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008 宅急便    /弟×兄、ギャグ?

 俺が、初めて萌えという感情を理解したのは小学六年生のときのこと。親が寝静まってからこっそりと深夜アニメを見ていた俺の身体に衝撃が走った。

"この、可愛らしい少女は何者だ……!"

 某ロボットアニメのヒロインの、はにかんだ笑顔に俺は瞬殺された。それ以来、三次元に興味を持てた試しはない。


 俺はそのアニメを、現在はもう過去の遺物と化しつつあるVHSビデオに一話ずつ録画し、擦り切れるまで見ていた。だが、思わぬ刺客がいた。俺の兄でありながら俺とは真逆の存在である秋がなんと、俺の宝物を消しやがったのだ。

 学校からぐったりと疲れて帰ってきた俺はせめて癒されようと、ビデオデッキの再生ボタンを押した。が、衝撃を受けて固まった。そこには可憐な女子ではなく、ごつい男どもがバスケットボールをしている光景が映し出されていた。

"NBA決勝? ……んな、馬鹿な"

 ビデオテープのタイトルを確認する。俺の字だ、間違っていない。……おかしい。

 そのとき、玄関から明るい声が響いてきた。

「ただいまー」

 俺の四つ年上の兄貴である秋が、高校から帰ってきたのだ。

「葵? どうしたの」

 秋はテープを持ったまま、挙動不審になっている俺に声をかけた。

「ああ、そのテープ? なんか変なアニメが入ってたから重ね撮りしたけど」

 ……俺は、ぶち切れた。


 俺にさんざん文句を言われた秋は、納得できずに口を尖らせる。

「そんなアニメ、どこがいいんだよ? この試合の方がずっと面白いし、興奮するけどなー」

 こいつにはきっと、俺がいかに分かりやすく作品の素晴らしさをを説明しても無駄だろう。仕方なく、俺は諦めることにした。

 ……でも泣けるな、くそ。今までこつこつと録り貯めてきた努力を思い出すと、俺はつい目が潤みそうになった。

 悲しみに暮れる俺を、秋は何も言わずじっと見ていた。


 一週間後。休日の朝からゴロゴロしていた俺に、秋が声をかけた。

「葵、宅急便が届いてるよー」

 俺宛の荷物? そんなの来たことがない。

 不思議に思いながら、送り元が未記入のダンボールをバリバリと開ける。箱の中にはなんと、例の神アニメのDVD-BOXが入っていた。俺の目に光り輝いて見える、それ。

 ……嬉しい。嬉しいけど、一体何で?

「まさか、秋が?」

 俺の言葉に、秋は気まずげに目を逸らす。

「……んな訳ないよな。秋はこれのこと散々馬鹿にしてたしな。……でも、それなら誰がくれたんだろう?」

 俺は首を捻った。すると秋が急に大きな声を出した。

「親父だよ! きっと葵にプレゼントしてくれたんだよ!」

 俺たちの両親は数年前に離婚して、秋と俺はお袋に引き取られた。親父にはほとんど会わないけど、誕生日など、ごくまれに息子宛の贈り物が届くことがあった。

「そっか、親父か……! マジ、嬉しい」

 なんてグットタイミングなんだ。俺は印象が薄れつつある親父に、心の底から感謝した。

 ……俺しか嬉しくない贈り物のはずなのに、隣の秋も結構嬉しそうに見えた。


 それからも、親父からの贈り物はちょくちょく届いた。大好きな声優のCD。限定のフィギュア。俺が欲しくてたまらないけど予算の関係上、指を銜えて見ているしかないものを、ピンポイントで突いてくる。

 一体どうやって情報収集しているんだ。……俺は届くたびに狂喜乱舞しながらも、ずっと不思議で仕方がなかった。


 数年が経った。俺は高校、浪人していた秋も大学への進学が決まり、下宿する秋は引越しの準備に励んでいた。

 俺はトントン、と秋の部屋のドアをノックする。

「……葵だけど」

「どうぞ」

 扉を開ける。俺に背を向けた秋は、散らかった部屋でダンボールと格闘していた。

 ……彼がいなくなってしまうことが、いよいよ現実として俺の胸に迫ってくる。

「秋、いつ引っ越すの?」

「明後日かなー」

 俺に振り向かないまま、秋は言葉を続ける。

「そういえば、さっき葵に宅急便来てたよ? 玄関に置いといた」

 俺は大きな音を立てて階段を下り、急いで荷物を開封した。

 ……俺の愛する某キャラクターのフィギュアが姿を見せた。

 俺は中身を確認すると、すぐに兄の部屋に戻った。

「秋!」

 俺はでかい声で彼を呼んだ。

「また、親父から?」

 秋は振り返り、俺に向かって柔らかく微笑んだ。

「……俺、知ってるんだよ」

 秋の表情がふっと消える。

「……親父から荷物が届くのって、必ず俺が秋にはまってるアニメの話とかした後だろ? それに親父に会ったときに聞いたら、全然知らないって言われたし」

 秋は黙ったまま、俺を見ている。

「……秋が、ずっと俺にくれてたんだろ?」

 秋は目を閉じて腕を頭の上で交差させ、唸った。

「……いつ」

「え?」

「いつから、ばれてたの?」

「……一年前かな。俺、そんなに馬鹿じゃないよ」

 腕の狭間から覗く、秋の頬が赤くなっている。

「どうして、自腹切ってまで俺に……?」

 俺はずっと不思議で仕方がなかったことを、やっと彼に尋ねられた。

「……わかんね。最初は気まぐれだったけど、貰ったときにお前すっごい嬉しそうな顔するから、こんなもんでそんなに幸せになれるならって……」

 いつも饒舌な秋が、ぽつぽつと言葉を口にしている。

「……でも、いつもオタクだって馬鹿にしてる手前、俺がやったって言いづらくて……」

「そんな、隠してたなんて気にすんなよ! ……ありがとう、秋」

 俺が感謝の言葉を述べると、秋はやっと顔を上げて微笑んだ。

 ……その、恥ずかしそうな笑顔を見た俺は。

「似てる……」

「え?」

「ミコトたんに似てる……」

 ミコトというのはさっき届いたばかりのフィギュアと同じキャラクターである。

 なぜか俺はそのキャラに秋の笑顔を重ねた。俺の目に秋はその位可愛らしく映ったのである。

 実の兄貴に萌えるなんて、有り得ない。……でも、可愛いものは可愛いのだ。

 不審そうな顔をしている秋に、俺ははっと我に返った。

「……あ。とにかくサンキュー。マジ愛してるわ」

 秋はますます赤くなった。……こいつも今日、おかしいよな。

「……あ、葵。ときどき俺の家、遊びに来いよ」

「んー……」

 俺は迷った。放課後は色々と多忙なんだ。漫画とかゲームとかアニメとか。

 俺の顔色を読んだ秋は、すぐさま俺にぴったりの餌を用意する。

「そういえば俺、ゲーム買おうと思ってんだ。何だっけ……お前がやりたがってたやつ。……俺の家でやるか?」

「やる!」

 俺は優しい兄に感激して抱きついた。俺のされるがままになりながら秋は、

「あー、何でこんなことになっちゃったんだろう……」

と嘆いた。

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