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007 監視カメラ  /殺し屋×警察官、シリアス

「やっと……見付けた」

 俺はにわかに興奮した。じっとりと汗が滲む手を、強く握り締める。

 目の前に映っている男。彼をずっと探していた。

 モニタには、監視カメラの映像が流れている。

 雑踏をせかせか歩く老人。老人はある男に衝突する。転倒しかけた老人は彼に支えられた。老人は男の顔を見て、驚いたように目を見開いた。老人を残し、立ち去る男。その横顔がちらりと画面に映った。

 その後、ゆっくりと老人は床に崩れ落ちた。……暗殺の一部始終だ。老人を助けたように見せかけて、音もなく命を奪ったのだ。

 その殺し屋の名は誰も知らない。顔も分からなかった。だが、仕事ができることは皆知っている。

 俺は単純に嬉しかった。お手柄だ。ぼやけた映像ではあるけれど、犯人の顔が分かる。一週間つきっきりで、退屈な日常を見続けた甲斐があった。

 新米刑事の俺は、現場の捜査や容疑者への尋問など、派手な仕事はまだやらせてもらえない。足が棒になるような聞き込みや、録画映像をえんえん見てターゲットを探す、そんな地味な仕事がほとんどだ。  

 俺は暗殺者の顔を拡大し、画面一杯に映し出す。それを目に焼きつけた。

 俳優にでもなれそうな、いい男だ。でも目立った特徴がないため、見ていないとすぐに印象がぼんやりとする。

 何か、ないだろうか……何か。目や髪の色が変わっても気付けるような証拠が。

 俺はモニタに手を伸ばし、男の頬をそっと撫でた。そして端正な横顔に向かって囁く。

"絶対に、お前を捕まえてやるからな"


 数ヵ月後。俺は仲間たちと共に某ホテルに張っていた。この場所に彼が現れるという情報が入ったのだ。

 この期間に俺は例の殺し屋に前よりずっと近付いていた。自慢する訳じゃないけど、顔写真が入手できたことも大きかっただろう。

 でも、変幻自在の男がもし現れたとして……、彼だと気付けるだろうか。それが唯一気がかりだった。

 ロビーの隅に目立たぬようスーツ姿で座り、新聞を読む振りをしていた俺はふとある男に目を留めた。

 この高級ホテルにふさわしい、優雅な所作のウェイターだ。でも、何かが引っかかった。

 コーヒーを給仕し終えた従業員の横顔が、ふとこちらを向いた。

「あ……」

 例の暗殺者と印象は全く異なるのに、気になる理由が分かった。耳の形がよく似ている。

 でも、俺は確信を持てなかった。迷いながら、俺は立ち上がった。一定の距離を開け、男を追いかける。

 危険な犯罪者を一人きりで追跡するなんて、無謀でしかない。でも、俺は我慢ができなかった。

 一年間、ずっと探し続けてきた男だ。まるで恋焦がれるように、彼のことばかり考えて過ごしてきた。

 俺の手で捕まえたかった。美しく冷酷な殺し屋を、拘束したかった。

 ……ある意味、俺は彼に惹かれていたのかもしれない。

 殺し屋はなぜか、厨房ではなく客室の方に歩いていく。洗面所にでも向かうのだろうか。

 毛足の長い絨毯で足音を殺し、彼を追いかけていた俺。あるとき呆然と立ち尽くした。曲がり角の向こうで、男の姿が消えていたのだ。煙に巻かれたように。

「どうして……」

 ぐいと右腕が引っ張られ、俺は息を呑んだ。慌てて振り返る。

 さっきのウェイターが不敵な笑みを浮かべていた。きっと、この顔が本性に違いない。

 しかし、そんなことを呑気に考えている場合ではなかった。

「俺を、お探しなんだろう?」

 答える暇もなく後ろ手を掴まれ、客室に連れ込まれる。バタンと大きな音を立ててドアが閉まった。

 振り返ろうとした俺は、腹に鈍い衝撃を感じた。不意打ちで一発入れられたのだ。俺は抵抗もできず、ガクガクと震えた。目の前が暗くなる。

「うっ……、くそ!」

 俺も一応刑事なのに、こんなに簡単にやられるなんて悔しい。

 ……唇を噛み締めながら、俺は意識を失った。


 ピシャッと水音がした。不意に冷たさを感じ、俺は目を見開いた。

 ウェイターの制服を着たままの男がいた。ホテルに備え付けのコップを持っている。きっと水をかけられたのだ。額からぽたぽたと雫が滴る。寒い。

「……どうして、俺が分かった?」

 男の声が聞こえた。耳朶に直接響いてくる、テノールボイス。隠しきれない怒りが滲んでいる。

 俺は答えようとして、唇を一切動かせないことに気付いた。口元に粘着テープのようなものが貼ってある。

 慌てて確認すると、手は座っている椅子の肘置きに、足は椅子の足にガムテープでぐるぐる巻きにされていた。やられた。

「……答えるか?」

 俺の様子を見ていた男が微笑んだ。目は笑っていなかったが。

 口のガムテープをビリッと一気に剥がされた。痛みにじわっと涙が滲んだ。

「警察が、どうして一人で俺を追ったんだ? きっと仲間はたくさんいただろう。ロビーに怪しい奴はたくさんいたからな。まあ、お前が馬鹿なおかげで俺は助かったんだが……」

 男は一人で喋り続ける。

「……で、どうして俺と分かった?」

 男は俺を睨んだ。感情のない漆黒の瞳に、俺は恐怖を覚える。

「み、耳……」

「耳?」

 男は眉を寄せた。

「お前の顔は、監視カメラで見ていたから……耳の形が同じで、怪しいと思ったんだ」

 男は一瞬黙り込んだ後、笑い出した。

「耳……! それは気付かなかったな」

 男はひとしきり笑ってから、呟いた。

「俺の顔を見た奴は、殺すことにしている。……が、お前はどうするか」

 男は試すように、俺をじっとみつめた。

「顔がばれたなら、しばらく日本から離れないといけないし……」

 俺はただ、震えるしかなかった。

「……お前、男にしては綺麗な顔をしているな」

 男は突然関係ないことを言い出した。俺は驚いて彼を見た。

「……何を言っているんだ?」

 殺し屋は、まるで獲物を狙う肉食獣のような目で俺を見ている。

「……俺は、男もいけるんだ」

 意味が分からない。呆然としている俺に、男は頬を寄せた。

 まだヒリヒリする唇に突然キスされ、俺は固まった。殺し屋は俺の動揺に頓着せず、舌を絡め、歯列をなぞる。頭が痺れるようなキス。背筋が震えた。椅子に括りつけられていなかったら、きっと立っていられなくなっていただろう。

 ふと甘い香りが鼻腔を刺激した。男の整髪料だろうか。不意に我に返った。俺はこいつを捕まえにきたんだった。キスしてる場合じゃない。

 俺は覚悟を決めて、彼の舌を思いっきり噛んだ。直前に気付かれて逃げられたが、舌の上には鉄錆のような血の味が広がった。

 男は怒らなかった。ただ魅惑的な微笑を浮かべ、俺を褒めた。

「なかなか、根性あるじゃないか……」

 彼は懐からナイフを取り出した。俺はいよいよ殺されると思った。

「殺すのは惜しいな……代わりに、俺のことを忘れられないようにしてやろう」

 男のナイフが左頬の上を滑った。焼けるような痛みが、炸裂する。

「俺のことを恨んで、憎んだらいい。……そうしたら、いつかまた会える」

 男の声を聞きながら、俺の意識は遠くなっていった。


 鏡を見ながら、俺は左頬の絆創膏を一気に剥がした。

「いたっ!」

 一緒にかさぶたも少しだけ剥がれてしまった。かすかに血が滲んでいる。それを見ながら、俺は一ヶ月前に出会った殺し屋のことを思い出していた。

 俺は彼に会ったのに奇跡的に生きている。きっと彼に気に入られたのだろう。頬を切られた後、すぐに助けが駆けつけてくれたので、命にも別状なかった。

 ただ、この傷は消えないだろう。俺を頬を斜めに走る盛り上がりを見た。これを見る度に、世界のどこかにいる彼の存在を感じなければならない。

 彼は淋しかったのだろうか、とちらりと思った。暗殺なんて生業にしていたら、きっと誰ともまともな関係は築けない。俺に覚えていて欲しかったのだろうか。

 俺は家を出た。朝の冷たい風が剥き出しになった傷にしみる。

 彼の視線を感じる気がした。きっと気のせいだ。

 俺は一歩を踏み出した。……いつか彼を捕まえるための一歩を。

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