類はあまりいない。歴史の陰に埋もれ、有識者だけが知る嫡流の地位。

廃れた立場から発せられる言葉に力はない。本当に必要なのは、誰も彼もを震撼させる内容にあるの!

私の代わりに原初神の御言葉を伝える人類はいる。けど、彼らはその内容を蔑ろにしている! 誰でもいいのなら、人類を創世してくださった偉大な神々を伝えるのは、神々を崇拝する私でもいいの!

脆弱な小娘よりも、現に溺れる美神よりも、戦いしか知らない野蛮な軍神よりも、汚らわしい愛に執着する夜神よりも、模倣しか取り柄のない弟よりも!!

原初神を第一に動く私が相応しい!…お褒めの言葉を頂いた私が一番なの!」

感情に比例して、声も荒ぶるアグネスは一区切りつくと、大きく息を吸って自らを落ち着かせた。列挙した内容を冷静に、もう一度、見定め、戦う理由を着々と述べる。

「受けた恩は必ず返すべき。誉め言葉には報いるべき。選ばれたのなら、従うべき。私は嫡流に選ばれた。だから、執着する」

「過激な教派の象徴に違わぬ、過激な思考じゃな。全くもって不愉快じゃ」

蝶がうんざりだと吐き捨てるように、全身に力を入れた。立ち上がろうと、一つの小細工なしに、ただ今ある肉体だけを頼りに動き始める。

「お主は嫡流であることに固執し、嫡流の在り方を自己解釈している。原初神の定めた嫡流に形はない。そして、その関係は代弁者とは限らぬ。そもそも、原初神の威光とは何ぞや?」

「……宇宙を創設した偉大なる功績」

「ならば、その功績とやらが、仮に原初神ではなく、人類最強の王ゲニウス・ニードホックであったとしたら、貴様はゲニウスの為に死力を投じるのか?」

「!?」

「何か驚いておるのぅ。貴様が列挙したことじゃ。大切なのは内容。原初神の持つ内容が宇宙を創設し、秩序を維持する功績であるならば、それを行う原初神が突如として消え去っても問題ないはずじゃ。それらの功績をゲニウス・ニードホックが独り占めし、乃至はセア・アぺイロンが跡を継いでも…貴様は従うと言っておるのじゃ。貴様が自ら蔑んだ小娘に」

アグネスがよろめいた。青天の霹靂の如く、求めていない、望んでいない威光の対象。もし―という絶対にない後付けの考察でありながら、それは的確だった。

「貴様が嫡流として固執する理由が宇宙の提唱者原初神でないとすれば、宇宙そのものの概念内容である。じゃが、貴様が個人で崇拝しているのは原初神。貴様が拒絶した人物じゃ。内容を重視しておっても、感化されたのは原初神。貴様の嫡流としての目的は、原初神に仕えるのは自分以外ありえんということの証明行動。そして貴様は、原初神という言葉概念に気を取られるあまりに、原初神その者を、一つの神として見ようとしない」

少女の言葉を思い出す蝶は、少女と目の前のアグネスとを重ね、比較した。


『原初神を畏怖の存在だと思っていてもおかしくはないし、きっとそれが原初神自身が求めた理想の像。でも、感情は人間臭い。子孫神を憂う声。子らの死に涙を流す。孤独を嫌う人間らしい一面。誰かを想い、死を嘆き、出自関係なく、原初神は子孫に平等な愛を注ぎ、よりよい宇宙を創ろうと必死だった。善政を心掛ける王のように。あらゆる生物を牽引する立場にあって、分厚い鎖帷子に囚われて比較されようが、神にも親としての感情はある。きっと、どんな生物よりも…平和を願ってる』


「どんなに素晴らしいことでも、理解し、個々の考えを持っていなければ、その内容は廃れる。この世には明かされていない考えがたくさんある。それが出回っていないのは、その考えが正しいのか、なぜそう考えたのかを考えておるからじゃ。どこにでもいる子供が抱いた実現性のない夢を、その子供が叶えたように。誰からも期待されていなかった少女が、大英雄になったように! 小さな考えが、大きな夢を持った常識を超える熱量を持った者が掲げれば、後世が語り継ぐ偉業の法則となる!」


『私には三十柱の師がいる。私を生んだ系譜上の親も二柱いる。が、私が親と呼べる簡単な存在じゃなかった。名ばかりの嫡流は、尊大な神々からの目溢しに過ぎなかった。

遂行の途中、師は貴賓として、私は外交官として接する。

与えられた使命を果たしても、禁忌の対価を払うために、師は断罪執行人、私は罪人として。

時を経ても、師は神を優先し、私も人類を優先する。

時を遡っても、原初神は師、私は弟子。

私はあの(ヒト)たちのことを、本気で親だと思っていたが、あの(ヒト)たちにとっては、身内が起こした不祥事の尻拭いだった。

他人行儀で成り立っていた関係を、私は傲慢に家族だと親身に縋っていた。まったく───……反吐が出る』


大英雄の姿を一人思った。銀髪の少女。英雄の面影を取っ払い、原初神と過ごした日々を懐かしむ少女の言葉。上に立つべき者の気迫すらない、平凡な少女。素の態度から発せられる内容には、証明の必要性すらない切実で神妙な覇気があった。悲観的な感情に込められた使命遂行の誓いがこもった言葉。原初神との関係が歪のそれだと分かったが、わざわざ言及する必要もなかった。同じ嫡流として生涯を投じる銀髪の少女と、狂喜の聖女。一方は原初神から尊大さを抜きにして、悪さも含め、すべてを理解しようとする。一方は原初神という言葉概念だけを重視する。異なる生き方に触れた蝶は、怒りさえ覚える峻烈な戦う理由を見つけた。

「内容は大事であるが、一番はそれを証明する人物の熱量にある!」

法則に逆らって、蝶は気合だけで立ち上がった。

「朕はかくも少女に魅了された…少女のやることは確実じゃが、最期は希望に近しい。どれだけの実力を持っていようが、一縷の希望が勝る。げに相応しい。朕らの生き方に、殊はまる」

初代”鳳”の元祖は七洋ルシファーが製造した人造人間の成功作であり、ロワ・ディスプリヌと双子関係にあたる。天界宇宙(ゴットバース)でのお役目を終え、地上宇宙(バース)に下りたのち、当時の竜王に保護された。ロワがクヴァレ帝国の皇帝に即位すると同時期に、天地創造の海の新惑星国家の指導者に推薦され、以後、永住の地にした。国民が増え、世帯が多様化する情勢を見て、人造人間として生きる初代は切に願った。

家族が欲しい―、と。

神への懇願。荒ぶる感情をきっかけに、”鳳”の元祖の才”祈祷”が開花した。”祈祷”は初代の懇願を実現し、百代以上に及ぶ子孫繁栄を授けた。初代は、実子を二代目として育て、”鳳”の元祖を継承した。二代目も同様に三代目へ、三代目も四代目へ、四代目も、というように天皇一族は続いていく。”祈祷”は一生に一度の願いを実現する能力であり、歴代の祈りを再現する能力であると言われているが、歴代”鳳”の元祖は、”祈祷”の本質を知っていた。

―”祈祷”とは、一縷の希望を実現する奇跡の御業であり、先祖の希望を記憶と共に受け継ぐ能力である。

歴代の記憶を受け継ぎ、多くの人格を経験して、自分だけの性情を確認する。初代天皇の記憶も当然、味わう。歴代天皇は異なる性情を持ち、個々の意識を持つが、一度友好的に接した相手、もっと言えば、好意を抱いた相手には同じ感情を持つ。

蝶は、本質に沿った戦い方を展開する。歴代の祈りを奇跡として見、偶発性で再現するようにした。そして、蝶もやっと一縷の希望を抱いた。

「幾星霜の時を存続させた。貴様を殺す為ではない。只、夢中になる相手に添い遂げる為。少しでも近づくため…理解するため…百四代目―熱量を欲す」

「五月蠅いわねっ!」

感情が昂るアグネスは、やはり流暢に話す。内容は相手を貶すものだが、実に人間らしい特徴だ。アグネスは手を振り上げ、光の散弾を集約し、白皙の耽美な空間の天井を覆う。身動きを封じた原理のない飽和点の光だ。一度、拘束された時よりも、その飽和点の限界値は高く、原理のない光の出力は増している。触れた瞬間、光と化す未来が予知できる。蝶は対応するために踏み出そうとしたが、一縷の希望を実現させた反動で各神経が麻痺していた。打開に繋がる兆しを導いたというのに。

「御託はいらないわ! 早く散って!」

天井の光が落下する。目を背けず、光を見つめた蝶の視界を半分覆うように、杠が前に立ちはだかった。彼女は先鋭化した竜の手をかざし、ある物質を解放した。その物質とは、竜族だけが持つ歴史的にも未開の能力物質。限定的種族が持つ魔力であると認識され、有識者でも全貌を知らない伝説上の”龍輝”。その物質は神気と同等の存在意義を持つ。

杠は今日まで溜めこんでいた”龍輝”を、飽和点の光に当て、相殺を試みた。彼女の判断は正しかったようで、アグネスの猛攻は一時中断した。音もなく、光の色もなく、消失した光を前にしてアグネスは更に憤る。

「ああ、そう…あなたも出てくるの、ああ、なんて! 最悪な日! 神の思し召しを邪険にする愚かな連中!」

頭を抱えるアグネスは、その勢いで、自分の髪を強く引っ張る。血走った目には、明確な殺意が宿る。

「まだものにしておらんな。時間は稼いでやる」

杠は蝶を、アグネスの攻撃範囲から守るように、龍輝で保護した。単独で、アグネスの前に向かう。

「老いた竜が、全盛を維持する私に…叶うとでもっ!?」

「子が奮闘していると、妾も黙ってはおられんのぅ。終いじゃ、終い。もう隠す必要がない。今は表に立つべきじゃ」

投げ捨てるはずだった過去の闘争心が蘇っていく。独自の進化を遂げたかつての新人類の底力が、後世の宇宙で、もう一度きらめきを掴み取る前兆。

狂喜の聖女と戦う理由を、杠は高らかに宣言する。

「母なる竜譲葉(ラァンイエ)の名を」


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