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008


「こんな郊外までお見送りいただき、ありがとうございました」


 そうやって自分に頭を下げるレオナルドの後ろの建物に、エドワードは呆気にとられていた。

(ヴァザール家・・・名家なのは本当だったのか)

後ろにそびえる館は大きく、そして古い。幼き頃、教育係の持ってきていた・・・この帝国の歴史の教科書に載っていた館の外装にそっくりである

(しかしヴァザール侯爵家などという名は、聞いたこともないぞ)

警備兵総指揮官という名に恥じぬよう、それなりに勉強も積み、公のパーティー等にも顔を出してきた。しかし、ヴァザール家・・・その名を一度として見た覚えはなかった

 「それでは、失礼いたします」

くるり、と館の方へと向きを変えたレオナルドに、エドワードは更に呆気にとられた。


「・・・フレッド」

「・・・は、はい」

隣に立つフレデリックも同様、同じものを見ているらしい


「どうしたんだ、あの後ろ髪は」

「わ、私も今まで気が付きませんでした」


 元々サイドにたっぷりと流されていた長い髪と、首もとを覆うようなドレスの作りであったため、気が付かなかったが。この国で、髪の短い女性など、居るとすれば罪人か、もしくは貧困地区で生活するものぐらいである。

名を聞いたことはないにしろ、この館をみればそれなりの名家であることは一目瞭然だ。

「フレッド・・・」

「・・・致し方ありませんね」

 馬車に再び乗り込んだエドワードを見て、そして前に視線を移したフレデリックは、ぬかるんだ道で、馬を早めた。




 「れ、れれれ」

(あ、来る)

身構えた瞬間、顔を赤らめた母から飛んできたのはやはり怒声だった。


「レオナルド!貴女って人は!アルさんはレオナが居なくなったと混乱状態で帰ってくるし、その上行方掴めずで私たちがどれだけ心配したか分かっているのですか!その上、なんですかその後ろ髪は・・・!あなた、侯爵家の令嬢ともあらせられる人間なのですよ!」

「ごめんなさい、お母様」

ここまで興奮しきった母親を前にして、平謝り以外の選択肢があるだろうか。


「・・・ふう」

 一通り怒鳴りきった母は崩れた髪を軽く整え、冷静に私を見据えた。

「そして、その袋はなんですか」

その袋、がさすものはやはり私の隣の台車に大きく構えて鎮座する麻袋のことだろう

(ウィリアムズ様は布張りの箱に詰めてくれるとおっしゃったけれど・・・麻袋で正解ね)

「お、お父様と離れている間、私男の人を助けたんですの。その方が雑貨店を営んでいらっしゃって・・・少しお茶をいただいてお喋りをしているうちにこんな時間になってしまいましたの!こちらはお土産に、と持たせていただいて、その上馬車でここまで送っていただきましたのよ」

 我ながら完璧な言い訳である。人助けをして、女性らしくお茶とお喋りをたしなんで、そして馬車で送っていただくという。

(ああ、なんて貴族らしい言い訳!)

至極誇らしい顔で母に言い訳したが、彼女の顔はまだ渋さを残したままだ。


「では、その髪はなんなのですか」

(・・・あ)

そういえば、こちらの言い訳を考えていなかった。


「え、ええっと・・・そちらの侍女が、お茶の準備をする際に転んでしまいまして・・・ケーキを切り分けるナイフが、私の髪をかすめたのでございます」

 流石に無理があるか。と、チラリ母の顔を見やると。予想に反し、彼女の顔には、また血が上っていた。

「どこの侍女ですか!そんなもの、ナイフが少しずれていたらあなた、顔を失うことになっていたのですよ!不注意きわまりない!」

 どうやら、彼女の意識は居もしない侍女の不注意に移ったらしい。これ幸運と母をなだめすかし、自室へ逃げ込んだ。


バタン、ずるり。

 ドアを閉めた瞬間、脱力する。娘の帰りが遅くなった程度(行方不明でもあったが)でこの怒りようだ。“騎士団に入りたい”などといえば卒倒されてしまうだろう。

「・・・剣とともに生きてゆきたいのに」

 そんなレオナルドの呟きは、夜の闇に融けていった。




「・・・誰だ」

 執務室でペンを走らせていたランスロットは、感じた気配に顔を上る。

「さすが、神経とがらせてるだけあるな。久しぶり、ランスロット」

 暗闇から現れた久しい旧友に、ランスロットは肩の力を抜いた。目で来客用のソファに座るように促すと、エドワードは首を横に振った。

「いいよ、俺は立ったままで。それよりランスロット、単刀直入に聞くが、警総の今日の来客を知っているだろう?」

 ピクリ、ランスロットの片眉が一瞬跳ね上がった。

「・・・ああ、ヴァザール嬢だろう」

「そのヴァザール嬢の後ろ髪が、騎士訓練所から帰ってきた後すっぱりと切れていたのだが、どういうことか説明願えないかい?」

 嫌な笑顔。エドワードは、昔から時折こういった闇を含むような顔を見せる。

(やはり、不味かったか)

 その身なりからして、ヴァザールという名は聞いたことがないものの、それなりに富んだ家の者だということは分かっていた。その娘の髪が短いなどと・・・考えられないことだ。

 ランスロットは妖しい笑みを浮かべるエドワードに返す上手い答えを探していたが、結局この旧友に隠し事は出来ないことを思い出し、諦め半分に口を開いた。


「・・・彼女を、騎士団に迎え入れたいと思っている」

 剣を嗜み、そして剣をこの上なく愛しているランスロットにとって、あの対峙におけるレオナルドのセンスは、放っておけるものではなかった。

 本音を素直に口にしたランスロットに対し、エドワードはその妖しい笑みを引っ込め、そして何かを考えてから、返事をした。

「・・・俺は、“少しばかり富んだ名のない家の娘”を迎え入れるというなら、文句は言わない」

その返事に反応したのは、ランスロットだった。

「・・・“少しばかり富んだ名のない家の娘”なら、文句は言わないとは、どういう意味だ」

「騎士訓練所からお嬢さんが帰ってきた後、家まで送り届けた。その時に、彼女の屋敷を見たが・・・今では少なくなった、“昔の貴族特有の由緒ある外装”だった」

 ランスロットは静かに、エドワードの言葉に耳を傾けている。

「そこで片っ端から文献と名簿を引っ張り出して調べてみたんだが・・・150年ほど前の貴族名簿によると、ヴァザール家、彼女の家は確かに、30代以上続く侯爵家だった。しかも、このセゾン帝国に自然と吸収されるまで、ヴァザール家はエテという小国すら持っていたらしい」


 ランスロットが握っていたペンから、ぽたりとインクが垂れて、紙に黒いシミを作る。


「嘘だろ?ヴァザール家なんて、聞いたことがな・・・」

「真実だ。ただし、それ以降の名簿には、付け足されたように載っていたり、今年の名簿に至っては名前すらない。しかし、その名を剥奪されたという記述はどこにもない」


「・・・忘却の、侯爵家・・・だと?」

「ああ。彼女は忘却のお姫様だ」


 ランプの灯りが、ゆらり。二人の姿を、映し出していた。


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